Web版 有鄰

514平成23年5月10日発行

有鄰らいぶらりい

ユリゴコロ』 沼田まほかる:著/双葉社:刊/1,400円+税

ドッグランを備え、犬とその飼い主による会員制をとる喫茶店〈パドッグ〉を営む亮介はある日、実家を訪ねて和紙に包まれたひと束の黒髪と、〈ユリゴコロ〉と題された4冊のノートを見つける。

〈私のように平気で人を殺す人間は、脳の仕組みがどこか普通とちがうのでしょうか〉と始まるノートには、犯罪を告白する衝撃的な手記が綴られていた。手記の主は、物心ついたときから”いやな感じ”の中にいた。小学2年生のときに同級生が事故死する現場を見て以来、「死の感触」に魅了され、快楽殺人に手を染める。成人し、暗黒の欲望を抱えて街をさ迷っていた手記の主は、優しい青年と出会い、「アナタ」と呼んで初めて他人に心を寄せるが。

手記は、創作なのか、事実なのか。事実であれば、手記の主の正体は? 亮介は、ある日突然、母が別の人に入れ替わったような気がした、4歳の頃の記憶を思いだす。弟の洋平ともに、手記の謎をたどり始めた亮介が知る、驚愕の事実とは――。

2004年、50代で初めて書いた長編『九月が永遠に続けば』でデビュー。“遅咲きの大輪”と話題を呼び、『猫鳴り』などの上質のエンターテインメントを次々発表している著者による最新長編ミステリ。重いテーマを扱いながら、読後感がよい。

放課後はミステリーとともに
東川篤哉:著/実業之日本社:刊/1,500円+税

東京・国分寺市の西、「恋ケ窪」という地名で呼ばれる一角に、「私立鯉ケ窪学園高等部」はある。2年生の霧ケ峰涼は、広島カープファンのミステリマニアで、「探偵部」の副部長を務めている。探偵部とは、まさしく探偵活動を行うことを趣旨とした、(高校生)探偵たちの集合体だ。

“名(迷?)探偵”霧ケ峰涼は、学園周辺で起こる数々の難事件を解決していく。でもそこは高校生。周囲の助力を借りながら……。

2003年発表の第1話「霧ケ峰涼の屈辱」から始まる、鯉ケ窪学園探偵部を舞台にした連作短編8編を収録。UFOの存在を頭から信じている女教師、だぶだぶの学ランを着用した昔気質の不良少年、周囲の感情をいつも何となく逆なでするナルシスト少年ら、ユニークなキャラクターが続々登場。奇想天外なトリックに基づく、ユーモア・ミステリが堪能できる短編集である。なお、ミステリの仕掛け上、第1話目から読むことをお勧めする。

2002年のデビュー以来、著者は一貫してユーモア・ミステリを発表。2010年刊行の連作短編集『謎解きはディナーのあとで』(小学館)は100万部を超える大ベストセラーになり、今年4月、2011年本屋大賞を受賞した。この作品も、発売後たちまち重版した快作だ。

『田辺聖子の古典まんだら』上・下
田辺聖子:著/新潮社:刊/各1,400円+税

古典文学というと、なんだか堅苦しいもの、難しいものと感じている人が多いかもしれない。だが、ひとたび古典を手に取ると、そこには現代人と同様に、喜んだり、悲しんだりする人間の姿が描かれている。本書は、「古典ほど面白いものはない!」と考える著者が、古典文学の世界に読者を誘う本である。

『古事記』『万葉集』『土佐日記』『枕草子』『平家物語』『方丈記』、さらに西鶴と近松、江戸の戯作と狂歌まで、20章を収録。2000年4月から2002年3月にかけて著者が大阪で行なった「古典まんだら」「古典の楽しみ」という連続講演をもとにした古典エッセイだ。

数々の古典文学の背景には、政変、戦乱、自然災害などの公共的な出来事と、恋愛や死別といった、著者固有の私的な出来事があった。土佐の国司として赴任中、幼い娘を亡くした紀貫之は、悲しみに暮れる繊細な心情を漢文では書き尽くせないと、女になったつもりで仮名による『土佐日記』をしたためた。敬愛してやまない中宮定子の悲運を目の当たりにし、心を決めて、楽しいことばかりを書いた清少納言。自由奔放に生きた和泉式部は、人生の節々における細かな女心のひだを、優れた和歌に昇華させた。

現代に生き生きと蘇る、やさしい古典入門である。

『三十光年の星たち』上・下 宮本 輝:著/毎日新聞社:刊/各1,500円+税

三十光年の星たち・表紙

三十光年の星たち
毎日新聞社:刊

京都に住む坪木仁志は、30歳。大阪の私大を出て入社した会社を2年で辞めてから職を転々。恋人と皮革製品の工房を興したが、事業に失敗。恋人に逃げられ、次の職の当てもない。

仁志の隣家には、もぐりの金貸し老人、佐伯平蔵がひとりで住んでいる。借りた80万円を返せない事情を話すと、佐伯は仁志の車を使わせてくれという。仁志は、借金返済の代わりに運転手として雇われ、佐伯とともに「借金取り立ての旅」に出た――。

父親に勘当され、30歳にして枯れる寸前だった仁志は佐伯によって根幹からたたき直されていく。75歳の佐伯の過去と、佐伯をめぐる人間たちの姿とは? 仁志は、佐伯を仰ぎ見るようになる。一方、初の取り立ての旅で知り合った北里虎雄は、陶磁器を売買する「新田」の主人に師事し、一人前の目利きになろうと、「30年後」を見据えて奮闘している。

現代日本における「30歳」は、樹木で言えばまだ苗木の段階だと、本書はとらえている。苗木が小さい間は、雑草を抜き、養分を与え、周りから支えて、しっかりと自立させなくてはならない。師弟の姿、若者同士の友情を微笑ましく、かつ峻厳に描く。京都の狭い小路から、はるか宇宙の時間を眺めわたした、スケールの大きな長編小説。

(C・A)

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