足利八代将軍・義政の覇気のなさにより、武家社会は分裂、応仁の乱が起きた。この物語は、大乱の余波がくすぶる文明四年(1472)に幕を開ける。細川京兆家の当主、細川勝元は、応仁の乱で対立した山名家の娘との間にもうけた嫡男、聡明丸を世継ぎとするか否かで悩んでいた。敵の血を引く上、不義の子と噂される”宿命の子”だからだ。しかし勝元は、才気の片鱗をみせる聡明丸をわが子と思う。翌年、勝元の死により、聡明丸はわずか八歳で家督を継ぐ。元服後は細川政元を名乗り、類いまれな政治手腕を発揮していく――。
現代ミステリで知られる著者による、『覇王の番人』(2008年)に次ぐ2作目の歴史小説。将軍を補佐する管領職でありながら、明応の政変を実行して将軍を廃し、事実上の最高権力者に上り詰めた細川政元の生涯を、姉の洞勝院、日野富子、家臣ら、周辺人物の目から照射する手法で描き上げた。「半将軍」と呼ばれた細川政元は、歴史上、希代の変人として知られる。名家の当主なのに独身を貫いて実子をなさず、修験道に凝り、将軍に逆らって突然旅に出たりしたと、史書に記されているほどだ。
「下克上」を行い、戦国の世の先駆けとなった謎の男に光を当てた、傑作歴史長編である。
1999年のある日、高校生だった著者は神奈川県平塚市の住宅地を自転車で走っていて、不思議な家の存在に気づいた。複雑に重なり合った屋根、松竹梅の模様で装飾された窓の鉄柵……。何より衝撃的だったのは、その大きな日本家屋の屋根のど真ん中から、コンクリート製の電信柱が突き出ていたこと。一年以上が経ち、著者は意を決してその家の門をくぐり、家主のミドリさんと出会った。
1913生まれのミドリさんの元気な人柄に触れ、さらに好奇心を募らせた著者は、ミドリさんが生まれ育った北海道へ、その両親の故郷の新潟へ。老女が歩んできた道のりを、辿りに、辿った。そして、見えてきたのは日本近代の歴史だった――。
本作は、第八回開高健ノンフィクション賞次点作品。1983年生まれの著者は、奈良女子大学大学院で住環境学(建築学)専攻修士課程を修了。町並み保存や、建築物の記録活動に携わってきた。
建築とそこに住む人に対し、極めて好奇心旺盛な著者と、要所要所で持ち前の楽天性と頑張りを発揮し、辛いことも多々あった近代史を生き抜いてきたミドリさん。70歳差の二人の掛け合いがほのぼのと楽しく、「昔の人」のしなやかな思考法も味わえるノンフィクションだ。
伯母一家が営む海辺の旅館に預けられ、夏休みを過ごすことになった小学5年生の恭平は、行きの列車内で風変わりな男に出会う。男は、物理学者の湯川学。田舎町の近海では海底熱水鉱床の開発計画が起きており、専門家として開発業者に招かれた湯川は、恭平と同じ宿を現地での滞在先に決めた。海底熱水鉱床に関する地元住民への説明会が開かれた夜、宿の客のひとりが行方不明になり、翌朝、堤防下で死体となって見つかる。その男は、警視庁を定年退職した元刑事だった。地元に縁者はいず、環境活動家でもない男は、なぜ、田舎町にひとりで来ていたのか――。
主要舞台は、架空の町「玻璃ヶ浦」。“偏屈者”同士のためか、湯川と恭平は意気投合し、湯川は少年に科学の楽しさを教える。一方、地元署と県警によって変死事件の捜査が進み、事故死と思われた死因が、一酸化炭素中毒死だと分かる。退職刑事の変死を知った警視庁は、捜査一課の草薙に独自捜査を命じる。人々の思惑が錯綜する中、ただひとり、湯川だけが気づいていた衝撃の真相とは?
天才物理学者が事件の謎を解き明かす〈ガリレオシリーズ〉の最新長編。論理性と客観性を重視し、真理を追究する物理学者が、非論理で謎だらけの人間たちのドラマと向き合う。胸うたれる傑作。
平安中期、一条天皇の関白を務める藤原道隆の四男、隆家は、幼少時から腕白で「さがな者」(荒くれ者)の異名を取り、「強い敵はおらぬか」と呟く少年だった。
十七歳にして権中納言となり、怖いもの知らずだった隆家の運命は、父の病死で変転し始める。兄・伊周が叔父の藤原道長との政争に敗れ、隆家は伊周とともに、花山法皇にたてついた不敬事件(長徳の変)によって、京の都を追放されてしまう。
都を出た隆家は、貴族社会の政争よりも、はるかに強大な敵と相まみえることになる。「刀伊」と呼ばれる異民族が、海の向こうから襲来してきたのだ。九州・太宰府に着任した隆家は、未曾有の国難に立ち向かった。
暴れん坊貴公子、藤原隆家の生涯を、史実と虚構を混交して描いた平安戦記エンターテインメント。『大鏡』に〈やまとごゝろかしこくおはするひとにて〉と記される好漢で、外敵に立ち向かった隆家だが、現在、その名と功績は知られていない。それは隆家が、ときの権力者、藤原道長になびかなかったためと、著者は捉えている。独特の史眼により、〈消された英雄〉の生涯を発掘。目前の世界が広がり、闘う相手が強大になるほど、人間としてより雄々しく成長していく、隆家の不屈の生き方に引き込まれる。
(C・A)