Web版 有鄰

522平成24年9月6日発行

現代のカマクラ文士たち – 海辺の創造力

富岡幸一郎

この4月に鎌倉文学館の館長に就任し、長谷の文学館に足を運んでいる。

後ろを山に囲まれ、前方には由比ヶ浜の海が望まれる自然豊かな地に、加賀百万石の前田侯爵家の旧別荘を文学館として活用しており、広い緑の庭には春に秋にバラが咲き乱れ、来訪者の目を楽しませている。全国の数多くの文学館のなかでも、これほど恵まれた環境は他にはないだろう。

春の特別展では、現在鎌倉に暮らす戦後生まれの文学者の展示をした。作家の藤沢周・柳美里・大道珠貴(いずれも芥川賞受賞作家)と、詩人の城戸朱理の4氏である。現役作家なのでシンポジウムやトークイベントをはじめ色々と協力してもらい、その現在進行形の創作のコトバを展示するという斬新な企画展になったと思う。

「カマクラから創る」というタイトルを付したが、鎌倉という場所(トポス)が彼らの文学創造にどんな刺激を与え、スピリチュアルな力をもたらしているのか、企画監修に携わって大変面白かった。

かつて鎌倉には、川端康成・久米正雄・小林秀雄・里見弴・大佛次郎・高見順そして初代鎌倉文学館館長の永井龍男といった“鎌倉文士”と呼ばれた多くの文学者が集った。戦時中は彼らは貸本屋鎌倉文庫を若宮大路に開店し、それは出版社「鎌倉文庫」となり、戦後に新しい文学を生み出す貴重な場となった。

現在、戦後生まれのカマクラ文士は決して多くはない。しかし、今回のこの企画展を通して、この土地がただ自然豊かな歴史の町であるだけではなく、今風にいえば文学的創造力をかきたてるパワースポットであることを改めて認識させられた。

藤沢周が2009年に刊行した『キルリアン』という小説は、北鎌倉の円覚寺や竹林、谷(やと)、山々などを舞台にしているが、まさしくカマクラの自然と地霊が創り出した鮮烈なコトバの世界である。柳美里は2001年より鎌倉に住んでいるが、『8月の果て』『山手線内回り』などの代表作はここで書きあげられた。また大道珠貴の最新刊『きれいごと』は、作家が好む川端康成の『たんぽぽ』に出てくる「魔界」なる深遠な言葉を、ポストモダンの現代に再臨させたような趣がある。城戸朱理の最新エッセイ集『漂流物』は、鎌倉の浜に漂着した様々な物の写真に詩や散文を合わせた1冊である。

文学の言葉にとって故郷は、その出自とエネルギーの源となるものだろう。それはかならずしも作家自身の生まれた土地ということではなく、その作品世界の聖地(サンクチュアリ)となるのであり、コトバが世界に向けて発信される場所である。

坂口安吾に『文学のふるさと』という一文があるが、「ふるさと」とは懐かしい郷愁を誘うものではなく、自分を突き放つ酷薄なトポスとして想像されている。21世紀のカマクラ文士たちにとっての鎌倉は、どんな「故郷」の相貌をあらわしているのか、どう変幻していくのか、目が離せない。

(関東学院大学教授)

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