Web版 有鄰

518平成24年5月2日発行

歴史を知れば横浜はもっとおもしろい – 海辺の創造力

山崎洋子

意外かも知れないが、横浜の歴史はなぜかあまり興味を持たれていない。街としては知名度も人気も抜群なのに、その歴史となると、一般的には「ペリーが来たんでしょ?」くらいにしか認識されていないのだ。2009年に開港150周年を迎えたが、その折り、横浜市役所、中区役所といった中心地の行政にすら、開港の歴史に興味のない人が多いことを知って驚いた。

それでいて「特異な歴史のある街」というイメージだけは強い。私は数年間、横浜観光親善大使の審査員を務めさせていただいたが、「横浜の魅力はなんだと思いますか?」という問いに対して、応募者のほとんどが「古さと新しさが混在していること」と答えた。

「新しさ」は「みなとみらい」だ。しかし「古さ」となると、なぜかみんな曖昧になる。「洋館がたくさんあって……」「開港の歴史が……」と実に大ざっぱで、具体的なものが出てこない。じつのところ、古い洋館も決して多くはない。県庁、税関、開港記念会館という横浜三塔も、山手にある観光名所の洋館も、大正・昭和のものだ。「外交官の家」は明治43年の建設だが、東京の渋谷から移築したもの。開港場横浜を彩った幕末・明治の建造物は、残念ながら関東大震災、横浜大空襲で消えてしまったのである。

「物」が見えないと、歴史は頭に入りにくい。また、横浜には年々、新しい名所が出来ていく。昨年はみなとみらいにカップヌードルミュージアムが誕生した。赤レンガ倉庫や象の鼻パークは歴史を残したものじゃないか、と言われるかもしれないが、ショッピングビルと化した赤レンガ倉庫やライトアップのパネルが並ぶ象の鼻パークから、いにしえの姿を偲ぶのは難しい。他所から来た友人に、「雰囲気を味わいながらこの街の歴史を知りたいわ」などと言われるたびに、さてどこへ案内して、どんなふうに話そうかと悩んだものだ。

で、いまはもうコースを決めている。開国・開港のエピソードを語るには、山下公園通りを歩くのが一番。元は砂洲だったこのあたりに、素朴な横浜村があった。そこが思いがけず日米和親条約交渉の場に選ばれ、さらに港が築かれて「冒険者の都」となった。元町も中華街もその過程で生まれたのである。

そんな話をしながら歩くうちにホテルニューグランドが現れる。華やかな国際都市だった横浜は大正12年の関東大震災で焦土と化した。そこからの復興シンボルとして、このホテルが建造された。横浜でもっとも伝統と格式のあるホテルだが、終戦後は米軍に接収され、最高司令官だったマッカーサーを迎えている。横浜の光と影を色濃くまとったこのホテルは、ドラマチックな秘話の宝庫だ。

そこでこういった話を1冊の本にまとめてみた。タイトルは『横浜の時を旅する−ホテルニューグランドの魔法』(春風社)。この街の賑わいや美しい夜景を堪能されたら、胸躍る歴史のエピソードにも、ぜひ目をむけていただきたい。

(作家)

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