Web版 有鄰

520平成24年5月2日発行

逢坂剛と『平蔵の首』 – 人と作品

新たな長谷川平蔵の活躍が楽しめる連作時代小説

逢坂剛氏
逢坂 剛

「鬼平」との違いは謎に包まれた平蔵の容姿

江戸時代の旗本で、火付盗賊改役の長谷川平蔵といえば、池波正太郎さんの『鬼平犯科帳』シリーズの主人公として知られる。本書は、父の中一弥さんが「鬼平」シリーズの挿絵画家だった縁もあり、長年にわたり「鬼平」の読者だった作家、逢坂剛氏によるオマージュであり、新たなる長谷川平蔵の活躍が楽しめる連作時代小説である。

「池波正太郎氏没後20年にあたる2010年、『鬼平』の連載誌だった『オール讀物』の編集部から、長谷川平蔵を主人公に短編を書いてもらいたいとの依頼がありました。『鬼平』という名キャラクターが大勢のファンの中にあるのだからと躊躇しましたが、ぜひ書いてほしいと編集部に言われ、短編を書くことになりました」

そして書いたのが、「平蔵の顔」。長谷川平蔵を描くにあたり、スタンスのとり方が非常に難しかったという。

「史実と『鬼平』の世界の両方からかけ離れてはいけないし、類似したものを描いてもいけない。池波さんの世界は余人を持って代えがたいものだから、逆に、まったく別の手法で描いてみようと。私らしさを出すために、トリックも取り入れ、時代小説としては少々複雑な筋立てで描いてみようと考えました」

一作書くと、編集部からリクエストが続き、続く五編を数か月おきに連作することになった。計六作を収めたのが本書。「鬼平」との大きな違いは、主人公・長谷川平蔵の容姿が謎に包まれているところだ。人目があるところでは深編笠や革頭巾をかぶったまま。〈実の平蔵の顔を知った者は、二度と娑婆へもどれねえというのが、あっしたち盗っ人の決まりでござんす〉(「お役者菊松」)。一話ずつ積み重なるうち、平蔵の人物像が徐々に浮き彫りに。周辺の人物たちも生き生きと勝手に動き出し、逢坂さんが描く江戸市中と、長谷川平蔵の世界が立ち現われてくる。

「松平定信の側近が、城中や市中の情報を集めて定信に呈上した『よしの冊子』という記録があります。長谷川平蔵についての箇所を抜き読みしていくと、平蔵の姿が髣髴としてくる。初めて火盗改になったときは悪評紛々だったが、次第に市中で人気を博すようになってきた。人情味があるところなどは『鬼平』とよく似ていて、作家の勘というのは凄いものだなと、池波正太郎さんの仕事を改めて見直しました。書く私の中に『鬼平』のイメージがありますから、池波さんの影響の下から出て私流の長谷川平蔵を描くのは至難の業でした」

本書の題字と装画は、父の中一弥さんが手がけた。今年101歳とは思えない健筆ぶりである。

「父は、私の小説について、直接感想を言うことはないですね。編集者には『今回のはよくできていた』などと言うらしく、人づてに聞くことはある。よくないと直接言ってくるでしょうから、安堵しています。父の縁もあって、私は池波作品を昭和40年代から読み、全集で読み返しています。軽妙洒脱な文章でリズムが快く、くどい説明がないぶん読者の想像力で読ませるから、何度読んでも初めて読んだときのように面白い。再読にいつまでも耐える、凄い作家だと思います」

時代小説でもミステリーでも、史料調べには手間と時間を

1943年、東京生まれ。中央大学法学部卒業後、博報堂に入社。80年、『暗殺者グラナダに死す』でオール讀物推理小説新人賞受賞。87年、『カディスの赤い星』で直木賞、日本推理作家協会賞。『燃える地の果てに』『デズデモーナの不貞』など著書多数。「岡坂神策」シリーズ、「御茶ノ水警察署」シリーズ、「禿鷹」シリーズ、「重蔵始末」シリーズなどシリーズものも多く手がける。

「時代小説でも、ミステリーでも、史料調べなどの準備にはかなりの手間と時間をかけます。小説を書くというのは、大きな嘘をついてみせること。大きな嘘を本当らしく見せるには、細部をいかにリアリティ豊かに書くかが重要で、そこをいい加減にすると、大きい嘘が嘘っぽくなってしまう。また、史実を曲げてはならないと考えていて、架空の人物たちの目から照射するかたちで、実在の人物を描く手法をよくとります。今回、主人公で実在の人物の長谷川平蔵の顔を見えないようにしたのは、人物像の固定を避ける苦肉の策でもありました。主人公が何を考えているか分からない小説はそう多くなく、私の得意とするところです(笑)。そうして描いた平蔵の話を、楽しんでいただけたらいいですね」。

(青木千恵)

平蔵の首・表紙

平蔵の首
逢坂剛/文藝春秋/1,500円+税

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