Web版 有鄰

509平成22年7月10日発行

伊吹有喜と『四十九日のレシピ』 – 人と作品

大切な人を亡くした家族が再生に向かうまでの物語

伊吹有喜氏
伊吹有喜

母・乙美がレシピを残して亡くなった

大切な人を亡くしたある家族が、再生に向かうまでの物語。新人作家の2作目でありながら、2月の発売以来“感動の輪”が広がり、ベストセラーになっている。

「死者の魂は四十九日間この世にとどまり、遺族と寄り添って別れを惜しんだ後、旅立つのだと、ずいぶん前にお坊さんから伺って、寄り添うという言葉が印象に残っていました。最近は、葬儀について要望を書き残す方が増えているそうですし、レシピという言葉には料理以外の意味もあると聞いて、それらが繋がって、タイトルと物語が生まれてきました」

大らかで明るく”乙母”さんと慕われていた熱田家の母、乙美が亡くなった。2週間後、失意の夫、熱田良平のもとに、黄色い髪の娘、井本がやってくる。井本は、乙美が生前に作成していたレシピの存在をあかし、四十九日までの間、熱田家で家事などを手伝うという。同じ頃、良平の娘の百合子が憔悴して帰郷する。夫、浩之の浮気と夫の愛人の妊娠が発覚し、離婚を決意して出戻ってきた。38歳の百合子は、血の繋がりのない自分に愛情を注いでくれた母、乙美にすがりたいが、乙美はいない。

「今回の作品の百合子、そしてデビュー作の主人公の2人、2作続けて30代の終わりの人物を描いたのは偶然です。ただこの年代はとても微妙な時期に思えるんです。若くもないし、そうかといって成熟しているわけでもない。すべてをあきらめるには早すぎるけれど、すべてを得るには遅い場合もある。言いたいことがあっても、弱音を吐くことが許されず、周囲に気がねして黙ってしまう人も多い。そうしたこの年代ならではの揺れる心情や状況を描きたいと思いました」

レシピという言葉には”処方箋”の意味もある。人生が暗礁に乗り上げて、大切な人を失って、悲しみに暮れたときどう生きていけばいいのだろう。心労でやせ細り、出戻ってきた百合子は、井本が差し出した塩バターラーメンをすすり、涙をこぼす。

「湯気の出る食べ物には、人の思いが込められていると思います。レンジで温めるのだってラップをかけてレンジに入れる手間が必要ですし、気持ちがなければ温かい食べ物はできないですよね。作ってもらった思いが乗ると、健康にどうかなどを超えた味わいと記憶が残ります。家庭の物語ですから、食べ物の場面が必然的に出てきました。今回は、イモちゃんの暴れっぷりにハラハラしながら動きを追いかけていき、浩之の愛人の亜由美に意外な結末が訪れて、書いている私がホッとさせられる、そんな出来事がありました。私の場合、人物を創作するというよりも、別の世界に本当にいる普通の人々の生活に寄り添い、スケッチしたものをまとめている感覚です。勝手に動き回る人物を追いかけて書いています」

人間の心以上のミステリーはない

1969年、三重県生まれ。中央大学法学部卒。出版社勤務を経てフリーライターに。2008年『風待ちのひと』でポプラ社小説大賞・特別賞を受賞してデビューした。

「司法試験を目指していましたが、出版社に入社して人生の舵がだんだん切り替わってきました。入社当初の配属はイベント関連の部署で、編集部への異動がなかったら創作の仕事をしたいとシナリオ教室に通い始めました。編集者になったときには物語を作るのが面白くなっていて、会社を辞め、やがて長編小説を書き始めました。シナリオと勝手が違う小説作りに試行錯誤し、瞬く間に2年ほどが経ちましたが、ようやく完成させた小説を初めて応募したとき、もの凄い充実感と嬉しさがあったんです。それからは1年半から2年かけて、長編をコツコツと1作書いては、応募していました」

昨年6月、受賞作が刊行されたときの思いは、「ああ良かった。とうとう本になった――」という安堵だった。

「2作目は、4年前に書いたものを全面的に改稿して仕上げました。これほど多くの方の手にとっていただけるとは全く想像していず、ありがたいなあと感謝の気持ちでいっぱいです。これからは、主人公の年代やジャンルを問わず、いろいろな物語に挑戦していきたい。恋愛ものでも家族ものでも、人間の心以上のミステリーはないなと、人の心に対する興味は尽きません。哀調を帯びたものを書くことがあっても、最後はどこか救いがあり希望の光が感じられるものがいいですね。“心が歌いだすようなものを”と、思っています」

(青木千恵)

『四十九日のレシピ』・表紙

四十九日のレシピ
伊吹有喜/ポプラ社/1,400円+税

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