Web版 有鄰

523平成24年11月8日発行

有鄰らいぶらりい

64(ロクヨン)』 横山秀夫:著/文藝春秋/1,900円+税

D県警の三上義信は、46歳にして20年ぶりの出戻り異動で、広報室勤務になった。春までは捜査二課の次席として精勤してきた三上にとり、刑事部を離れる不本意な異動だったが、広報室改革に取り組むことにする。そんな三上に、公私両面での苦難が襲いかかる。一人娘のあゆみが不登校・引きこもりの末に失踪し、重傷交通事故加害者の匿名発表をめぐり、実名発表を求める記者クラブとの関係が険悪に。さらに、警察庁長官の「ロクヨン」視察が1週間後に決まる。「ロクヨン」とは、昭和最後の年となった昭和64年の1月5日に発生、犯人不詳のまま14年が経つ「翔子ちゃん誘拐殺人事件」を指す刑事部内での符丁だ。三上が7歳で殺害された翔子の父・雨宮芳男を訪ね、視察の件を告げると、雨宮は、長官の遺族宅訪問を丁重に断るのだった――。

『別冊文藝春秋』での連載が中断されていた作品を、全面改稿して完成させた、著者の7年ぶりの新作。著者の作品でもっとも長い、原稿用紙1500枚の大作である。広報官として「上」「現業」「マスコミ」の狭間に立ち、父として娘の行方を案じる男の葛藤が、非常に深く掘り下げられている。風化した未解決事件をめぐり、ラストまで熱いドラマが加速していく。警察小説の新たなる傑作。

レッドアローとスターハウス』 原武史:著/新潮社/2,000円+税

レッドアローとスターハウス・表紙画像

レッドアローとスターハウス
新潮社:刊

明治以降、日本では鉄道が発達し、駅に駅ビルや百貨店などの商業施設ができて街の中心になった。東京では1923年の関東大震災で壊滅的被害を受けて以降、新宿、池袋など山手線の駅やその付近をターミナルにする私鉄が開業し、現在に至る。東武(東上線)、西武、京王、小田急、東急などである。

私鉄の中でも、戦前の武蔵野鉄道と旧西武鉄道が合併した西武鉄道は、池袋線と新宿線という二幹線が、国鉄やほかの私鉄との乗換駅がほとんどない状態で都心から郊外へ延び、池袋線と新宿線にはさまれた区域では、西武資本による百貨店やスーパー、遊園地などの娯楽施設がつくられた。また、多摩全生園、日本住宅公団が建設したひばりが丘団地や滝山団地がつくられ、沿線の団地に住む住民による文化がはぐくまれた。

ポリオ(小児まひ)の研究者だった父の仕事の関係でひばりが丘団地に住み、横浜に転居するまでの13年間、西武沿線ですごした著者(1962年生まれ)が、「私鉄と公団」を鍵に戦後思想の流れをたどる。資本家らがイメージしたアメリカ型というよりもむしろ、ソ連や東欧の団地に近い空間形成を指摘する。自治活動の地域的差異に着目し、「空間」が「政治」を形成する〈下からの政治思想〉を描きだした力作評論。

煽動者』 石持浅海:著/実業之日本社/1,400円+税

会社員の片桐友則は、社の飲み会のあと、反政府組織のテロリスト『春日』に変貌した。週末、『組織』の招集で彼を含めたメンバーが軽井沢の研修センターに集結し、政府攪乱のための兵器づくりを行うのだ。集まったメンバーは8人。「子供」をテーマに兵器製造の作戦を練るが、それぞれが自室に戻ったわずかな時間に、メンバーのひとりが死ぬ。センター内に、部外者は入れない。メンバーの誰かが犯人か?

本書は、2010年刊行の『攪乱者』に次ぐ、無血主義を貫くテロ組織をテーマにしたシリーズ2作目。〈生活の基盤がきちんとしていること。/犯罪歴がないこと。/世の中を呪っていないこと。/知恵と工夫でなんとかしようとすること。〉――が、テロ組織「V」のメンバーになるための条件だ。表向きは一般市民として暮らし、裏で反政府活動を行うメンバーは、ふだんはそれぞれの仕事をしながら組織からの招集を待つ。組織は週末を選んで招集をかけてくる。組織の存在を世間に知らせないため、メンバーは互いの素性を知らず、コードネームで呼び合う。

兵器製作の任務と、閉鎖状況での犯人推理とを、(犯人でない)メンバーは強いられることに。意外な真相がやがて次々と現れる、一気読み必至の長編ミステリー。

青春ぱんだバンド』  瀧上耕:著/小学館/1,400円+税

主人公の新城秋祐は、日本最大の湖、琵琶湖がある滋賀県北東部に住んでいる。教師の父と、農業を営む祖父との3人暮らし。母は、秋祐が幼い頃に家出した。”湖北”と呼ばれるその地域で随一の名門校「県立浅井高等学校」に進学できたが、落ちこぼれてしまい、学校行事をサボって日がな1日、スーパーや琵琶湖で時間を潰す生活を送っていた。ある日、びわ農業高校の成俊にライブのチケットを売りつけられ、さらになりゆきで、成俊と浅高生とでバンドを組むことになる。

本書は、第3回「きらら文学賞」を受賞した、著者のデビュー作。琵琶湖畔を舞台に、バンド活動により秋祐の高校生活が思いも寄らぬ展開をみせていくようすが、こなれた筆致で描かれている。成俊と秋祐のほか、地味系男子の郁哉、学年トップ級の秀才だが、飲酒・喧嘩騒ぎではみ出し者にされた浅妻くん、さらに赤毛のヤンキー美少女・吉川さんがバンドメンバーになる。さだまさしを敬愛する郁哉の主張で、70年代のヒット曲「秋桜」「関白宣言」などをレパートリーにする、風変わりな高校生バンドが産声をあげる――のだが。

未来が見えずに不安。でも何かやってみたい。屈折と純真さがないまぜになった一度きりの「高3の夏」を描いた、爽快な青春小説である。

(C・A)

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