Web版 有鄰

504平成21年11月10日発行

安達千夏と『ちりかんすずらん』 – 人と作品

血の繋がらない女3人家族を描く

安達千夏氏
安達千夏

三世代の生活をたどる6編の連作

東京の下町にある木造古屋に、祖母、母、「わたし」の女が3人。7年前、父が家を出たが、父の母の祖母は、嫁の母に「このままいっしょに暮らしたい」と申し出た。以来、女3人は、のびのびと穏やかな生活を営んでいる。

「前作の『モルヒネ』がとても悲しい話だったので、今度は読んで心が温かくなる話を書こうと思いました。家族が家族に辛く当たるのはなぜだろう、血の繋がりがあるから何をしてもいいと信じ込み、ひどい行為に走るのじゃないかと、子供時代に母に辛く当たられた私は実体験から思うので、血の繋がりが薄いからこそ、どうしたら一緒にいられるかを考えている人たちを書こうと思いました」

三世代の女3人が、母の腹違いの妹、すずちゃんの道ならぬ恋を案じる表題作、父と再婚したコロンビア人女性の連れ子マグダレーナの世話をする「愛の名の川」など、6編連作で物語は進む。児童館に臨時職員として勤める「わたし」には起業家の恋人、ユウジがいる。祖母、母にもそれぞれ「想い人」がいて、祖母は芝居がかかると、極々鮫や毛万の江戸小紋、夏なら小千谷縮で着飾って、ボーイフレンドと出かけていく。冬瓜、牛肉とゴボウの時雨煮、にゅう麺、お芋のきんぴら、ホオシチュウ。物語にしっくりあう食べ物や、和の小物の扱いも読みどころだ。

「物語の箸休めとして、一話に一つずつは食べ物を入れてみました。この物語のおばあちゃん、お母さんは“良妻賢母”ではないですが、自分の人生を自分で引き受け、楽しんで生きている人たちで、だから主人公の『わたし』にとって、温かい家庭が提供されている。こんな温かい家から、あなたはどう巣立っていくの?と知りたくて、連作を書いていきました」

細工が揺れて、ちりちり鳴るかんざしを「ちりかん」という。縁側ですずちゃんの銀のかんざしを陽にかざし、散らばる光を眺めながら、「わたし」はすずちゃんの切ない心中を思う。迷い犬が来て母の恋人の正体が分かったり(「おおきなかぶ」)、一話ごと事件が起きつつ、「わたし」とユウジとの恋が進む。

<不安や逆境を、ひとりで背負うより、ふたつの肩に。おいしいものは、誰かと分かちあえば、二倍おいしくなる。苦しみは半分に。楽しみは二倍に。これを称して、〈はんぶんこの法則〉と呼ぶ>。

「私は20歳で家を出て、家は楽しいほうがいいでしょうと暮らしてきました。子供時代、帰りたくないほど家が辛くても、友だちの家で素敵なお母さんに会ったり、先生に“本の虫”と言われるほど本を読んで、別の世界を感じとってきました。本の中に入ると、親が言うのとは全く違う世界が広がっていて、違う考えを持てたり、本を読む行為は生きる上で凄く良いことだと思っています。それで多少浮世離れした感じでも、だからこその小説だと、この上なく素敵な女性たちが織りなす世界を描いてみました。当たり前と言われることって、実はかけがえのないものですから、丁寧に、丁寧に書きました。気恥ずかしい世界にならないようにと、そこは気をつかいましたね」

きちんとしたテーマと、物語性を大事にしたい

1965年、山形県生まれ。’98年、「あなたがほしい」ですばる文学賞を受賞してデビュー。通俗的な価値観からはみ出した男女の絆を描いて絶賛された。2003年刊行の『モルヒネ』は、父の虐待で姉を亡くした女性医師が、余命3か月の元恋人と再会する悲劇で、40万部を超えるロングセラーに。著書に『おはなしの日』、共著に『LOVERS』など。現在好きな作家として、G・G=マルケス、W・G・ゼーバルト、I・マキューアンを挙げる。

「作家になる意識はなく、ふいに家族のことを書きたくなり、愛読していた『すばる』に応募したのが端緒となりました。きちんとしたテーマがあり、文学的基礎を踏まえつつ、物語性を失わないで読者の方を楽しませる作家になりたいので、物語性を大事にしていきたいですし、恋愛なら愛のほうを書いていきたい。私は4歳まで祖母に育てられ、そこで思い切り可愛がられて、私の性根の核の、明るい部分を作ってもらえたと思います。のど元につかえていた辛い出来事を吐きだしたら、明るい、温かい小説も書けるようになりました。心豊かなおばあちゃんの姿を見て育った今回の主人公は、実は私の人生が反映されているのかもしれません。次作は来年刊行予定の書き下ろしです。毎日、毎日、書いています」

(青木千恵)

『ちりかんすずらん』・表紙

ちりかんすずらん
安達千夏/祥伝社/1,600円+税

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.