Web版 有鄰

511平成22年11月10日発行

有鄰らいぶらりい

安心したがる人々』 曽野綾子:著/小学館:刊/1,500円+税

安心したがる人々・表紙

『安心したがる人々』
小学館刊

山本夏彦亡き後、世論に迎合しない希少な辛口エッセー集だろう。

たとえば、一種の美談として扱われている戦争体験の語り部について著者は、恐怖にしろ悪にしろ、描写する時には個性と意外性が必要で、それが無いと、昔の講釈師のような「軽薄な定型の語り口調」になるという。

敵の爆撃機の編隊が、銀翼を光らせながら上空に侵入してきたとき、一瞬にしろ「あ、きれい」と思ったり、消火のための水をバケツで運びながら自分の好きな歌を歌ったりしなかったか。「語り部の話には、そういう部分が欠落するから私は信じない」と言う。

沖縄問題についても、昔からの「基地は出ていけ」というシュプレヒコールと、基地で働く組合の「首切り絶対反対」は、どう両立するのか。不景気で仕事がなく、インターネット・カフェで暮らす人が多いというが、農村に行けば使ってくれるところは、いくらでもある。平和、人権などと唱えていれば実現すると思い、「安心して暮らせる生活」を国に要求する世相に対し、世の中に安心して暮らせる状態など無いと言う。

「大勢がこぞって言うことなら胡乱と思え」と言った夏彦氏は、体験をもとに「戦時中も真っ暗ではなかった」と言い、「平和なときの平和論」と平和論者をからかった。

文士の私生活』 松原一枝:著/新潮新書:刊/680円+税

当年、94歳になる著者の「昭和文壇交友録」(副題)。

昭和12年(1937)、中国から引き揚げ、九州帝国大学(当時)仏文科の聴講生になったのをきっかけに、火野葦平も入っていた「九州文学」の同人になり、昭和14年、家族で東京に移ると、島尾敏雄、阿川弘之、眞鍋呉夫、小島直記などがメンバーの「こをろ」同人に加わる。 当時、阿川は広島高校、島尾は長崎高商(いずれも旧制)の学生。翌年、東大に入った阿川は友人とともに著者宅を訪ねたとき、はじめて麻雀牌を見て遊び方を教わったという。後年、文壇で有名になった阿川さんの麻雀の初の師匠は著者だったのである。

当時、太宰治とともに井伏鱒二門下の双璧といわれ、真杉静枝と同棲していた中村地平を訪ね、太宰について尋ねる話がある。中村は「小心な臆病者ですよ」と一緒に旅行したとき、宿に着く前から女中にいくら心づけをやればいいかとしきりに気にしていたと太宰らしい挿話を語る。

以後、広津和郎、川端康成、志賀直哉、坪田譲治、亀井勝一郎など、著者が直接師事したり交遊のあった錚々たる名前が出てくる。中でも、初め無視された宇野千代と親しくなったのは、のち「田村俊子賞」を受けた著者の小説を読んでからであり、確執のあった円地文子を宇野が認めたのも、その作品を読んでからだったなど、数多い秘話が興味深い。

風流 江戸の蕎麦』 鈴木健一:著/中公新書:刊/760円+税

「忠臣蔵」で伝えられる元禄15年(1702)12月の吉良邸討ち入りの夜、赤穂浪士たちが、蕎麦屋に集まったというのは事実なのか、という話に始まる。

著者は、当時、江戸で全盛だったうどん屋や蕎麦屋集合説の根拠となった資料を上げたうえで、歴史研究家によって否定されているという。多くの信頼できる資料では、堀部安兵衛の借家など3か所に分散して集まった後、吉良邸に集結したというのである。

ただし、その夜、数人が茶屋に蕎麦を食いに出たということが、ただ一人生き延びた足軽の寺坂吉右衛門の手記に残っているという。

蕎麦が好きだった芭蕉には「蕎麦はまだ花でもてなす山路かな」(『続猿蓑』)などの句があり、蕪村には「しんそばや根来の椀に盛来る」、一茶には「はつ雪や御駕へ運ぶ二八そば」などがある。二八そばには当時の代金が16文だったため、2掛ける8で16という説と、蕎麦粉8割につなぎの小麦粉2割からという説などがあり、幕末には後者が有力だったという。ほかに、蕎麦を詠んだ日本の漢詩人の詩、落語や浮世絵に現れる蕎麦など、蕎麦百科とも言いたい本である。

人生最強の武器 笑いの力』 加瀬英明:著/祥伝社新書:刊/780円+税

ジューイッシュ・ジョーク(ユダヤ・ジョーク)を中心に笑いの効用を語った本。

アメリカ初代大統領ジョージ・ワシントンの少年時代、父親が大事にしていた桜の木を切り倒したことを正直に認めた、という有名な伝説がある。この話をした小学校の教師が「そこで父親は許しました。どうしてですか」と聞くと、「ワシントンが手に、まだ斧を持っていたからです」。

少し長いが、嫉妬深い夫の話。会社にいた11時ごろ、妻が家に男を引き込んでいると感じ、急いで家に帰った。妻は当然、否定したが、夫はあらゆる部屋を調べ、最後に男が窓枠にぶら下がっているのではないかと、窓から身を乗り出すと、下をズボンをたくし上げながら走っている男を見た。夫はとっさに冷蔵庫を持ち上げて投げつけると命中、男は即死した。男が死んだのを見た夫は正気を取り戻し、嫉妬から無実の男を殺したのを悔いて自殺する。

天国で神の前の行列に並んだ夫は、自分が殺した男が、寝坊して会社へ行く途中、冷蔵庫が落ちてきた、と言うのを聞く。次いで夫は、妄想から男を殺したことを告げる。神は二人を許し天国へ行け、と言う。そちらへ歩きかけた夫は、次の男が神に言っている言葉を聞く。「どうしてここへ来たか分かりません。私はただ冷蔵庫の中にいただけです」。

(K・K)

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