Web版 有鄰

507平成22年3月10日発行

初日の出 – 海辺の創造力

椰月美智子

2010年元旦。6時半に目覚ましをかけ、慌しく身支度をする。帽子とマスクですっぴん顔を隠し、まだ寝ている夫と子供を残して6時40分に家を出る。空はすでに闇から抜け出して、新しい朝を迎えている。日の出は6時50分。なんとなくあせった気分になって少し足早になる。朝のぴりりとした空気。子供の頃の元日は、こわいくらいに空気が澄んでいたけれど、昨今はそうでもないみたい。それでも新年の新鮮な空気は、心なしかいつもよりも美しく感じる。

6時45分、浜辺に到着。かなり人が出ている。座りやすそうなテトラポッドに腰かけて、大きく息を吸ってみる。寒いけど気持ちいい。海は穏やかで、一定のリズムで波音を運んでくる。海の上にある大きな空が、少しずつ明るさを増してゆく。

水平線には残念ながら雲がかかっている。日の出時間を過ぎても、太陽はまだ顔を見せてくれない。いつもははっきりと見える、右手の伊豆半島、左手の三浦半島、近くに見える大島や初島も、水平線にかかるブルーグレーの雲と区別がつかず釈然としない。

6時58分。オレンジ色の光が雲間から差した。申し訳程度の歓声があがる。立ち上がって水平線をじっと見つめる。水平線にのっかっていた雲が金色に色を変えた。次の瞬間、まぶしい太陽が雲間から顔を出した。初日の出。思わず手を合わせて、今年一年の抱負を心の中で唱える。圧倒的なオレンジの光線が四方に伸びる。みるみるうちに、強烈な明るさが押し寄せてくる。いっときたりとも、同じものをとどめない太陽の威力に呆然としてしまう。

7時を過ぎて、全身を出した太陽を背に、ばらばらと人が帰り始める。ざざーん、ざざーん、と打ち寄せる波の音を聴きながら、ふと海を見ると、海面に太陽が10個ほど映っている。波がうち寄せるたびに、10個の太陽がこちらに向かって流れてくる。うれしくなって思わず頬が緩んだ。

寒くて固まった首をぐるりと回してから、あっという間にいつもの見慣れた太陽になった「初日の出」に別れを告げた。目の前を若いカップルが手をつないで歩いている。きっとこれから二宮神社に初詣に行くのだろう。自分が彼らくらいの年齢の頃を思い出して、あたたかな気持ちになる。

西湘バイパスを車が走り抜けてゆく。聞き慣れたその音。みんなどこに向かっているのだろう。目線を上げると、箱根の山々。山の稜線がまるでペンでなぞったようにくっきりと見える。山肌の様子までも手に取るように見える。刻一刻とあきらかになってゆく今日という日。2010年の幕開け。家に帰ったら、寝坊すけの夫と子供たちを起こして、お雑煮を作らなければ。

ふと立ち止まって深呼吸する。家に着くまでの、日常から離れたほんのちょっとの時間。過去と未来に思いをはせて、魂の洗濯。今年も良い年になりますように。

(作家)

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