Web版 有鄰

516平成23年9月10日発行

伊東 潤と『北天蒼星』 – 人と作品

上杉三郎景虎の数奇な生涯を描いた本格歴史小説

伊東潤氏
伊東 潤

滅びても“義”に生きた鮮烈な生き様

北条氏康の七男として生まれ、長じて越後に行き、上杉謙信の養子となった上杉三郎景虎。その数奇な生涯を描いた、本格歴史小説である。

「三郎景虎は、いつか書きたいと思っていた人物でした。ふたりの英雄を実父と養父に持つことに興味を引かれましたし、わずかな供だけを連れて越後入りしながら、およそ十年後に起きた家督争いで、地元出身の景勝と互角の闘いを繰り広げたというのは、将としての才能と人間的魅力をあわせ持つ人物だったのではないかと思ったんです」

永禄11年(1568年)に起きた武田氏の駿河侵攻により、「甲相駿三国同盟」は決裂。僧として過ごしていた西堂(景虎)は翌12年、蒲原城攻防戦に遭遇、身内の北条氏信とその弟・融深を目前で殺される。西堂は父の氏康に懇願して還俗し、死んだ氏信の名跡を継ぐ。だが、北条氏と上杉氏との「越相同盟」締結に伴い、同盟の「証人」として上杉輝虎(謙信)の養子になることが決まる。西堂は養父の初名を与えられて上杉景虎と名乗り、長らく敵地だった越後に入り、新たな人生を切り開いていく――。

「僕は今年、小説では『戦国鎌倉悲譚 剋』、本作、『黒南風の海』を上梓しています。3作とも戦国が舞台の歴史小説ですが、それぞれ趣向を変えています。本作では、斬新な歴史解釈を次々と畳みかける手法を取りました。史実は氷山の一角で、水面に浮かぶ史実の下に隠れた巨大なものを、作家の解釈力で描いてみせるのが、歴史小説の醍醐味だと思うんです。歴史小説はこんなに面白いんだと、歴史に詳しくない読者にも楽しんでいただける本格歴史小説にしようと努めました」

養父・謙信の威厳に満ちた人柄に接し、謙信の姪の華の方を妻にして仲睦まじく暮らしていた景虎だったが、謙信の死後、家督争いが勃発。同じく謙信の養子である上杉景勝、その懐刀の樋口与六(直江兼続)と対立、「御館の乱」と呼ばれる激烈な闘いを繰り広げることになる。

「景虎の目から見れば、上杉景勝と樋口与六は仇敵となります。歴史は、見方によって結ばれる像が変わることも、この作品を通して訴えたかった1つです。歴史に限らずですが、結果で物事を判断してはいけないというのが、僕の持論なんです。歴史は、負けた側の視点から見ることも大事だと思います。また、あまりに突飛な設定を考えたり、ほとんど史実から逸脱した物語を展開させたりすると、それで失うものも多いのです。それが説得力です。私は常に、歴史通の方にも納得してもらえる物語を書きたいと思っています」

”結果”として、景虎は敗退。御館は落城する。

「滅亡、あるいは終焉を描くことが、僕のライフワークだと思っています。ただ、滅亡や終焉を書くとしても、その人物や組織がなぜ滅びたのかをつぶさに検証し、その鮮烈な生き様を、できるだけ史実に沿って再現することが歴史小説の役割だと思うのです。滅びても、景虎は”義”に生き、武将として鮮烈な生き様を後世に示しました。短い人生のなかで、これだけ輝けた点では、先日亡くなった元サッカー日本代表の松田直樹選手も同様です。たとえ短くとも、彼らの人生は輝いていた。景虎も彼も、人生に悔いなどなかったと思います」

家族旅行で山中城を歩いたときに小説のインスピレーションが

1960年横浜市生まれ。早稲田大学卒業。日本IBMに長らく勤務後、外資系企業の日本事業責任者を歴任。2003年、北条氏照を描いた『戦国関東血風録』を刊行。2007年、『武田家滅亡』でメジャーデビュー。昨年刊の『戦国鬼譚 惨』は、吉川英治文学新人賞の候補になった。

「小学生のときに初めて文庫を買った書店は、伊勢佐木町の有隣堂。『坊っちゃん』と『路傍の石』でした。中高時代は歴史小説に親しみ、司馬遼太郎先生、吉村昭先生、松本清張先生が好きでした。大学を出てからは実用書ばかり読んでいましたが、42歳のときに家族旅行で静岡の山中城を歩いた際、突然インスピレーションがわき、その日から小説を書き始めました。少年時代の読書の蓄積があったから、書こうと思いたった時、言葉があふれてきたのだと思います。子供の頃の読書の蓄積が、これほど役に立つとは思いませんでした。読書というのはマジックですね」

戦国時代の東国を主な題材としてきたが、今後は時代とテーマを広げていく。今秋刊行の新書では平清盛を、来年刊行の長編小説では、幕末を舞台に天狗党を描く。

(青木千恵)

『北天蒼星』・表紙

北天蒼星
伊東 潤/角川書店/1,900円+税

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