Web版 有鄰

502平成21年9月10日発行

「20円」の革命 – 2面

小暮真久

開発途上国の飢餓と先進国の肥満を解決

「20円」で世界をつなぐ仕事・表紙

『「20円」で世界をつなぐ仕事』
日本能率協会マネジメントセンター

「20円で何が買えますか?」

こう聞かれて、あなたなら何と答えるでしょうか?

「うまい棒、2本」「10円ガム、2つ」

きっとそんな風に答える人が多いのではないでしょうか。日本ではこうした感覚であっても、アフリカのある国々において20円は、子どもたちが給食を一食食べられる値段なのです。

僕は、NPO法人テーブル・フォー・ツー(TABLE FOR TWO 略称TFT)という団体で事務局長をしています。TFTのやっていることを簡単に説明させてください。

まず、社員食堂を持っている一般企業や官公庁、学校などと提携して、通常の食事より低カロリーで栄養バランスのとれたメニューを開発してもらい、そのメニューは価格に20円を上乗せして提供してもらいます。上乗せした20円はTFTへの寄付金となります。つまり、社員食堂でそのメニューを食べた人は、自動的にTFTに20円を寄付することになるのです。

集まった寄付金はTFTを通じてアフリカに送られ、現地の子どもたちの学校給食費にあてる、というのが活動の大まかな流れです。

先進国の肥満と開発途上国の飢餓という二つの問題を同時に解決してしまおう、というユニークなしくみなのです。寄付だ募金だ、と身構えることなくできる社会貢献という点も、多くの企業と参加者の方に支持される要因になっています。

日本で食べる1食がそのままアフリカの子どもの1食になる。つまり、「1つの食卓を囲んで日本の参加者とアフリカの子どもが2人で食事を分かち合う」、「テーブル・フォー・ツー=2人のための食卓」という団体名には、こうした意味が込められています。

ビジネスとして取り組む社会事業

僕は、TFTの活動に参加する前には外資系コンサルティング会社と老舗の映画会社で働いていました。コンサルティング会社では論理的な思考方法と合理的な問題解決の方法を叩き込まれ、映画会社では人の心に訴え、人を巻き込んで物事を進めるやり方を学びました。どちらの経験も、今の仕事にとても役立っています。

TFTの仕事をはじめて戸惑うことがありました。それは、「ビジネスとして社会事業をやる」ということを理解してもらう大変さです。「NPOで仕事をしています」と言うと、「ああ、ボランティアをされているのですね。で、本業では何を?」と聞かれることがよくありました。

僕たちはTFTの活動をビジネス=仕事、としてやっています。一般の企業と同じように事業戦略を立て、スーツを着て営業に回り、月末には給料を受け取ります。仕事として取り組むからこそ、結果に対する責任、事業を継続させる義務、厳しく成果を追求する姿勢が生まれるのです。それも一般の企業で働いている方と同じでしょう。ただ、そのことがうまく伝わらずに、「社会事業を通じて社会に良いことをするのであれば、ボランティア=無償でやるべきなのでは」と言われ、辛い思いをしたことが何度もありました。

こう言うと、苦労ばかりしているようですが、僕は今の仕事を「35歳を過ぎて出会った天職」だと感じています。いろいろな立場の人が、「アフリカの子どもを助けよう」という想いのもとに一つになって、組織の壁やしがらみを乗り超え協力してくれるのです。これまでの仕事では味わえなかった、身も震えるような感動をたくさん味わっています。

現在のTFTの支援先はウガンダ・ルワンダ・マラウィの3か国です。支援先を年に数回視察していますが、エイズや貧困という深刻な課題と戦いながら懸命に給食事業を支えている学校の先生や親たち、そして弾けるような笑顔の子どもたちに会うと、この事業の責任の重さと意義を強く強く感じるのです。

『「20円」で世界をつなぐ仕事』を出版

こうした経験をしてきたので、出版社から「本を書きませんか?」という話があったとき、「TFTは設立間もない団体で発展途上だけれども、一般の人たち、特に民間企業に従事するビジネスパーソンに社会事業全体への理解を深めてもらうきっかけになれば」といった思いから引き受けました。

ルワンダでの給食風景

ルワンダでの給食風景
©TABLE FOR TWO

こうしてできあがった本、『「20円」で世界をつなぐ仕事』では、NPOが行う社会事業もビジネスの一形態だということ、きちんと利益を上げて活動を継続させなければならないこと、優秀な人材を惹きつけるために職場環境を整備しなければならないことなど、僕がTFTの立ち上げ、事業展開を通じて、経験として学んできたことをまとめました。夢を追うだけでなく、かといって厳しい課題解決に追われるだけでもない、「僕にとっての社会起業の現実」を書いています。学生でも若手社会人でも経験を積んだ企業人でも、誰もが違和感なく読めるよう、わかりやすくかつ本質的な内容にしたつもりです。

本のカバーは、僕とアフリカ・ルワンダの子どもが一緒に食事をしている写真を表裏で使い、「先進国と開発途上国が同じテーブルを囲み、食事を分け合う」という、TFTのコンセプトをビジュアルで表現しています。

新たな出会いとビジネスが

今年3月に本が出版されると、その反響の大きさに驚きました。本を読んだ方からたくさんの問い合わせを頂いたのです。「私も何か手伝えないか」という個人の方、「社会事業に関わるにはどうしたらいいのか」という学生の方、「TFTプログラムを導入したい」という企業の方など、その内容は多岐に渡っています。

そして、実際にそこから新たな出会いが生まれたり新たなビジネスの種が芽吹いたりしています。本には「新しいものを生み出す力」があることを体感し、その素晴らしさを再確認しました。TFTや僕たちの社会に対する想いに賛同してくれた方たちと本を通じてつながり、社会をよりよいものにしようという大きな輪が形成されはじめています。

出版と前後して、書店を訪問し担当者の方に挨拶することも積極的に行いました。アフリカの子どもの写真を貼った手書きPOPもたくさんつくりました。

中でも有隣堂では、アトレ恵比寿店で発売前に試験的な販売を実施するなど、格別の御配慮を頂きました。レジ脇の一等地に自分の本がずらりと並ぶ光景はとても感動的で印象に残っています。また、拙著を含め社会起業関連の特別選書コーナーを設けて頂きました。さらに、7月にはルミネ横浜店でトークイベントも開催してもらうなど、長い期間に渡って多くの方の応援を頂いたことは、本当に心強く、有難いものでした。

自分が本を出版してみてわかったことは、本というのは「出版がゴール」なのではなく、そこが新たなスタートなのだ、ということです。でき上がった本を書店の方が店頭に並べ、POPをつけ、きちんと見守ってくれるからこそ、届くべきお客さんに届く。時にはトークショーやイベントを開催して、本では伝えきれなかった部分までをフォローしてくれる。本を売っていくためのプロセスを経験して、改めて書店とその中の方々の有難さと力を感じました。

社会貢献を企業の戦略に

TFTは活動をはじめて2年あまり。まだ不十分なところもたくさんありますが、既に130以上の企業・団体の社員食堂でプログラムが実施されています。最近では、大学などの学校にも拡大しています。今年からは米国での展開もはじまり、今後はインドなどアジアでも広げていきたいと思っています。

ルワンダの子どもたちと

ルワンダの子どもたちと
©TABLE FOR TWO

さらには、コンビニエンスストアや外食産業など、食に関連する企業とのコラボレーション事業も広がりつつあります。「食」というテーマでできることは、まだまだ無限にあると感じています。

今、TFTの仕事をしていて感じるのは、一般企業の社会貢献に対する考え方が変わってきている、ということです。これまではCSR(企業の社会的責任)という言葉に象徴されるように、義務的意識から社会貢献を行う企業が多かったのですが、今は「社会貢献の要素は、モノ・サービスを売るために不可欠」と考える企業が増えてきていることを感じます。これは消費者の意識の変化を汲んだものでしょう。エコ・ロハス・フェアトレードといった社会貢献的要素は、消費者がモノ・サービスを選ぶ際の大きな決め手となっています。「自分だけではなく、他人のためになることをしよう」、そう考える人がどんどん増えているのです。

この流れを踏まえ、NPOと企業との連携もどんどん増えてくることでしょう。TFTはそうした新しい流れの先鞭をつける存在となり、かつ日本発の本格的社会事業として、新たなビジネスモデルをつくっていきたいと考えています。

社会起業家は現代の革命家

最近、「社会起業」というテーマがメディアで取り上げられることが増え、僕もいろいろなメディアから取材して頂くようになりました。有難いことではあるのですが、その一方で、社会起業が一種のブームのようになりつつある様相には、多少の危機感も持っています。

事業分野が社会事業であろうとも、法人格がNPOであろうとも、社会起業も起業であることに変わりはありません。ベンチャー企業の立ち上げと事業存続が非常に難しいのと同様に、社会事業を立ち上げ、継続するということも、とても困難な道のりです。それなりの努力と忍耐が必要ですし、社会的な責任を負う覚悟も要るでしょう。社会起業であれば何でも成功する、とばかりに安易にあおるような風潮には疑問を持ちます。

社会を変えるのは、簡単なことではありません。とは言え、世界には解決しなければならない多くの社会問題があり、さらに多くの人の力を継続的に集めていくことが必要です。そのための「しくみ」をつくる社会起業家は、現代の革命家とも言える存在なのだと思います。今後、多くの決意ある社会起業家が現れ、多くの社会起業関連の良書が出版され、日本の社会事業が成熟していくことを強く願ってやみません。

小暮真久 (こぐれ まさひさ)

1972年東京生まれ。
社会起業家。NPO法人TABLE FOR TWO International 事務局長。
著書『「20円」で世界をつなぐ仕事』日本能率協会マネジメントセンター 1,400円+税

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