Web版 有鄰

504平成21年11月10日発行

有鄰らいぶらりい

白い紙/サラム
シリン・ネザマフィ:著/文藝春秋:刊/1,238円+税

白い紙/サラム・表紙

白い紙/サラム
文藝春秋:刊

『白い紙』は「文学界」新人賞を受けたあと、先の芥川賞候補ともなった作品。漢字を使わない国(イラン)からは初めてという。

イラクとの戦争下、軍医である父親の転勤にともない、首都のテヘランから田舎町に引っ越してきた少女の「私」と、転校した高校で一番の秀才であるハサンとの淡い恋を描いているが、それより強く響いてくるのは、背景にある戦争の足音である。

空爆で避難所に逃げ込んだ群衆の中で一人の青年が立って叫ぶ。「兵士が足りない!」「我々はこのつきつけられた不公平な戦争に勝たなければいけない!」「我々が勝つ!神がいるから」「この血をささげる、神に、国に!」という声に、何百人もの声が呼応する。青年は最後に、兵士として名前を登録するリストを回し、男たちが一斉に名前を書く。

同級生のほとんどが兵士になることへのやましさなどから、テヘラン大学医学部に合格したハサンも戦争に行く。無表情にトラックに乗っているハサンの周囲に、銃を持ちゲームの主人公気分で楽しそうにはしゃいでいる男の子たちが現代を反映している。

日本を舞台にした『サラム』も、劇画しか読まない日本の若者より、はるかに端整な日本語でつづられている。

名山の民俗史』 高橋千劔破:著/河出書房新社:刊/2,800円+税

北は北海道の大雪山から、南は薩摩の桜島山まで30の名山を取り上げている。「名山の日本史」40山、「名山の文化史」30山につづき百名山シリーズ三部作が、これで完結したことになる。

古来、信仰の対象だった山から様々な歴史、文化、宗教が失われたのは、明治政府による神仏分離政策、修験道廃止、廃仏毀釈によって古寺、名刹とともに、有形無形の文化遺産が消えたからだと、著者は言う。

国土の7割を占める山地の森は命の源である水を供給し樹木は建材、芽や実は食料となる。尾根や鞍部は古代からの交通路であり、四季折々の景観で日本人の感性を養う。

このシリーズは、政治によって消されてしまった名山の歴史や文化を、記紀にはじまる多くの文献や伝説を丹念に渉猟、登山歴50年という自らの経験も踏まえて書き上げたまれに見る労作である。注目されるのは通説を鵜呑みにせず、権威にとらわれぬ見識と探究心だろう。

たとえば北海道の羊蹄山の元の名「後方羊蹄山(シリベシヤマ)」の山名由来については植物学者・牧野富太郎や、牧野説を踏襲した深田久弥『日本百名山』の説をしりぞけている。羊蹄山はアイヌ語で「マッカリヌブリ」といい、「マッカリ川の上にある山という意味」で、意味不明の「後方羊蹄」にこだわる必要はない、と明快である。

笑う脳
茂木健一郎:著/アスキー新書:刊/743円+税

この地球上で笑うことができるのは人間だけであり、「笑い」を探求することは、人間を探求することにつながる。しかし、「笑い」は高度で複雑な脳の活動であり、「人間はなぜ笑うのか」は科学的に解明されていないと著者は言う。

現代脳科学の第一人者が、様々な角度から「笑い」の謎に迫った本。幼少期から、落語好きだった父親に連れられて寄席に通った著者は、噺を聞きながら想像力をつかさどる前頭葉を鍛えるという「英才教育」を受けていたのではなかったかと振り返る。それにしても下町風俗や社会批判、艶っぽいネタを含んだ落語を幼稚園児の自分が、どう理解して楽しんでいたのかと不思議に思っていた著者は、落語家の春風亭昇太と話をして、ひとつ合点がいったという。

昇太によると、学校の高座に招かれたとき、学年が低いほどウケがいい、つまり年齢が上がるとともに「話を聴く」能力が落ちているのではないかと、という。情報にあふれた現代は、テレビをはじめ手取り足取り、おせっかいな「わかりやすさ」に慣らされ自分で想像力を働かせてストーリーを楽しむという能力が衰えているのではないか、というのが著者の仮説だ。

漫画家・しりあがり寿、神戸女学院大学教授・内田樹らとの対談も交えて笑いの秘密を分析する。

なぜ阪神は勝てないのか?
江夏豊 岡田彰布:著/角川oneテーマ21:刊/705円+税

阪神の前監督(来期からオリックス監督)で、2005年(平成17年)優勝、以後も2、3、2位と、優勝を争いAクラスを維持した岡田。阪神入団翌年の1968年(昭和43年)、401奪三振のプロ野球世界記録を達成したのをはじめ数多くの記録を作り、セリーグを代表するピッチャーだった江夏。

2人の大先輩の、5年ぶりにBクラスに落ちた「タイガース再建への提言」(副題)だが、裏話を含め手厳しい。

たとえば、岡田は、新外国人ケビン・メンチの不振について海外選手の窓口がトーマス・オマリーではダメだと言う。岡田らの進言で、’05年でクビということになっていたオマリーがその後、キャンプに現れたので、フロントに確かめると「優勝したからオフが忙しくてクビを言うのを忘れた」と答えたという。

はじめ、3割近くを打っていた鳥谷については、5月20日の交流戦で1点を追うチャンスに桧山を代打に送られてからダメになったという。こういうときはフォローが大事だと、昨年、赤星を先発からはずしたときの例を語る。

江夏は1973年(昭和48年)、残り1勝すれば優勝というとき、阪神電鉄本社に呼ばれ、「勝ってくれるな。これは金田(正泰)も了解している」と言われ、テーブルをひっくり返して帰ったと、フロント暗黒時代を振り返る。

(K・K)

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