Web版 有鄰

507平成22年3月10日発行

佐々木 譲と『廃墟に乞う』 – 人と作品

休職中の刑事が北海道各地での事件を追う連作短編集

佐々木譲氏
佐々木 譲

3度目の候補で第142回直木賞を受賞

PTSD(心的外傷後ストレス障害)のために長期休職中の刑事、仙道孝司が北海道の各地で起きた事件の真相を追う。読後、深い余韻を残す連作短編集として高く評価され、このほど第142回直木賞を受賞した。

「人種、宗教、階層などが多様な人間社会に分け入っていく、アメリカの大都市を舞台にした探偵・警察小説に近いものを書きたいと思っていました。漁師町、旧炭鉱地、馬産地など、北海道には性格の異なる町がいくつもある。町の人間社会に入り込み、その町特有の事件を描き分ければ、念願とするものが書けるかもしれないと考えました」

冒頭の「オージー好みの村」の舞台は、白人が増え、リトル・シドニーと呼ばれるようになったリゾート村。外国人が増えれば、摩擦が多くなる。貸し別荘で若い女性が殺害された事件の背後には何があったのか?続く表題作では、千葉で年配の風俗嬢が殺され、13年前に起きた売春婦殺害事件の犯人を追い、仙道が旧炭鉱町へ向かう。さらに、鮭の定置網漁とホタテ養殖が盛んな、オホーツク海に面した漁師町の複雑な人間関係に分け入っていく「兄の想い」など6編を収める。

「現実に起き、物語のヒントになった事件はいくつかあります。私は、センセーショナルに報道される事件より、数行の小さな記事でしか報道されない事件の背後にある物語の方に興味をひかれる。その記事の何かの部分が私の胸に引っかかり、長い間、発酵し続けて、ある日表面に出てくる。表題作のヒントになった事件の犯人が負っていた背景はとても辛いもので、旧産炭地を舞台にするとき、あの事件を扱おうとすっと決まりました。ずっと引っかかっていた悲しい事件を小説にしたときの気持ちは、仙道の胸によぎるものと同じで、決して幸福な達成感ではなく、かなり複雑な思いです」

昨年の年間自殺者数は12年連続で3万人を超え、心療内科を受診する人が増えている。心に傷を抱く仙道は、等身大の主人公と言える。

「警官も私立探偵もタフであるのがフィクションの世界の常道でしたが、人はそんなにタフじゃないよというのが私の思いだし、難事件であるほど、捜査員は事件に深く関わり、傷を負うものです。今の世の中、犯罪の形態や根拠が複雑になり、犯人が逮捕されても何かやりきれないものが残る事件が多いでしょう。仙道が関わる事件はやるせないものばかりです。犯罪に関わる者は、みんな悲しい。もちろん犯罪者は罰せられなくてはならないが、事件の周りにある悲しさに共感できなければ、虚しさしか残らない。仙道は初動捜査の段階で事件に関わり、解決は正規の捜査機関に委ねて、立役者になろうとは思わない人物です。”組織に生きる者 ひとり生きる者 傷ついたすべての者へ”というこの作品につけたコピーは、私の本音でした」

“警察小説の佐々木譲”と言われるのはとても嬉しいこと

1950年北海道生まれ。1979年「鉄騎兵、跳んだ」でオール讀物新人賞、1989年刊の『エトロフ発緊急電』で日本推理作家協会賞、山本周五郎賞、日本冒険小説協会大賞、2002年『武揚伝』で新田次郎文学賞。2003年刊『ユニット』をきっかけに警察小説を書き始め、『笑う警官』『制服捜査』『警官の血』など傑作を続々発表している。

「『警官の紋章』(2008年12月刊)から、最新刊の『北帰行』まで、14か月で単行本を5冊発表し、筆がのっていると自分でも思います。あるジャンルを手がけるときは、そのジャンルで一番手になりたい、そのジャンルの代表作と言われる小説を書きたい意気込みがありますから、”警察小説の佐々木譲”と言われるのは、とても嬉しいことです。書きたい素材がまだたくさんありますから、しばらくは警察小説を書き続けることになるでしょう」

『ベルリン飛行指令』で初候補になって以来、実に20年ぶりに『警官の血』で直木賞の候補になり、今回、3度目の候補で受賞した。

「2年前に2度目の候補になったとき、自分にはまだ候補になる資格があったのかと驚きました。昨年がデビュー30周年、そして今年、直木賞をいただいて、“永年勤続表彰”と受け止めています。確かに31年間書いてきたなとしみじみ思い、とても嬉しく、ありがたい。私は“騙り”の意味も含めて、物語を語るのが大好きなんですね。虚構、嘘を書いて、面白かったと言ってもらえると本当に幸福で、それで、これからも書いていくんだと思います」

(青木千恵)

『廃墟に乞う』・表紙

廃墟に乞う
佐々木 譲/文藝春秋/1,600円+税

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