Web版 有鄰

506平成22年1月1日発行

有鄰らいぶらりい

「サラ川」傑作選
山藤章二・尾藤三柳・第一生命:選/講談社:刊/1,000円+税

「くぶくりん」という副題がついているが、これは版元から出している本が第9巻にあたることにかけたもの。

今回が第22回になる応募作の中から、496句を収録しており、三者三様の選句がおもしろい。

「乾燥のすすめ」という題の選評を書いている山藤選は、ベストテンに「この会社おれがいるのにへこたれぬ」「上は上そのまた上は上を見る」などを採っている。

やはりベストテンに選んだ「定年で公園デビューの男達」などはうまい句ではあるが、明るくない今のサラリーマン社会を反映、どこか若干の湿り気があるというのだ。

尾藤氏は選評で「サラ川」22年の変遷を見る。たとえば平成5年の特選「石の上三年経てば次の石」だが、今回の入選作には「石の上三年目には石はなし」がある。「食事代一度も入れず嫁に行き」(平成12年)が「コンビニの味で育って嫁に行く」(平成21年)となる。

なるほど、食事代を入れなかった娘が、母親になると今度はコンビニで娘を育てているのだな、と読める。

ベストテンは「危険予知より難しい機嫌予知」「仕事せぬ順に大きくなる机」など。

第一生命選は、全国人気投票によるもの。4119票を得た「しゅうち心なくした妻はポーニョポニョ」から「久しぶりハローワークで同窓会」「ぼくの嫁国産なのに毒がある」とつづく。

教授の異常な弁解』 土屋賢二:著/文藝春秋:刊/1,238円+税

著者は、たいがいの男なら羨ましがるであろうお茶の水女子大学の哲学科教授。

にもかかわらず、帯には、〈助手、女子大生、女子高生、そして妻。あらゆる女性から軽くあつかわれる現実。〉とあり、さらに〈その中でサバイバルする道を模索するツチヤ教授「苦闘の軌跡」〉とつづく。

ユーモアや滑稽には、しばしば、自虐や加虐(マゾやサド)が入るものだし、他人の不幸は鴨の味でもあるが、これほどのものは珍しい。

中でも「すぐ怒る妻」への怯えは相当なもの。しかし、「妻の母親以外の人にはなかなか信じてもらえない。大げさに書いているだけだと思われる」からだと嘆いている。

妻自身も「従順」で「夫を立てる妻」には絶対になりたくない。それなら「我を張る」と言われたほうがいいとおっしゃっているというから全くの誇張ではないらしい。

すぐ怒るのは夫に対してだけではない。日本では喫茶店、スーパー、病院、銀行。英国では「ロクに英語はできない」のに、腹を立てると英語で怒鳴ることができるという。「わたしはこの部屋を憎む。なぜならこれは悪い」「この部屋は三角形。私は三角形ではない。そして狭い。チェンジ!」といったホテルでのやり取りがおかしい。

東京ひとり散歩』 池内 紀:著/中公新書:刊/740円+税

兵庫県姫路市——まわりにはいつも目印の山があり、町外れには川が流れている関西の城下町に育った著者は、18歳で東京に来たとき面食らったという。

東京には、どこにも山がなく、まわりは家ばかり。はじめ住んだ北区の滝野川には川は流れていなかった。近くにある飛鳥山に行ったら、ちっぽけな丘だった。

しかし、そのうち、雑然とした家並みの中に、郷里の城下町でも目にしない古い瀬戸物屋があり、壺や鉢から笊まで商っているのに気づいた。

アパートの近くに一里塚があり、江戸幕府が開かれた翌年にあたる慶長9年の年号が刻まれている。少し歩くと古河庭園に行き合い、ツツジが咲き乱れていた。雑駁なだけと思っていた板橋駅前近くに近藤勇と土方歳三の碑を見つけた。

滝野川から移った豊島区雑司ヶ谷には、鬼子母神の寺があり、境内には樹齢500年という大イチョウがそびえ大祭には数百の提灯がともる。

チンチン電車の線路わきを歩いていたら、町工場の入り口に「山吹の里碑」を見つけた。鷹狩りに来て、にわか雨にあった太田道灌が、農家の娘に蓑を借りようとしたら、山吹の小枝を差し出されたという有名な話である。

こうした目で東京を歩くと実に興味深い光景にあふれていることを教えてくれる本である。

想魔のいる街
たからしげる:作 東 逸子:絵/あかね書房:刊/1,300円+税

想魔のいる街・表紙

『想魔のいる街』
あかね書房 :刊

夏休み。小学5年生の有市は、母親を亡くした悲しみを克服できないまま、うちひしがれる妹の面倒をみ、多忙な父親には慰められず、家事を手伝いにきた祖母にはつらくあたる毎日を送っていた。

そんなある日、祖母とのいさかいがきっかけで、自転車に乗ってひとり家を飛び出すが、車にはねられて意識不明の重体におちいってしまう。

気がついたとき、有市の母親はまだこの世に生きていて、長期療養のために入院している、という不思議な世界にいるのだった。

そこで出会った謎の男「ソーマ」は有市に、「この世界はきみが作った、本来はあるべきはずのない世界なのだ」と説明する。そして有市を、人の願いや欲望が作りだしたものの、一皮むけば闇しか残らない、バランスに欠けたさまざまな世界を案内してみせる。

母親を亡くした現実をなかなか認めることができなかった少年が「ソーマ」すなわち「想魔」と出会い、予想もしていなかった冒険をくぐり抜けることによって、失っていた自分を取り戻す。SFによる少年の成長物語。装画も幻想的で美しい。

(K・K)

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