Web版 有鄰

525平成25年3月1日発行

宮下奈都と『終わらない歌』 – 人と作品

『よろこびの歌』から3年、20歳の彼女たちの今を描く

宮下奈都氏
宮下奈都

音楽を言葉で表現することを意識した小説

高名なヴァイオリニストの娘で、音大附属高に落ちて新設女子校の普通科に進んだ御木元玲。誰とも打ちとけずにいた玲が、クラスメイトと心を通わせていく過程を描いた傑作『よろこびの歌』から3年。『終わらない歌』は、20歳になった玲たちに会える、待望の続編である。

「ひとつの物語を書き終えた後は、自由に読んでいただけたら嬉しいという気持ちで、これまで続編を書くことをしてきませんでした。『よろこびの歌』に関しては、20歳の玲ならどうだろうと折りに触れて思い浮かび、今もどこかに彼女たちがいるような気がして、初めて続編を書くことになりました」

『よろこびの歌』は、人気作家7人によるアンソロジー、『Re-born はじまりの一歩』(2008年)のために書き下ろした短編から始まった。「はじまり」とテーマを聞いた瞬間、宮下さんの脳裏には、高校生がトラックを走る場面が思い浮かんだ。その場面が音楽の始まりにつながる、物語の核になるとのひらめきがあった。

「短編を渡すと、担当編集者に続きを書きませんかと言われました。私のほうも、50枚では書ききれないものがある、この子たちの物語をもっと書きたい思いがあったので、千夏、早希ら、同級生それぞれの言い分を書きながら、玲の成長も追いかけていこうと考えました。最終話で玲の視点に戻ったとき、一話目の玲より少しでも前に進んでいたらいい。変わる瞬間を切り取りたい。変わるところを目指して書き、それが書けたら物語を終えていいと考えていました」

前作から3年が経ち、音大の声楽科に進んだ玲は、新たな壁にぶち当たり、迷っている。千夏は劇団に入り、ミュージカル女優を目指している。前作ではザ・ハイロウズの歌がタイトルになっていたが、続編ではより踏み込んだかたちで、音楽の要素が物語に盛り込まれている。

「『よろこびの歌』と『終わらない歌』は、音楽を言葉で表現することを意識した小説です。音楽を聴いたり、演劇を観たときに受ける感動や感情の動きを、そのまま届けられる小説にしたいという野望を持ちつつ書きました。言葉で表すことで、聴くときと別の音楽の魅力を表せるのではないかと思いました」

高校卒業後、地方に越した同級生もいて、少女たちの進路は散らばっていく。それは、それぞれが自らの世界を広げていくことでもある。

「地方を舞台にした『コスモス』は、同級生の間だけにとどまらない、歌の広がりをイメージしました。今回、初めて続編を書き、前作のイメージを壊さないかが心配でした。私自身が前作をとても好きだったから、自分でぶち壊しにするようなことはないはずだという気概もありました。そんな意気込みに文章が追いつかない歯がゆさを感じながら、推敲に推敲を重ねて仕上げていきました」

見聞きしたこと子供とのことなど日常が小説に反映

1967年、福井県生まれ。上智大学文学部卒。2004年、「静かな雨」で文学界新人賞佳作入選。著書に『スコーレNo.4』『遠くの声に耳を澄ませて』『太陽のパスタ、豆のスープ』『誰かが足りない』『窓の向こうのガーシュウィン』などがある。

「4歳と2歳の男の子がいて、3人目の子を妊娠していた36歳のとき、3人目が生まれたら自分の時間がなくなってしまうと予想して、突然小説を書き始めました。子供を寝かしつけた後、夜中に書いて、小説を書くのってなんて楽しいんだろうと。3番目は女の子で、上のふたりと違っておとなしかったので(笑)、子育てをしながら仕上げて投稿。その100枚がデビュー作になりました」

子供の頃から本が好きだった。ふと耳にした音楽、日常で思ったこと、見聞きしたことが、小説に反映されるという。誰かとの出会いだったり、ごく些細な会話から学んだり、日常で実際に起こるような“変化”が、宮下さんの小説の中でも起こる。

「子供と一緒にいて気づかされていることも多く、人の成長って何なのだろうなと考えたりします。『窓の向こうのガーシュウィン』では、どの方向に進むのを成長と呼ぶのだろう、成長してどこに行き着くのか——という、とても気になっていたことを書きました。子供たちが隣で話していても小説を書けるのですが、推敲するときは静かでないとだめですね。たぶん私は、読む方が得意なのかもしれないです(笑)」

(青木千恵)

owaranaiuta

終わらない歌
宮下奈都/実業之日本社/1,300円+税

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