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502平成21年9月10日発行

[座談会]警察小説・人気の秘密 – 1面

作家・逢坂 剛
コラムニスト・香山二三郎
ライター 本紙編集委員・青木千恵

左から香山二三郎氏、逢坂 剛氏、青木千恵氏

左から香山二三郎氏、逢坂 剛氏、青木千恵氏

はじめに

青木ミステリー小説の人気はすでに定着している感がありますが、なかでも、最近注目されているのが警察小説です。

事件の謎解きだけでなく、個性的なキャラクターや、警察という組織で仕事をする人物たちの葛藤する心情に共感して、読者はそれぞれお気に入りの作品、シリーズを手に取っているようです。

佐々木譲さんの「道警」シリーズ第1弾『笑う警官』は映画化され、この秋、公開予定です。1988年から書き続けられている今野敏さんの「安積班」シリーズは、「ハンチョウ ~神南署安積班~」という連続ドラマになり、TBS系で4月から放映されました。

管理部門の職員を主人公にした『陰の季節』で新しい形の警察小説を創出した横山秀夫さんの作品も好評で、書き手と作品の充実ぶりを反映してか、警察小説が人気を集めています。

本日は、元日本推理作家協会理事長で、現代物も時代物も幅広く手がけられ、警察小説でも「百舌」シリーズ、「禿鷹」シリーズなどの傑作を発表しておられる作家の逢坂剛さんと、ミステリー書評を中心に執筆活動をされ、スカパー!のミステリチャンネル「Mysteryブックナビ」にも出演中のコラムニスト、香山二三郎さんにご出席いただきました。

日本のミステリーは層が厚く、警察小説の傑作も枚挙にいとまがないほどですが、警察小説の魅力とは何か、また現在の隆盛はどのように生まれて、古今東西で、どのような作品があるのかなどについて、教えていただきたいと思います。

1980年代から長期安定型のジャンル

裏切りの日日・表紙

逢坂 剛『裏切りの日日』
集英社文庫

青木現在の警察小説の人気の理由についてどのようにお考えですか。

逢坂世の中が殺伐として、凶悪な事件がふえたから警察が身近になってきたんじゃないのかな。昔の警察というのは何となく怖いとか、あるいは正義の味方といったイメージがあったけれど、実際はそれほど単純ではないことがわかってきたし、警察のほうも身近な存在でありたいというふうに変わってきたんじゃないか。

香山実は、警察小説は急に人気が出てきたわけではなく、長期安定型の人気ジャンルだと思っています。逢坂さんがデビューの翌年の1981年に『裏切りの日日』で公安警察の刑事を主役にしてから四半世紀の間、いろいろなスター作家が出てきています。この2、30年ぐらいを見ても、一貫して人気があったと言えると思います。

逢坂私の前には結城昌治さんが悪徳警官ものの『夜の終る時』を1963年に出しています。

香山それ以前では、1950年代には島田一男さんが活躍されたり、長谷川公之さんの『警視庁物語』などがありました。

逢坂そのころはまだ「警察小説」というジャンルはなかったでしょう。私が書き始めてからもしばらくの間なかったんじゃないかな。

『無間人形』の直木賞受賞で警察小説が一般的に

逢坂でも、これだけ多くの作家が書くようになったのは初めてという感じですね。

香山そうですね。逢坂さんあたりがまず火をつけて、それからいろいろな作家が多様なタイプの作品を書くようになった。

百舌の叫ぶ夜・表紙

逢坂 剛『百舌の叫ぶ夜』
集英社文庫

1980年代では84年に黒川博行さんの「大阪府警捜査一課」シリーズ第1作『二度のお別れ』が出て、逢坂さんの『百舌の叫ぶ夜』は87年、今野敏さんの「安積班」シリーズの第1作『二重標的(ダブルターゲット)』が88年ですね。

そして、90年から始まった大沢在昌さんの「新宿鮫」シリーズが、今の人気に直接つながっているんじゃないでしょうか。

逢坂今野さんは20年も書き続けているんですね。
新宿鮫』の後、高村薫さんの『マークスの山 上・下』が出て、それから横山秀夫さんが出てきた。

香山93年に「新宿鮫」シリーズ第4作の『無間人形』が直木賞を受賞したことも大きかったと思います。

逢坂『無間人形』の直木賞受賞で「新宿鮫」の知名度がぐんと高くなったあたりから、一般の人にも警察小説というジャンルが意識され出したんじゃないか。それ以前から作家や評論家の世界では警察小説というジャンルはあったと思うけれど。

新宿鮫・表紙

大沢在昌『新宿鮫』
光文社文庫

直木賞をシリーズ4作目で受賞するというのは珍しいケースだよね。

香山2作目の『毒猿』で取れると思っていました。

ブームに火をつけた『半落ち』のベストセラー

決断−警察小説競作・表紙

新潮社編『決断』
新潮文庫

青木今は警察小説が、雑誌で特集が組まれるぐらいに潤沢になっていますが。

逢坂警察小説がブームだというのを感じたのは、4年ほど前に『別冊小説新潮』で警察小説の特集が出て、それがそのまま新潮文庫に入ったことです。私も書いています。

香山決断−警察小説競作』ですね。

逢坂これがロングセラーなんです。文庫といえども短編のアンソロジーで版を重ねることはあまりないから、重版の案内が来るごとに、「おお、売れているのか」と。そこで初めて警察小説は結構人気があるんだなと思った覚えがある。だから、ブームと言ってもいいかもしれないな。

しかし、本当のブームは私の感覚ではやっぱり横山秀夫さんかな。

香山半落ち』がベストセラーになりましたね。

逢坂彼の小説は捜査小説というより、私の考えている刑事小説・警察小説に近いものがあった。集団捜査もあるが、むしろ主人公や登場人物のキャラクターがよく書けているんですよ。

警察小説ブームは、横山さんが火をつけて、他の作家にも当たるべき光が当たってきたという感じもあります。

青木それに続いて登場したのが、誉田哲也さんたちですね。

香山そうですね。佐々木譲さんとか、今野敏さんのようなベテランの活躍ももちろんですが、誉田さんのような新しい人が第一線で活躍されないと、うまく受け継がれていかないという面があると思うんです。

逢坂柴田よしきさんや乃南アサさんはもうベテランの部類ですものね。30代の若手にもっと書いてほしいね。誉田さんはその先頭にいる書き手だし、道尾秀介さんや柳広司さんたちにも書いてほしいね。柳さんは結構凝った作品を書いているから面白い警察小説を書くかもしれない。道尾さんはどちらかというとトリック小説ですが、これから期待されるところだと思いますね。

海外だと、イギリスの評論家で小説家のコリン・ウィルソンが『スクールガール殺人事件』という警察小説を書いていますが、純文学系というのか、普通の小説を書く人が警察小説を書くこともありますね。

古くは中間小説作家といわれる藤原審爾さんの『新宿警察』ですか。最近では吉田修一さんの『悪人』も近いものがあるかな。

「悪徳警官もの」「刑事ヒーローもの」など

花水木・表紙

今野敏『花水木』
ハルキ文庫

逢坂いつも警察小説の定義をしければいけないと思うのですが、難しいですね。

例えば、西村京太郎さんの「十津川警部」シリーズを、警察官が主人公だから警察小説と言っていいのか。あまりそういうイメージじゃないでしょう。

香山十津川警部のトラベルもの第1作は、1978年の『寝台特急(ブルートレイン)殺人事件』で、十津川だけではなく、その部下たちも一斉に捜査に当たる。捜査小説としての警察小説ではあるんですね。

ただ、どれだけ調べ込んでリアルなものを反映させているかというと、今の警察小説とは差があると思う。

逢坂そうか、捜査小説と警察小説とに分けたほうがいいのかな。私は、犯罪が起こって、警察官がグループで解決するという捜査小説は、厳密には警察小説とは言えないような気がするんですよ。

私のイメージでは、警察小説というのは、主人公の警察官個人が捜査にもたずさわりながら、主人公自身に悩みがあったり、何か個人的な事件などにもかかわっていく。だから刑事小説とでも言ったほうがいいのかな。そのあたりの区分が、私の中でも曖昧なんです。

最後の旋律・表紙

エド・マクベイン
『最後の旋律』
早川書房

海外の作品でも、割と一緒くたにされていますね。エド・マクベインの「87分署」シリーズは警察小説の代表のように言われているけれど、私に言わせると、例えば、ウィリアム・ピーター・マギヴァーンの『悪徳警官』や『最悪のとき』などが警察小説なんです。警察官個人が何か悪いことに手を出して苦労していくような話です。

私はそちらのほうに興味がある。犯罪を捜査して解決していくだけの小説にはあまり興味がない。私自身もそういう作品はほとんど書いていません。

香山どちらが警察小説かということではなく、「悪徳警官もの」、「刑事ヒーローもの」、「集団捜査もの」というように、いくつかのタイプに分かれてきているという感じじゃないでしょうか。

逢坂例えば今野敏さんの「安積班」シリーズは、どちらかというと集団捜査小説といえるのかな。

香山はい。集団捜査はきっちり押さえて、なおかつ刑事課係長の安積剛志という主人公のキャラクターもしっかり描かれていると思います。

青木安積は部下から信頼される理想の上司といったところがありますね。職場での上下関係や、チームとしての関係も描かれている。組織の物語という傾向もあると思います。こういうタイプの作品は会社員の読者が感情移入しやすいと聞いたことがあります。

香山佐々木譲さんの作品には、『制服捜査』や『暴雪圏』という、北海道の駐在署の警官を主人公にした小説があります。佐々木さん自身は「保安官小説」と言っていますね。

逢坂西部劇のパターンだと言っている。

「新宿鮫」は警察を舞台にしたハードボイルド

青木大沢在昌さんはハードボイルドの書き手として知られていますが、警察小説とハードボイルドとの定義はどういうふうになるのでしょうか。

逢坂ハードボイルドというのは、もうちょっと上位概念で、その中に警察小説も含まれるという考え方です。でも、ハードボイルドではない警察小説もあります。西村京太郎さんの作品は、ハードボイルドと呼んではおかしいでしょう。

香山ハードボイルドの特徴は、一つは文体、あと一つは主人公のキャラクターの造形なんです。

「新宿鮫」の主人公の鮫島警部は孤立無援の禁欲的なキャラクターで、造形はハードボイルド系ですが、文体はハードボイルドというよりも、もうちょっとダイナミックな感じですね。だから、刑事活劇と両方の持ち味を持っている。

逢坂ハードボイルドというのは、香山さんが言われたようにキャラクターや文体のタイプです。それがどこの世界を舞台にして展開するかの違いがあるわけです。たまたま警察を舞台にしたハードボイルドもある。

しかし、例えばダシール・ハメットの『ガラスの鍵』は私立探偵も出てこなければ警察官も出てこない、賭博師の話です。ハードボイルドはいろいろな世界を舞台にして成り立つ。だから「新宿鮫」は警察を舞台にしたハードボイルドという位置づけができるんです。

キャラクターの面白さが成功を左右

青木特に「新宿鮫」などはキャラクターの造形がすごく強いですね。

主人公の鮫島はキャリアでありながら署内では孤立している。

逢坂小説というのは突き詰めて言えば、キャラクターだと言ってもいいんじゃないかな。筋書きの面白さで読ませる小説もありますが、キャラクターができていなくて、筋書きが面白いという小説はあまりない。小説はキャラクターがすぐれていれば、それで70%ぐらい成功ということではないかな。

マークスの山・表紙

高村薫『マークスの山』
講談社文庫

香山高村薫さんの『マークスの山』にしても、最初は集団捜査のスタイルです。主人公の合田雄一郎警部補というキャラクターが、どんどんひとり歩きしていった感じがあります。ほかの刑事のキャラクターも、従来の警察小説とくらべると際立っていました。

逢坂キャラクターをつくり、そのキャラクターで読ませることが大切なんです。

青木香山さんも、そのあたりが警察小説を面白がる部分ですか。

香山やはりキャラクターでありストーリーですね。

逢坂両方がちゃんとしていれば文句はないよね。

キャラクターが強ければ強いほどシリーズは難しい

青木警察小説がシリーズになるものが多いのも、キャラクターの力が大きいんでしょうか。

逢坂そうでしょうね。でも、強烈なキャラクターで始めれば始めるほど、後が苦しくなる。ワンパターンになっても困るし、それを超えるようなものはなかなか難しい。作家はみんな苦労していると思う。「新宿鮫」は9作出ていますが、それだけ書けるというのはすごい筆力ですよ。

青木逢坂さんも『裏切りの日日』が「百舌」シリーズにつながり、「禿鷹」もシリーズですね。

逢坂「禿鷹」みたいなキャラクターをつくると、次はもうほとんどない。今、禿鷹の妻を登場させて禿鷹外伝を書いてはいますが、もうこれで終わりです。「百舌」シリーズは5作まで書いて、その後は、中断しています。

シリーズものは、数を重ねるほどだんだんパワーが落ちていくんです。3作くらいまでは何とか馬力をもって書けますが、4、5、6作となってくると、技で書き続けることはできても、自分の中ではボルテージが落ちてくるのがわかるんです。

ところが、読者はそれに気づかずに、もっと書けという。作者自身、もう別の作品を書きたいと思っているに違いないけれど、プロとしてある程度は読者の要望にこたえることも必要ですから、続けざるを得ない。しかし、やはりなかなか難しいですよ。

管理化された社会の縮図として警察組織を描く

青木逢坂さんはどんなことから警察小説を書かれたのですか。

逢坂そのころは私が考えている警察小説、愛読していたアメリカの警察小説のようなものが日本にはなかったからなんです。作家というのは誰も書いたことがない、手をつけていないジャンルにチャレンジしようという気持ちが強い。そこで警察小説に目をつけたわけです。

『裏切りの日日』は、本格ミステリーと警察小説、さらにハードボイルドをくっつけようという野心があって書いたんです。

香山最初に公安警察ものを書いたのは逢坂さんでしたね。

逢坂そうですね。今は公安ものを書いている人はいるのかな。

香山若手では誉田哲也さんがそうですね。

逢坂さんが公安警察ものを書かれ、その後、柴田よしきさんや乃南アサさんが女性警官を書いた。ヒロインものが出たのは90年代半ばぐらいでした。そういう方向をつけたのも逢坂さんです。警察ものというのは、オーソドックスなものだけではなく、こういう趣向やアプローチもあるということを示された。それから、いろいろなタイプの警察ものが出始めたんじゃないかと思います。

凍える牙・表紙

乃南アサ『凍える牙』
新潮文庫

逢坂女性警官ものは従来はほとんどなかったね。乃南さんの音道貴子ものは結構愛読しています。あの人は『凍える牙』で直木賞を取ってから伸びている。

青木『凍える牙』の主人公の音道貴子がシリーズになっていますね。

取材をしたために筆が鈍ることもある

笑う警官・表紙

佐々木譲『笑う警官』
ハルキ文庫

香山作家のみなさんは、警察ものを書くとき、どこから情報を仕入れるかということに一番悩むそうですね。

逢坂私はあまり取材はしないんです。お巡りさんに知り合いもいないし、警視庁を見学したこともない。既存の資料を読んで、そこから自分なりに組織のイメージをつくって書いているんです。

青木佐々木譲さんは『笑う警官』から続いている「道警」シリーズを書く際に、現場の人から取材をしたそうです。そういう違いは作品にも出てきますか。

逢坂出てくるでしょう。私とはアプローチが対照的です。それが悪いとは思わないし、そのほうがアピールする部分も出てくるのかもしれない。結構みんな取材しているらしいね。

香山確かに作家の中には取材が好きなタイプがいますね。「取材は好きだけれど、小説を書くのは、ちょっと大変」みたいな話も聞きますよ。(笑)

逢坂難しいところです。取材をすると、いい話ばかりではなくて、相手の過去の汚点を聞いたりする場合もありますね。そこまで踏み込む人とそうでない人といるんだけれど、私は親身になってしまうと、とてもこれは書けないなということになることがある。話を聞いたために筆が鈍るということは往々にしてあるんです。だから、なるべく人から話は聞かない。わからないところは想像を交えて書いたほうが、むしろ広がりが出てくる可能性もありますからね。

警察の現実そのままではなくイメージを書く

逢坂私は警察の現実をそのまま書こうとしていているのではなくて、私の中にある警察のイメージを書いています。要するに日本の管理化された社会の縮図としての警察組織なんです。「警察」という組織の中に日本の全体の構図を組み込んで代表させていると言ってもいいのかな。

私の警察小説は、現実の部署ばかりではなく、実在しない部署や役職もある。捜査の手順とかも必ずしも現実には即していないと思う。読者には、その小説に書かれている警察が本当らしく書かれていればそれでいいわけです。

例えば、誰かの作品を読んで、警視庁の刑事が地方の警察署の管轄まで行って捜査をすることはないとか言う人がいるけれども、それは小説だから許されると思うんです。小説は面白くなければいけないですからね。

「百舌」シリーズの登場人物の一人に警視庁の特別監察官という身分がある。それは私が勝手につくったものですが、いかにもありそうですよね。そういうのを勝手につくってしまえばいいんです。

悪徳警官のキャラクターが光る『真実の問題』

青木逢坂さんご自身が影響を受けた作品というと。

逢坂アメリカンハードボイルドの一つのジャンルとしての警察小説ですね。作家では、ウィリアム・ピーター・マギヴァーンとエド・レイシーです。

警察官が、お金や女性の誘惑に負けて悪いことに走る、警察官個人の弱さとか悩み、そういうキャラクターを描く小説が好きでした。マギヴァーンの『最悪のとき』、『殺人のためのバッジ』、『ビッグヒート』の3作が記憶に残っています。

青木これはいつごろ読まれたんですか。

逢坂ほとんどが学生のころじゃないかな。1950年代からです。

香山創元推理文庫の拳銃マークのシリーズや早川書房のポケット・ミステリなどで出ていた作品ですね。

逢坂そうですね。ほかにはトマス・ウォルシュの『深夜の張り込み』。映画化されたタイトルは「殺人者はバッヂをつけていた」でした。それから印象に残っているのは『真実の問題』というハーバート・ブリーンの作品です。初老の悪徳警官が出てきて、これが実にいいキャラクターでしたね。

青木悪徳に引かれるということなんでしょうか。

逢坂悪いやつのほうが心の葛藤がある。悪いことをしているという負い目がある。真っさらのヒーローというのは面白くないし、小説を書いていても書きにくいんです。悪役のほうが書きやすいし、書いていて楽しい。正義の味方で悪いことを何もしない。それで女にはもててというのは好きじゃない。警察小説は悪徳警官ものに限ると言ってもいいぐらいです。

香山ちょうどその時期、悪徳警官ものが多く出ていたということもありますね。

逢坂そうですね。1950年代、60年代のアメリカには、悪いことをする警官がたくさんいたわけだよね。

青木当時は日本にはそういう性質の小説はなかったんですね。今、日本と海外を比べてみていかがですか。

香山今は海外と日本はそんなに差はないのでは。ただ警察のシステムが違うから、その辺のあらわれ方はありますけれども。

逢坂そうね。アメリカでは、州によって法律が違ったり、死刑のある州とない州があって、州をまたぐFBIという組織がまた別にある。それと悪いことをする比率で言うと、日本の警察のほうが清潔だよね。アメリカに比べればはるかにいいでしょう。日本で悪徳警官ものが少なかったのはそういうこともあるんだね。アメリカでは現実にそれだけ多かった。

青木「七人の刑事」みたいにね。

テレビドラマをノベライズした『相棒』など

相棒 Season1・表紙

脚本・輿水泰弘ほか
ノベライズ・碇卯人
『相棒 Season1』
朝日文庫

逢坂アメリカの警察小説は、今どんな状況ですか。

香山日本のようにいろいろなタイプがあるわけではないようです。

むしろ警察ドラマのほうがバラエティに富んでいる。今、アメリカで一番人気があるのが、「CSI:科学捜査班」というシリーズなんです。

CSIというのは、日本で言う鑑識のことで、アメリカでは鑑識の人たちも捜査に参加する。日本にはないタイプですね。

逢坂そのドラマの原作はあるんですか。

香山原作はないですね。オリジナルの脚本で、ノベライズが出ています。

日本でもそれと似た現象が起きていて、ドラマの「踊る大捜査線」や「相棒」などがヒットしました。

「相棒」は水谷豊と寺脇康文の二人が演じるコンビが捜査に当たるシリーズです。脚本がよくできていて、謎解きの趣向も凝らされています。キャラクターとストーリーがうまく合致していて、それが人気を生んでいる。その後映画化もされました。

踊る大捜査線」も、「相棒」も原作はなく、オリジナル脚本で、どちらもノベライズが出ています。

青木逢坂さんの「御茶ノ水警察」シリーズもテレビドラマ化されていますが、原作があってドラマになるものとドラマの脚本をノベライズするものがあるんですね。

映像と連動するメディアミックスも人気の要因の一つ

香山映像に関連して考えると、警察小説の人気の一つの要因としてメディアミックスがあります。テレビ、映画といつも協調しているところもあると思うんです。

例えばリチャード・ドーティの『刑事マディガン』というと、主演のリチャード・ウィドマークが思い浮かぶ。映像のすり込みみたいなものがありますね。

逢坂リチャード・ウィドマークが主役ですが、原作はむしろ警察署長のヘンリー・フォンダの役のほうが、主人公に近いですね。

青木映画化ということではやはりアメリカなのでしょうか。

逢坂トマス・ウォルシュの『深夜の張り込み』はなかなかよく書けていた。映画ではキム・ノヴァックとフレッド・マクマレイが出ているいい映画です。ジョン・ボール『夜の熱気の中で』はシドニー・ポワチエ主演「夜の大捜査線」の原作です。

ヤン・デ・ハートック『遙かなる星』は、角川書店が70年代に映画化作品の原作を文庫に入れていたけれども、日本では違うタイトルで公開されたから、この作品はほとんど知られていない。第二次大戦後にゲットーに入っていたユダヤ人の女の子をオランダ警察の警部がイスラエルまで送っていくという話です。単に警部が主人公というだけで、厳密には警察小説ではないかもしれないが、心に残るいい小説です。古本屋でたまたま見つけたんだけれど、大当たりだった。

ヤン・デ・ハートックはオランダの作家で、ウィリアム・ホールデンとソフィア・ローレンの「鍵」という映画の原作者でもあります。

新訳で読みたい多くの海外の古典作品

笑う警官・表紙

マイ・シューヴァル
ペール・ヴァールー
『笑う警官』
角川文庫

青木警察小説の古典というと、やはり海外のものになりますか。

逢坂私は個人的には「87分署」シリーズはあまり好きじゃないけれど、一時代を画したものだから外せないでしょう。

あとは私の好みですが『最悪のとき』です。マギヴァーンの代表作の一つでしょう。ジェームズ・ウォンボー『センチュリアン』もあげておきたい。

香山残念ですが現在は手に入らないでしょうね。ただ、ウォンボーはまた復活して、新刊が出ています。

逢坂ウォンボーの作品は迫力があり、ストーリーもうまい。スタンリー・エリンの『第八の地獄』はちょっと純文学風だが面白かった。

私が個人的にこだわりたいのは、先ほど話したハートックの『遙かなる星』とブリーンの『真実の問題』ですね。『真実の問題』は、ベテランと新人の二人の刑事が、事件を解決する名誉と真実との間で苦悩する姿が描かれています。これは今でも入手可能だと思うので読んでほしい。

ホイット・マスタスン『ハンマーを持つ人狼』はこの時代では珍しく婦人警官が主人公です。婦人警官ものではドロシー・ユーナックが知られていますが、それよりも10年以上早い。

香山ドロシー・ユーナックは自分が警官だったから、『おとり』や『情婦』などの女性警官ものは、出た当時はすごく新鮮でした。

逢坂ジェイムズ・ミルズの『おとり捜査官』は、供述調書などの捜査書類だけで話が進む。これも面白かった。

エド・レイシーの『さらばその歩むところに心せよ』は悪徳警官ものでありながら、本格ミステリー的でもあり、あっと驚くものがある。

香山ベテランの悪徳刑事と若者のコンビが駆け引きする話でしたね。

英米以外では、スウェーデンのシューヴァル&ヴァールの共著『笑う警官』。ストックホルムを舞台にした「刑事マルティン・ベック」シリーズの代表作です。

逢坂この小説は力作でしたね。グンヴァルド・ラーソンという登場人物が、アメリカンハードボイルドの刑事みたいなタイプで印象的だった。

香山大柄でタフガイで。

アメリカの古典というと、ローレンス・トリートの『被害者のV』は外せません。1945年に出て、現代の警察小説のはしりと言われている。『殺人のためのバッジ』も51年なので古典ですね。

あとはヒラリー・ウォーの『失踪当時の服装は』。どちらかというと集団捜査系の話ですが、主人公のキャラはちゃんと立っている。

ミステリーも古典を新訳するケースが増えてきて、若手の翻訳家がいろいろな作品を改訳している。そういう波をつくれば、ハードボイルドや警察小説も新訳でということもあり得ます。マギヴァーンなどは再評価して出してもらいたいですね。

逢坂確かに昔の訳は文体が古いんですよ。「アルセーヌ・ルパン」も、堀口大学訳では、まだ30代のルパンが「わし」なんて言っている。古い訳は誤訳も多分多いだろうし、ちゃんとした翻訳で読みたいですね。「警察小説シリーズ」なんて称して出してくれれば大喜びだよね。

香山警察小説の人気が高いうちに、そういったこともやっていただけるといいですね。

日本の現代の警察小説の先駆けは『夜の終る時』

青木日本の作品ではいかがですか。

香山古いほうからあげると、まずは現代の警察小説の先駆けとなった結城昌治さんの『夜の終る時』。一刑事をめぐる事件から警察組織の裏側を描いた作品で日本推理作家協会賞を受賞しています。その後は、島田一男さんや西村京太郎さんのシリーズものをへて逢坂さんの公安警察ものへとつながって行きます。

逢坂藤原審爾さんの「新宿警察」シリーズは、新宿を舞台にした風俗小説とも言えます。生島治郎さんの『追いつめる』は兵庫県警刑事の志田司郎が主人公だから、警察小説と言えると思う。

香山それに続くのが黒川博行さんの「大阪府警捜査一課」シリーズの『二度のお別れ』、大沢在昌さんの『新宿鮫』、高村薫さんの『マークスの山』。柴田よしきさんの『RIKO−女神の永遠』や乃南アサさんの『凍える牙』は女性刑事ものです。

RIKO−女神の永遠、半落ち・表紙

左:柴田よしき『RIKO−女神の永遠』
角川文庫

右:横山秀夫『半落ち』
講談社文庫

横山秀夫さんは『半落ち』のほか、『陰の季節』や『動機』などの短編があります。真保裕一さんの『密告』も、刑事ではなく、総務の警官という主人公の設定が面白い。

しっかりした視点で読みやすい『ジウ Ⅰ』

ジウ Ⅰ・表紙

誉田哲也『ジウ Ⅰ』
中公文庫

逢坂若い人の中では誉田哲也さんの『ジウ Ⅰ』が最近の警察小説の中では出色だと思います。いかにも若い人が書いた警察小説だなというイメージがある。キャラクターをとにかくつくっている。同じ作家として努力していることが読み取れました。

それと、非常に視点がしっかりしている。それが私には非常に読みやすい。その後、彼に会ったら、私の本を読んでいて、視点をすごく意識して書いたと言っていました。私の影響だけでなく、佐野洋さんなどいろいろな人が視点の重要さを言っているからだと思いますが。

ただ、誉田さんの作品は、ともすればスプラッタになるきらいがある。それが今風なんですが、彼はそんなものに頼る必要はないように思う。彼は、あまり血の飛び散らない剣道の話なども書いているし、大人の小説を書ける人だと思います。

香山誉田さんには、いろいろなタイプの警察小説があります。『ジウ』三部作のほかに『ストロベリーナイト』という女性刑事が班長を務めているシリーズもあるし、公安ものも書いています。

逢坂あとはやはり今野敏と佐々木譲の作品はほとんど欠かせないね。それだけ読めばもう十分でしょう。

香山少なくともその辺だけでもベストテンは作れるという気がしますね。

日本でもふえてほしい科学捜査もの

青木これから期待する、読みたい警察小説はどういうものでしょうか。

逢坂そういうものがあったら、とっくに書いていますよ(笑)。

集団捜査小説は事件とその解決さえ思い浮かべばいくらでも書ける。だけど、昔からあるタイプの小説を今さら書いたってしようがないなという気がする。どうしても、何か新しいものを考えようとするんです。

例えば「御茶ノ水警察」シリーズでは、今の生活安全課、当時の防犯課を書いた。防犯課というジャンルは、そのころは警察小説で誰も書かなかった。勝手につくってもいいんだけれど、なかなか新しいジャンルってないんですよ。

しかも、いろいろな作家が警察小説を書くようになるともう書く余地がなくなってくる。私もだんだん書きにくくなってきました。

香山横山秀夫さんが刑事以外の部署を書き始めたり、今野敏さんは警察庁のほうにまで手をのばした。本当にだんだん書く場所がなくなってきた感じがありますね。

逢坂少し範囲を広げれば検察がある。検察というのは一種の聖域でしょう。検事が出てくる小説はあるが検察を舞台にした小説というのは、私の記憶する限りではないと思う。

西村寿行さんが『君よ憤怒の河を渡れ』で、犯人にされた検事が逃亡する小説を書いたけれど、検察小説というわけではない。

検察という組織はほとんど不祥事はないが、たまに内部告発みたいにして出てくる。あることはあると思う。だけど出ないんだ。

香山検事が自ら現場に赴いて捜査に当たるというタイプの小説ではなくて。

逢坂検察組織の内部を書いた小説はめったにない。だいいちに、資料がない。地下出版でも検察そのものを書いたものは非常に少ないですね。

ほかにも警察そのものではないけれどその役を果たす、麻薬取締官、捜査官というのかな。国税庁の査察官などもこれに入るのかもしれないし、内閣調査官や公安調査官とかいろいろあるでしょう。

私は、誉田さんのように公安ものを書く人がもう少し出てきてほしいんだけれど、これは資料集めが難しいんですかね。

御茶ノ水や神田神保町界隈の古本屋を歩いているといろいろなものが見つかるんですが、若い人はなかなかそこまで出かけていかないのかな。

アメリカでは「CSI」「リンカーン・ライム」シリーズなどが

香山今年、DNAの再鑑定によって再審開始が決定された足利事件が大きな話題になりました。それもあって、科学捜査というジャンルがまたクローズアップされていると思うんです。

アメリカではドラマの「CSI」シリーズのほか、ジェフリー・ディーヴァーの『ボーン・コレクター』から始まる「リンカーン・ライム」シリーズという科学捜査を基本にしたものがあります。日本でももう少し科学捜査ものが出てくれればと思いますね。

逢坂日本は、そのジャンルは確かに不足しているかもしれないね。

香山島田一男さんが70年代に「科学捜査官」シリーズを書いていますが、今とは全然違っているはずです。

また、島田さんには監察医を主人公にした作品もありますね。最近の作家では今野敏さんが「ST警視庁科学特捜班」をシリーズで書かれています。

逢坂この分野は相当取材しないと大変かもしれないですね。日本の科学捜査の技術がどうなっているかというのは、私なんか全然知らないしね。それは確かに欠落している部分かもしれません。

香山「CSI」シリーズを見ていると、ここまでできるのなら、微細な証拠物件から何でもわかるのではというところがあります。実際は多分そこまでは進んでいないと思いますが。

逢坂ミステリー全体ではあっと驚くトリックというのはもうないんでしょかね。

今回の江戸川乱歩賞を受賞した遠藤武文さんの『プリズン・トリック』は、本格的なトリックの作品らしいね。

香山交通刑務所を舞台に密室状況の中で殺人事件が起きる話です。しかも容疑者は受刑者に成りすましている。

逢坂でも、あっと驚くようなトリックはなくなってきたね。

香山トリック一発でというよりは、組み合わせていろいろみたいな感じですね。

逢坂そうですね。そこにキャラクターが絡んでくればもう間違いがないんだけれどね。

誰も書いていない分野の小説を誰かが書いてほしい。私自身を含めてですが、まだまだそういう可能性は残っているという気がするんですよ。

青木どうもありがとうございました。

逢坂 剛さん
逢坂 剛 (おうさか ごう)

1943年東京生れ。
著書『禿鷹狩り 上・下』 文藝春秋 上:560円+税・下:590円+税、『嫁盗み』 講談社 640円+税、ほか。

香山二三郎さん
香山二三郎 (かやま ふみろう)

1955年栃木生れ。
著書『日本ミステリー最前線 1・2』 双葉社 (品切)、ほか。

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