Web版 有鄰

522平成24年9月6日発行

有鄰らいぶらりい

その日東京駅五時二十五分発』 西川美和:著/新潮社/1,200円+税

飛行機が好きで少年飛行兵に志願したかった「ぼく」は、中学を出てその夢を果たせず、1945年(昭和20)5月に19歳で出征、陸軍通信隊に入隊した。大阪を経て東京に転属。カトリック教会修練院の一部を借り上げた兵舎で寝起きし、朝から晩まで通信傍受に携わる日々が始まったが、入隊して3か月で戦争が終わる。初年兵25名は、背嚢1つを担いで庭に整列し、おのおの現金400円を渡されて解散。終戦のその日早朝、「ぼく」は、同じく初年兵だった益岡と大阪行きの汽車に乗り込み、故郷の広島に向かった――。

広島出身の著者が、伯父の体験をもとに書き起こした中編小説。著者は、2002年の映画「蛇イチゴ」で脚本・監督デビューし、2006年「ゆれる」、2009年「ディア・ドクター」で数々の映画賞を受賞した、気鋭の映画監督。小説『ゆれる』が三島由紀夫賞候補、『きのうの神さま』が直木賞候補になるなど、作家としても注目されており、本書は、映像化と連動せずに書かれた初の完全オリジナル小説である。〈戦争で死ぬことと、滅びた後を生き抜くこと。いったいどちらが苦しいことなのか〉。とある初年兵の視点から、終焉とそこに漂う不安を描きだす。帰郷の道すがら少年が目にする人々と光景は、どこか幻想のようだ。

秘密は日記に隠すもの』 永井するみ:著/双葉社/1,300円+税

〈【9月14日】顔が普通。それがずっとコンプレックスだ〉――。両親は、いわゆる美男美女のカップル。その2人の娘にしては……という目で見られ続け、コンプレックスを抱いている女子高生の日記(「トロフィー」)に始まる、日記形式で書かれた連作短編ミステリー。女子高生の日記の後は、43歳独身男性の日記(「道化師」)、妹と2人暮らしをしながら、結婚を意識しているOLの日記(「サムシング・ブルー」)、リタイア後の生活と夫婦の葛藤をつづる男の日記(「夫婦」)へと続いていく。

著者は、このシリーズを連載中の2010年9月3日に死去した。本書の第4話「夫婦」が、死の1週間前に雑誌掲載されたばかりで、本書は絶筆・未完となった、著者の最後の小説である。

誰かに読まれることもある前提で日記を書くとき、秘密をあえて記しておく人がいれば、読む人をだますための嘘を書く人がいる。書かれていることは虚か実か、日記を読み進むうちに読者の前に現れる「秘密」とは?親子、姉妹、夫婦など、ごく親密な間柄でもはかり知ることができない、人の心の奥行きと怖さにゾクリとさせられる。著者の才能を改めて知り、早世が惜しまれる、仕掛けに満ちた連作日記ミステリー。

文学賞の光と影』 小谷野敦:著/青土社/1,800円+税

1935年(昭和10)創設の「芥川龍之介賞・直木三十五賞」をはじめ、内外には数多くの文学賞がある。比較文学者、評論家として著書多数、2007年から小説も発表し、2010年に「母子寮前」で第144回芥川賞候補になった著者は、〈私は文学賞マニアで、文学に関心を持ち始めた高校1年の頃、ほぼ同時に文学賞にも関心を持って、レポート用紙に、各種文学賞の受賞者・受賞作一覧を作っていた〉(「はじめに」より)という。

本書は、文学賞マニアにして作家の著者による、内外の文学賞についての論考集。第1章「芥川賞と直木賞の栄光と死屍累々」、第2章「ノーベル文学賞」など6章から成る。あまたある文学賞を振り返ると、受賞者、候補者、選考委員の人数は膨大だ。「文学賞」を軸に、出来事を検証しつつ記された本書は、文芸界クロニクル(年代記)の様相を呈して、著者の博覧強記ぶりに圧倒される。

第2章で、トルストイ、チェーホフ、マーク=トウェイン、D・H・ロレンス、ナボコフ、ヘンリー・ミラーら文豪が、ノーベル文学賞を受けていないと改めて教わり、目からうろこが落ちる。”受賞しなかった名作”や、知られざる作家のエピソードが縦横に読め、文学の世界への誘いになる1冊である。

晴れときどき涙雨』  高田郁:著/集英社/933円+税

晴れときどき涙雨・表紙

晴れときどき涙雨
集英社:刊

2009年5月に刊行された第1作『八朔の雪』が、大ブレーク。2012年3月刊『夏天の虹』まで7巻を数える「みをつくし料理帖」シリーズ著者の、初エッセイ集。

兵庫県宝塚市生まれの著者は、時代小説作家に転身する前は、漫画原作者として活躍していた。本書は、漫画原作者・川富士立夏のペンネームで、2005年4月から2009年9月まで、漫画雑誌『オフィスユー』に著者が寄せたエッセイを主に、書き下ろし分も加えて編んだ1冊である。

取材先の夜間中学で出会った、80歳を過ぎて日本語の読み書きを学んでいたPさん。70歳を過ぎても現役でラジオドラマ作りの最前線に立ち、表現について、著者に的確なアドバイスをくれたU氏。折りに触れて励ましてくれた編集者。幸せな出会いがあれば、悲しい記憶もある。女性教師の心ないひと言に傷つけられ、いじめにさらされた中学時代。父の死。交通事故による後遺症……。

人情味ゆたかな作風で知られる著者の、”原点”が読める。〈誰しもいつか必ず、あちらへ旅立つ時が来る。父に再会した時に喜んでもらえるよう、楽しいお土産話をたくさん持って行こう。そのために毎日を丁寧に、心豊かに生きていこうね〉といった珠玉の言葉は経験から書かれていて、胸にしみる。

(C・A)

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