Web版 有鄰

520平成24年5月2日発行

有鄰らいぶらりい

降霊会の夜』 浅田次郎:著/朝日新聞出版:刊/1,500円+税

語り手の「私」は、企業の保養所だった高原の家を手に入れ、十数年を過ごしてきた初老の男。ある日、「梓」という名の女を助け、「会いたい人」に会えるという、降霊会に参加することになる。

古い山荘で降霊術を行なうのは、ジョーンズ夫人。彼女と少女メアリー、梓と四人で丸テーブルを囲み、私は「会いたい人」を心に念じた。それは、小学3年生の一学期の間だけ友だちだった少年、キヨだった。転校生のキヨと私がかかわりを持ったのは、終戦から15年経った頃。私の父もキヨの父も復員兵だったが、私とキヨの運命は大きく異なっていた。

キヨとかかわった少年時代のこと、大学がロックアウトされて時間を持てあまし、遊び騒いでいた学生時代に知り合った、美貌の苦学生・百合子のこと。百合子は今、どこにいるのか。過去に置き去ってきた人々の記憶は、「戦後」の記憶と重なる。如才ない商人なのに、戦争の話題となると石仏かなにかのように黙りこくってしまった父。社会の好不況にあっけないほど簡単に左右される、個人の幸不幸。「降霊術」を通して男が見たものとは?

戦争の傷痕を抱いて復興を遂げてきた戦後日本の様相を、独特の視座でとらえた長編小説。優れた戦後小説であり、現代怪異譚である。

紙の月』 角田光代:著/角川春樹事務所:刊/1,500円+税

食品会社に勤める夫と知りあって寿退社し、専業主婦をしていた梨花は、毎日を退屈に感じて、銀行のパートタイマー募集に応募した。営業職で採用された梨花は、働いて得たお金を自分の裁量で使えるようになった。しかしまさか、自分がのちに一億円を横領することになろうとは、思いもよらなかった――。

この物語は、勤め先の銀行から一億円を横領、海外へ逃亡した梨花が、タイの雑踏をさ迷っている場面から始まる。弾ける光と喧騒の中で、梨花はこう思っている。〈私にはなんでもできる。どこへでもいける。ほしいものはみな手に入る。いや、違う、ほしいものはすべて、すでにこの手のなかにある〉。それは、梨花が少し前に日本で抱いていた気持ちと似たものだった。しごく平凡な人妻が、「一億円横領」という事件の主役になるまでには、どんな過程があったのか。

気持ち次第でほんもののように見える“紙の月”。本書は、ひとりの女性の風変わりな恋愛を軸に、恋愛やお金という、あやふやなものに翻弄される人間の姿を描き出した長編小説である。節約生活を送る主婦の木綿子、かつて梨花とつきあっていた和貴、離婚後、衝動買いがやまない亜紀。現代を生きる人々を、スリリングに、切実に描ききっている。

ヒューマン』 山本甲士:著/NHKスペシャル取材班:刊/1,600円+税

人類は、チンパンジーの祖先と袂を分かった700万年前頃に誕生。その後、猿人、原人、旧人と経て、新人と呼ばれるホモ・サピエンスに至った。それから約20万年。多くの生物が地球上から姿を消した中、ホモ・サピエンスは生き延び、約70億人が存在するまでに繁栄した。

本書は、今年放映されたドキュメンタリー番組の書籍化。「人間とは何か」をテーマに、人類をめぐる研究の最前線を取材。本は四章構成になっており、第一章では、心の起源を求めて現代人の故郷であるアフリカへ。さらに、出アフリカ、グレートジャーニーの過程で、他の種の駆逐に大きな役割を果たした「飛び道具」の発明(第二章)、農業革命(第三章)、都市とお金の誕生と「欲望」のゆくえ(第四章)と続く。

われわれ人間の祖先は、身体とともに脳を進化させ、脳と密接にかかわる「心」も変容させてきた。森を離れて草原に進出すると、「分かちあう心」が進化し、過酷な気候や強い種と対峙。ところがここで、人間の脳は「選別」を始めた。「互恵性」という相互作用を発動させる人間の柔軟性は、協力と対立の両方向に強く振れるのである。

最新の知見が多く盛り込まれ、人間(私)とは何かを壮大なスケールで見つめる。充実の一冊である。

少女は卒業しない』  朝井リョウ:著/集英社:刊/1,300円+税

少女は卒業しない・表紙

少女は卒業しない
集英社:刊

合併先の高校へ本が移されて、本棚ががらがらの図書室の中で、「私」はひとり、難しい海外の小説を読み続けた。私は返却期限切れの常習犯だが、この本の返却期限は、卒業式を迎えるあしたまで。図書室のカウンターにいる先生に、ちゃんと返却しなくてはいけない(「エンドロールが始まる」)。臆病な「私」は、授業をサボることも、立ち入り禁止で怖い噂のある東棟に近寄ることもなく3年間を過ごしてきた。その私が、東棟の屋上に上り、尚樹とふたりでいる。幼稚園の頃からずっと一緒だった尚樹との距離は、高校の間に大きく隔たってしまった。あらゆる衝突を避けて私が真面目な高校生活を送るうちに、尚樹は情熱をみなぎらせ、私の手が届かない世界へ飛び出した(「屋上は青」)――。

廃校が決まり、取り壊しが始まる前日の3月25日に、卒業式が行なわれることになった地方の高校。卒業式の日、少女たちはそれぞれの思いに「さよなら」を告げる。2年生女子が本音ベースの送辞を読む「在校生代表」、クラスの“女帝”の目の仇にされた帰国子女が、小さな空間と人間関係につながりを見いだす「ふたりの背景」など、“あの頃”のほろ苦い気持ちが胸によみがえる、珠玉の七編を収録。著者の才気を堪能できる青春小説である。

(C・A)

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