Web版 有鄰

522平成24年9月6日発行

地震に「打ち勝つ」―M9シンドローム― – 1面

神沼克伊

首都圏付近は地震が起こりやすい地下構造

2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震以来、日本列島は明日にも再びマグニチュード(M)9クラスの超巨大地震に襲われるのではという恐怖におびえている。

首都圏の直下型地震をはじめ、あちこちで超巨大地震に誘発された大きな地震が発生するのではと、心配もされている。

日本列島は「想定外」といわれ続けている「東日本大震災」以後、やみくもに大地震の発生を恐れる「M9シンドローム」に罹患してしまったようだ。

しかし、日本列島の過去の地震活動を知れば、M9シンドロームに対するワクチンができてくる。地震について正しい知識を持つことがM9シンドロームへの特効薬である。特効薬さえ持っていれば「地震恐るに足らず」で、「地震に勝つ」ことができる。

日本列島は地震列島とも呼ばれ地球上に発生している全地震の10パーセントが起こっている。その中でも首都圏直下は宿命的に地震の起こりやすい構造になっている。

現在の地球科学では地球上は十数枚のプレートに覆われているとされる。そしてそのプレートの境界で大地震が多発する。

首都圏付近では東日本の属する北アメリカプレート、西日本の属するユーラシアプレートの2つの陸側のプレートが、東側から押し寄せる太平洋プレート、さらに南から北上しているフィリピン海プレートとそれぞれ相接している。このように4枚のプレートが相接する場所は地球上でも極めて珍しい。

首都圏直下の地下構造概略図

首都圏直下の地下構造概略図
神沼克伊『首都圏の地震と神奈川』(有隣新書)より

それだけにその地下構造は図のように複雑である。

伊豆半島はフィリピン海プレート上に噴出した火山島が北上してきて、日本列島に付加して、半島が形成された。

だから、伊豆半島は伊豆七島とともにフィリピン海プレートの一部である。そして、その付け根付近がユーラシア、北アメリカ、フィリピン海の3プレートが相接する三重会合点である。

北上したフィリピン海プレートは伊豆半島付近を境界として、北東方向と北西方向とに別れ、沈み込んでゆく。北東方向へ相模トラフ沿いに沈み込みながら、北アメリカプレートとの境界で起こるのが関東地震である。また北西方向では駿河トラフの下へ沈み込み、ユーラシアプレートとの境界で起こるのが東海地震である。

北東側に沈み込んだフィリピン海プレートは、東京湾北端あたりで太平洋プレートに接する。ここでも北アメリカ、フィリピン海、太平洋の3プレートが接する三重会合点である。

したがって地下構造の垂直断面を見れば、首都圏の最上層は北アメリカプレート、その下にフィリピン海プレート、さらにその下に太平洋プレートが存在している。神奈川県から相模湾にかけての地下では、北アメリカプレートの下にフィリピン海プレートが沈み込んでいるわけである。

首都圏直下およびその周辺で起こる地震は次の6形式に大別される。

①北アメリカプレート内で発生する内陸型(プレート内)地震。

②フィリピン海プレート内で発生する内陸型(プレート内)地震。

③フィリピン海プレートの沈み込みによる海溝型地震。

④南関東直下のフィリピン海プレート内で発生するプレート内地震。

⑤太平洋プレートの沈み込みによる海溝型地震。

⑥南関東一円直下の太平洋プレート内で発生するプレート内地震。

大正関東地震で被災した横浜市電の軌道

大正関東地震で被災した横浜市電の軌道
中村春之助氏撮影・中野信子氏提供

このうち③に属するのが関東地震で200~400年に1回ぐらいの割合で起こる可能性がある。最も近年に起こったのが、関東大震災をもたらした1923年の大正関東地震である。

また⑤に属するのは過去千数百年間ではM7クラスの地震だけであるが、房総沖から茨城県沖のプレート境界で連動すると巨大または超巨大地震(M8~9クラス)の発生もありうる。

①に属するのが東京直下型地震で、関東地震とともに首都圏では最も恐れられている。

どこに属する地震も将来(いつか、いずれは)必ず発生する地震である。しかし、その将来とは明日かもしれないし1000年後かもしれない。

1000年後といっても地球のタイムスケールでは、人間の時間感覚の5分程度である。地球にとっては1000年でも「すぐ」なのだが、人間にとっては「何世代もあとの話」となる。将来の大地震の発生への備えをするとき、人間と地球のタイムスケールの違いを理解することが肝要である。

現在の地震学では残念ながら①から⑥のどの形式の地震も予知することはできない。

また「明日起こる」といわれて1000年後に起こることもありうる。いつ大地震が起きても困らないように備えは必要である。

地震は必ず起こる――潰れない家など減災への対策を

地震は自然現象である。その発生を防ぐことはできない。しかし、地震によって起こされる災害は人間の努力で軽減できる。減災への努力もまた最良の地震対策の1つといえよう。

M9の超巨大地震は震源域が広いだけに震動域も広くなり、震動継続時間も長い。それだけに被災地域も広大で、被害も拡大する。震動継続時間が長いということは、震度7で揺れる時間も長くなる。強い揺れが長く続くから、それだけ地震動による被害が大きくなる。

一般に震度は揺れの周期と加速度で求まる。M7クラスの直下型地震の場合、震央付近では最大震度7を記録するが、その加速度は重力(980ガル)の半分程度である。 1984年に起こった「昭和59年長野県西部地震」(M6.8)では、震央付近の木曽山中で大きな石が地震によって飛ばされた事例が観察された。

つまり、この時の震央付近の加速度は重力値を超えていたのである。その後も重力値を超える加速度が記録されることがある。

ただ加速度が重力値を越えても、体感的には「立っていられないほどの大揺れ」ではあるが、そのため付近の建物すべて潰れるわけではない。建物の被害には加速度のほかに、その揺れの周期や地盤の強度も関係してくる。

日本列島では超巨大地震は海岸から100キロメートル以上離れた海溝に沿って起こる。離れている分、陸上の揺れは弱くなる。したがって直下型地震の震度7に耐えられる建築物ならば、超巨大地震にも耐えられることになる。

多少は壊れても潰れない家に住むことが地震対策の第一歩である。現在の建築技術では震度7に耐える家の建築は十分可能である。阪神淡路大震災でも震度7の地域で、完全に潰れてしまった家の隣には、外見的にはほとんど損傷のない家が散見されている。

これまでも地震対策として耐震建築の重要性は指摘されてきたが、費用の問題もあるのか、耐震補強も含めて、なかなか「分かっていてもやれない」という状況のようだ。

そんな背景でのM9シンドロームである。M9の地震襲来を警告する人々は、「M9が起こるからこのような対策をすることが有効」というような前向きな、あるいは具体的な助言はしない。ただ「危険だ」「注意しろ」の連呼である。M9発生の可能性を報じるメディアも同様である。

M9シンドロームへのワクチンの1つは「震度7に耐える家に住む」ことである。

過去の地震を知り繰り返される次の地震に備える

地震予知は地震学の究極の目的の1つである。日本の地震予知研究は1965年に始まった。国の体制としては東海地震だけが事前に警報が出されることになっているが、そのほかの地域で起こる地震は予知する体制は整っていない。

試算では地震が予知できたとしても、その経済的損失の軽減は10%程度と見積もられている。しかし、地震予知に期待されるのは人命損傷の大幅な軽減である。これこそ地震予知の最大の目標といえよう。

地震予知が大変難しいことが分かってきたので、国は長期地震動評価、気象庁は緊急地震速報を開発したが、一般にはそれほど有効な手法とはいえない。予知ができてもできなくても、地震は起こる。したがって「常在戦場」の気持ちで、常に地震に備えることが肝要である。

このたび有隣堂から『首都圏の地震と神奈川』を上梓した。本書では「抗震力」という言葉を使った。抗震力とは個人個人が身につけられる地震への対応力である。

大自然の営みである地震を防ぐことはできない。しかし、過去に起こった地震を知り、自分周辺の地震環境を知り、日ごろの努力によって、震災を限りなく減らすことができる。

これこそが抗震力である。「地震を恐れる」ことなく、不幸にして大地震に遭遇しても「打ち勝つ」ことができるようになる。

神沼克伊
神沼克伊  (かみぬま かつただ)

1937年神奈川県生まれ。国立極地研究所、総合研究大学院大学、両名誉教授。
著書に『次の超巨大地震はどこか?』ソフトバンククリエイティブ 952円+税、『地震学者の個人的な地震対策』三五館 1,400円+税ほか。

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