Web版 有鄰

525平成25年3月1日発行

有鄰らいぶらりい

ハピネス』 桐野夏生:著/光文社:刊/1,500円+税

結婚前から憧れていた、東京湾に面してそびえたつタワーマンションに入居したものの、33歳の専業主婦、岩見有紗は、不安な日々を送っている。夫の俊平はアメリカに長期の単身赴任をしたきりだ。3歳の一人娘・花奈と暮らす有紗は、同じ年頃の女の子を持つ垢抜けたママたちのグループに入るが、どこか打ちとけにくいのだ。

有紗が住むベイタワーズマンション(BT)は二棟からなり、眺望のよいベイウエスト・タワー(BWT)は、ベイイースト・タワー(BET)より“格上”だ。29階とはいえ、32階建てオフィスビルの真向かいで日当たりの悪い有紗の家は、BTの中でも特に部屋代が安い賃貸だ。BWTの分譲に住む“ママ友”に対し、有紗は引け目を感じている。ある日、駅前のマンションに住む“美雨ママ”から、BWTのママたちにとり、有紗と美雨ママは「公園要員」に過ぎないのだと知らされる。実は、有紗にも秘密があった——。

住まい、学歴、ファッションなど、小さな差異にこだわり、打算や見栄がつきまとう都会の生活。その中で刻々と変化する有紗の感情と、人と人の相関関係を、著者は巧みに抉りだす。人間のいやな部分をきっちり描きながら、人間そのものへの慈愛が感じられる傑作長編である。

何者』 朝井リョウ:著/新潮社:刊/1,500円+税

主人公の二宮拓人(俺)は、同居人で同じ御山大学に通う光太郎の引退ライブに出かけ、米国留学から帰国したばかりの瑞月と再会した。

さらには瑞月の友人で、拓人と光太郎のひとつ上の階に住む理香と知り合う。もうすぐ12月。就職活動が本格始動する時期に知り合った拓人、光太郎、瑞月、理香、理香と同棲中の隆良の5人は、たびたび集まる仲間になる。

<就活がつらいものだと言われる理由は、ふたつあるように思う。ひとつはもちろん、試験に落ち続けること。(略)そしてもうひとつは、そんなにたいしたものではない自分を、たいしたもののように話し続けなくてはならないことだ>。一緒に盛り上げていた学生劇団を辞め、自らの劇団を創ったかつての親友の動向をソーシャルメディアで追いつつ、就活に励む拓人だが、事態は思いもよらぬ方向へ進む。拓人にとっても、本書の読者にとっても。

2009年にデビューし、「現役大学生作家」として注目された著者は、昨春、大学を卒業して就職した。本書は、就職活動の経験を素材にした書き下ろし長編小説である。面接やソーシャルメディアを通し、無数の人々が自分についての情報を受発信する世の中での「見えないもの」をあぶりだし、第148回直木賞を受賞した。

ヘンな日本美術史』 山口晃:著/祥伝社:刊/1,800円+税

1969年生まれの著者は、東京芸術大学、同大学院で油画を専攻し、画家として活躍。 昨年十一月には、平等院養林庵書院に襖絵を奉納した。本書は、中国や西洋、現代人からみて「変わってい」て「ふしぎ」で「ヘン」な日本美術を、日本人の絵師として現役で試行錯誤を繰り返している著者がたどる、書き下ろし画論である。

『ヘンな日本美術史』
『ヘンな日本美術史』
祥伝社:刊

まず登場するのは、京都の高山寺に伝わる国宝「鳥獣人物戯画」だ。擬人化された猿や兎、狐、蛙らが遊び、葬式までするようすが描かれているが、よくよく考えるととても変わった芸術だ。甲巻は動物の擬人化、乙巻は動物を動物として描きながら空想の世界へ突入、丙巻は人間と擬人化された動物を、丁巻は人間を人間として描く構成がおもしろく、時代を超えて「作家性」が広がる。「日本人の絵」は、西洋美術が写実の限界を感じるもっと前から、ドキドキするような絵画の冒険をしてきたのだ。

鳥獣戯画をはじめ、日本の古い絵の謎を探り、画聖・雪舟の、破綻をいとわず、どこまでも前のめりに新しさを求めた過程に迫る。西洋的写実を知ってしまった、明治以後の絵師たちの苦悩とは。

絵描きの視点だからこその、新たな日本美術史だ。本書を読めば、絵画鑑賞がより面白くなると思う。

愛しいひとにさよならを言う』 石井睦美:著/角川春樹事務所:刊/1,500円+税

生まれたときから父親がいない語り手のいつか(わたし)が、成長して進路を選ぶまでの、さまざまな出会いと別れを描いた物語である。

いつかの母は、美大を出て絵画修復家になり、28歳で身ごもった子供を一人で産み育てることを決めた。山形に住む祖母とは折り合いが悪く、祖母の助けは期待できない。妊娠中のある日、貧血を起こした母を救ってくれたのは、同じアパートに住む「ユキさん」だった。

ユキさんは母より20歳上の公務員で、料理が上手。<ユキさんがいてくれたおかげで、わたしは愛に飢えることもなく、母もめいっぱい仕事ができた>。幼い日のいつかは、母とユキさんを家族だと思い、3人の幸せな日々がいつまでも続くと信じていたが、時の経過とともにいやおうなく変化が訪れる。大切な人がいなくなり、幸運や幸福とは逆のことも起こる。そして、いつかがふいに思いだすのは、「光は希望だ」と教えてくれた人のことだ。

皿と紙ひこうき』(日本児童文学者協会賞)など、絵本や児童文学を数多く手がけてきた著者が、一般向けに書き下ろした長編小説。血のつながりがなく、長く一緒にすごせたわけでなくても、大切な人との出会いを糧に、母と娘が大人になっていく過程を精緻に描いている。

(C・A)

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