Web版 有鄰

513平成23年3月10日発行

有鄰らいぶらりい

藩と県』 赤岩州五・北吉洋一:著/草思社:刊/1,400円+税

副題は「日本各地の意外なつながり」。薩摩藩(鹿児島県)と庄内藩(山形県)といえば、戊辰戦争で官軍と幕府軍に分かれ激しく戦った仲。

その庄内藩領だった山形県酒田市の飯盛山には、薩摩の西郷隆盛を祀る南洲神社があり、一方の鹿児島市には庄内藩士菅実秀の像が隆盛とともに建てられているという。

また、薩摩藩の兵糧食だったという餅菓子は、灰汁水を使うが、庄内地方に伝わる「笹巻」も、なぜか城下町の鶴岡だけは灰汁水を使うとか。

慶応3年(1867)に起きた薩摩藩邸焼き討ちの主役となり、戊辰戦争でも最後まで戦った庄内藩は、厳しい処分を覚悟していたが、西郷の指示でわずかの減封で済み、以後、両者の親交が深まったらしい。庄内藩士の菅もこの交流で鹿児島に来た1人で、維新後は旧藩士たちに開墾事業を勧めたという。

お盆の墓参りに賑やかに花火を鳴らす三陸海岸の宮古市(岩手県)と同じ風習の九州・長崎とのつながりは……。

宮城県仙台市と大阪府堺市に「すずめ踊り」という同名の祭りがあるのは、仙台藩主だった伊達正宗に由来するらしい。

江戸時代に270ほどあった藩の不思議なつながりを47都道府県別に紹介している。

桂文我の上方落語案内』 桂文我:著/小学館:刊/3,200円+税

目次の題に「資料で綴る上方落語史」とあるが、極彩色の版画、絵、ポスターや写真などで彩られた楽しい本である。たとえば今から300年前の元禄期に人気を二分、上方落語の祖とよばれる京都の露の五郎兵衛と大坂の米澤彦八の図もちゃんと刷り物などで残されている。しかし現代までつづく落語家の開祖たちが現れたのはそれから100年後。上方四派と呼ばれる桂・笑福亭・林家・立川の源流という。

今でいう寄席ができたのは寛政ごろ。畳敷きで100人から多くても300人までを入れた。明治中期以後は5時開演で終演は11時過ぎ。しかし、落語中心だった上方の寄席は、大正後期から昭和初期にかけ、新しい笑いである漫才に押され、主役の座を奪われていく。

人気のときは本や雑誌の連載になり、さらにレコード化もされた上方落語界で、一番の有名人は、初代桂春團治。のちに芝居になるほどの奇行でも知られるが、当時のレコード吹き込みが1,000枚を超すほどの人気者だったという。

その人気に乗ってか、大正15年、煎餅に溝を刻んだレコード「ものいふせんべい」を売り出したが、煎餅にしては値段が高く、レコードにしては音が悪くて売れず大損をしたという。

一昨年の第64回芸術祭優秀賞を受けた落語「住吉駕籠」と「蛸芝居」のDVDが付いている。

おしまいのデート』 瀬尾まいこ:著/集英社:刊/1,200円+税

おしまいのデート・表紙

『おしまいのデート』
集英社:刊

小学生の時、両親が離婚して母に引き取られた彗子は中学生。再婚をした父が会いに来なくなり、代わりにここ2年ほどは、祖父とデートを重ねている。漁師の祖父は、海が見渡せる場所で、地球が丸いことを教えてくれた。しかし、そんなデートも今日で最後だ。母に恋人ができ、もうじき新しい家族がスタートするから……(表題作)。

「デート」にもいろいろなパターンがあり、恋人だけが相手とは限らない。この本には、恋人ではない相手と一対一で時を過ごす、変則的デートの物語が五編収められている。表題作のほか、月に一回、教え子と老教師がそば屋で顔をあわせる玉子丼デート(「ランクアップ丼」)、同級生だが接点がなかった男子生徒同士が、ふとしたきっかけで遊びに出かけて急接近する「ファーストラブ」、30代バツイチOLと、男子大学生が、捨て犬の世話をめぐって公園で邂逅する「ドッグシェア」、5歳の園児のやもめの父親とつきあうことになった保育士が、継子になるかもしれない園児の扱いに手を焼く「デートまでの道のり」。

人と人が近づいて、楽しいひと時を過ごすデートの周りには、豊かな物語がある。5つのデートを描き、切なくなったり、“その後”を知りたくなったり、ほのぼのとした余韻に包まれる短編集。

トモスイ』 高樹のぶ子:著/新潮社:刊/1,400円+税

2006~2010年に書かれた10編を収録。5年間にアジア10か国の文学者を訪ねてその作品を日本に紹介し、作品が生まれた背景の情報を発信すると同時に、訪問国に触発された著者が、触発をバネに短編を書くプロジェクト、「SIA[サイア](アジアに浸る)」から生まれた10編である。

2006年にまず書かれた「天の穴」の“アジア”はフィリピン。マンゴーの匂いに包まれた意固地な女が、不思議な少年と出会う。2006年のもう1編「ジャスミンホテル」はホーチミン市が舞台だ。ベトナム戦争の記憶と著者の20代の頃の記憶が重なる。翌年書かれた「四時五分の天気図」は、台湾の離島で実際に起きた出来事から生まれたフィクション。マレーシアのクアラルンプールで遭遇した豪雨に触発された「どしゃぶり麻玲」は、この世界に浮遊する見えない存在の“美”を物語化し、読む者の胸を打つ。

ユーモラスな「唐辛子姉妹」(韓国)、カースト制の非人間的な側面を真っ向から書く「ニーム」(インド)。著者の想像力は縦横無尽だ。多様な物語が美しい言葉で描かれ、”触発”の機縁となったアジアの深い奥行きへ、読者を誘う。プロジェクトの副産物として、タイ訪問から生まれた表題作は、優れた短編に与えられる川端康成文学賞を昨年受賞している。

(K・K)

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