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有鄰


平成15年10月10日  第431号  P3

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 神奈川県立近代美術館 葉山館誕生 (1) (2) (3)
P4 ○運慶と東国  水野敬三郎
P5 ○人と作品  吉村萬壱と『ハリガネムシ』        金田浩一呂

 座談会

神奈川県立近代美術館 葉山館誕生 (3)
—海と緑の山にかこまれた出会いの場—


(大きな画像はこちら約~KB)… 左記のような表記がある画像は、クリックすると大きな画像が見られます。


  ◇作家にとって展覧会は真剣勝負の場

酒井 奥谷先生にも、82年の展覧会のあとに、ご自身が最も強く印象に残していらっしゃる郷里の作品を寄贈していただいて、今は美術館の収蔵品になっています。

奥谷 「足摺遠雷」というのを。

篠崎 描かれているのは、高知の海ですね。

奥谷 足摺岬は、私の住んでいたところからバスで1時間半ぐらいのところなんです。あるとき、足摺のお寺に泊まったことがあるんですが、ちょうど台風が来まして、波の花というんですかね、波が玉みたいになったのが舞上がってくるんですよ。足摺岬の海岸じゅうに、その泡が飛んでくるんです。普通はもっと下のほうだけなんですけれど。自然の異様な風景とでもいいましょうか。それと、足摺はものすごい断崖なんですよ。その壁に波が当たる音がゴォーと響いてくるんです。すごい。台風のときですから雷が鳴っているような感じなんです。

奥谷博 「足摺遠雷」
奥谷博 「足摺遠雷」 (大きな画像はこちら約78KB)

1981年 油彩
神奈川県立近代美術館蔵

  そのときのこととか、それから足摺の七不思議と言われている根笹。私が考えるのに風が強いので大きくなれないんですね。そんなこともずっと聞いたりしていまして、巨大な自然の驚異、人間の祈りを表現したんです。

ほんとうは上から見ると、波はもっとずうっと離れて見えるわけです。ところが、私なりに考えた場合に、それだと画面におさめたとき、つまらなくなってしまう。抽象的に、画面を平面に見るほうが効果があるのではないかというので、波をもっとグーッと近くに持ってきたんです。

酒井 ちょっと葉山の海と違いますね。

篠崎 男性的ですね。

奥谷 葉山の海はもうちょっと穏やかですね。城ヶ島のほうまで行っても。足摺の海は、黒くて深いんです。

篠崎 鎌倉近美で展覧会をなさったときはまだ40代ですか。

奥谷 47歳ですね。鎌倉近美でやった者としては非常に若かったんです、ほんとに。だからみんなびっくりした。それで最近になっても、「あれは印象に残ったね」と言う人がいますね。

展覧会は、初期からずっと年代を追って並べていきますから、正直に言うと作家としては非常に怖いんです。あらが全部見えてしまいますし、いくら知名度があるとか言っていても、作品がよくなければそれまでなんです。作品だけなのです。

その人の人生が全部出ますから、作家にとってはたいへんな真剣勝負でもあるし、こういうところで展覧会ができて、それを自分自身でながめて、さらに自分なりに反省することは、すごく勉強になるんです。

 
  「壁が立つ」かそうでないかで力量を判断

酒井 ほんとうに勉強になりますよ。すごく厳しい言い方をしますと、我々学芸員というのは、ある意味では患者を診るお医者さんみたいなところがあるじゃないですか。あるいは墓掘り人みたいなものかもしれないけれど。それで、我々プロの用語では、壁が立つかどうかという言い方をするんです。

篠崎 壁が立つというのはどういうことですか? 

酒井 つまり絵をかけたときに、絵が壁にがちっとかかっているか、勝負しているかということが決め手になる。アマチュアの人たちは、ただ絵が飾られていれば、それでいいと言うのだけれど、私たちプロは、この画家はだめとか、いいとかは、壁にもっているか、もたないかということで判断する。それを、「壁が立つ」という言い方をするんです。それはもう、はっきりわかる。怖いです。

奥谷先生が初期からずっと並べてと言われたんだけど、これはめちゃくちゃ怖いんです。名前はでかいけれど、意外とだめだという画家もいますよ。展覧会をやってみるとよくわかる。一発でわかってしまいます。

奥谷 そうなんです。展覧会ができることは、作家にとってはものすごく光栄で、うれしいことなんですが、反面非常に怖いんですよ。だから命がけでやるぐらいのね。

いくら名前があったとしても、こんな力しかない人なのかとか、見た人にいろいろ判断されるわけです。学芸員の人の眼は、もっとずっと厳しいんじゃないかと思います。

酒井 そうそう、厳しいですよ。(笑)

奥谷 大体鎌倉近美の学芸員の先生方はくせがあって、特徴があってアクが強いというのかな。

篠崎 このお二方を見ているとよくわかりますよ。人間らしいというか、人間臭いと言ったほうがいいかしら。

奥谷 ちょっと違う。いわゆる普通と違うところがあって、またそれだけ鋭いところがあるんです。

篠崎 同じ壁にかけるにしても、全然別なところにかけるのと、鎌倉の近美にかけるのでは、壁が立つか立たないかというのは、全然ステータスが違うんでしょうね。

 
  大きさにかかわらず力のある作品は壁に負けない

青木 壁の話で言うと、鎌倉館のガラス張りの新館に、光が変なふうに入ってきて、明るくてでっかい壁が一つあるんです。天気がいいと源平池に青い空が映るでしょう。それが反射してくるから光の色が変わってくるんですよ。 ブラインドがありますが、ブラインドを通してもやっぱりだめなんです。そしてガラスが厚いので、曇ったような日でも、ガラスを通してくるからちょっと青っぽくなる。奥谷先生の作品は大きさに関係なしに、その壁に置けるんですよ。力があるんです。

篠崎 負けないんですね。

青木 負けない。あの壁に置くと「あっ、そうか」ということがわかるんですよ。

絵によっては、大きさにかかわらず、小さい絵だなと感じるものと、小さくても、大きな壁にちゃんとかかるのとあるんです。


  ◇葉山ゆかりの巨匠の作品を第一室に

酒井 美術館は何でも包容できるとは限らない。やっぱり多少向き不向きがありますね。ここの美術館で言うと、まず葉山ということがあります。この地には、山口蓬春、加藤栄三らが居を構えていた。こういう日本画の巨匠が縁が深くておられる。 それで「もうひとつの現代展」のときに、第一室には、土地にえにしの深い人の世界をまず紹介してあげたいというのがずっとあったんです。

現代美術は、世界がどうのということを気にすることはあっても、足元ともっと密接に結びついたところから現代を考えるというのも一つでしょう。

篠崎 そうですよね。

酒井 だから、あまり難しい話はともかくとして、葉山にいた巨匠の先生たちの絵をまず見てもらって、さらには、いろいろな、ここで持っているものを見てくださいと。

特に葉山館では、収蔵庫に長く保護していたものを出していこうと考えているわけです。鎌倉ではなかなか展示する機会がなかった作品が結構あるんですよ。その典型的なものが棟方志功の「花矢の柵」なんです。これは半端じゃなくてめちゃくちゃ大きい作品なんです。

 
棟方志功 「花矢の柵」
棟方志功 「花矢の柵」 1961年 木版
神奈川県立近代美術館蔵
※左右別々に撮影した写真をあわせています。

 
  感情を揺さぶる不思議な力がある葉山の海

酒井 それと第2弾がベン・ニコルソンというイギリスの画家なんです。イギリスの南のほう、ドーバーの南にセント・アイヴスという芸術家村があった。そこにいて、非常にしゃれた絵をかいた画家なんだけれども、そのお父さんはウィリアム・ニコルソンと言って、日本で言えば黒田清輝みたいな人なんです。2代にわたって大変に尊敬を集めた、イギリスの近・現代の代表的な画家なので、日本ではそう広く知られていないんだけれど、センスが抜群で、この際一生懸命我々が紹介してあげようと。

それをお願いしたイギリスの研究者が数か月前に会場の下見に来たんです。もう涙を流さんばかりに感激して、その絵のための美術館かと言ったんですよ。もう何の問題もない。感激だ。まさにノープロブレム。

  そのあと、葉山港に面したフランス料理店でお茶を飲んだりしていたら、夕日が落ちてきたんですよ。そしたらセント・アイヴスそのものだと言うんです。葉山の海は人間を感動させる。感情を揺さぶる何か不思議な力がある。それでこれは日本一の美術館になる条件を備えていると思った。もう皆さんここへ来て、きっと泣きますよ。

美術館で夕日を見て、海を見て、その風景を見て泣く美術館はありません。逆に言うと、展覧会は何でもいいからとにかく来てください、と。

篠崎 だけど、なまじの画家の方の作品では負けてしまいますね。

酒井 おっしゃるとおりなんです。ここで勝負するのは大変ですよ。だから絵描きさんには、ぜひ挑戦をしていただこうということなんです。

葉山館中庭から望む相模湾
葉山館中庭から望む相模湾 
(C) S.ANZAI
神奈川県立近代美術館提供

  日本じゅうにいい美術館はたくさんありますが、ほんとうの芸術の戦いの、最後の究極の場は葉山です(笑)。これから葉山の時代が来そうなそんな気がするんですよ。

 
  山口蓬春文庫をはじめとする充実した図書室

青木 もう一つ、ここは図書室をつくった。今、美術館で図書室があるのは、横浜美術館と、ごく最近はじめたばかりの東京の国立近代美術館だけなんです。

ここは、先ほど話に出た山口蓬春が近くに住んでいたでしょう。

酒井
山口蓬春 「宴」
山口蓬春 「宴」
1960年 紙本着彩
(C) (財) JR東海生涯学習財団
神奈川県立近代美術館蔵

美術館の真ん前、1分とかからないところです。蓬春記念館もあるんですが、蓬春先生が亡くなった後、奥さまが、鎌倉に500点ぐらいの作品を寄贈してくれた。蓬春先生は大変勉強家でして、半端じゃない蔵書で、べらぼうに高い、いい本が何千冊もあるんですが、それも一緒に寄贈してくださったんです。それが鎌倉の別館を開設するきっかけになったんです。それを我々は全部整理して、蓬春文庫をつくった。

その後それにみならって、仲田定之助という大正・昭和にかけての、これまた大碩学で、大変な本持ちの美術批評家がいた。その人のものも入って仲田文庫となった。

近年では横浜の斎藤義重さん。亡くなる前に展覧会をやったんですが、それが縁で、先生はご自身がお持ちのほかの作家の作品とか、蔵書、日記類、写真類、あらゆる資料を全部丸ごと寄贈してくださった。それで斎藤文庫をつくったんです。

青木 例えば私なんかも、蓬春文庫には見たいものがたくさんあるんですよ。なかなかよそでは見られない珍しいものがある。いい図書室で、そういうものが見られるなら、私もたまに来て、ちょっと開いて幸せな気分になりたいですな。

図書室ができるのはほんとうにいいことだと思いますよ。


  ◇美術に触れる環境を身近に

篠崎 奥谷先生、画家としてご注文はありますか。

奥谷 鎌倉近美には、これだけ伝統があって、非常に鋭い学芸員の人たちがいる。そして、ここから出た人は、ほとんどが日本の指導的な立場にいるんです。そんなところを見ても、日本の手本になる美術館だと思いますから、今までの鎌倉近美をもう一つ突き詰めていただきたい。 こういういい建物ができたんですからね。

我々が見て、あれはいい展覧会だったなと思うのは、結局、新しい目というか研究の成果で感動させるような作品がそろっている。それは2点でも3点でもいいんですよ。そういうものがなくて、ただ並んでいるという展覧会を見るとがっくりくるんです。

見せ場があるというんですかね、そのために学芸員の人が深く深く研究し、調べているような展覧会というんでしょうか。

絵の見方も気になります。さっき鎌倉館の大きな明るい壁の話がありましたが、ここは非常に明るいですね。

この間、多摩美の先生と話をしていたら、日本人の目にはもうちょっと明るくないとだめだと言うんです。外国人はやや暗くても見える。だけど日本人には、ライトを強くしたほうが絵はよく見える。

しかし外国からは、これ以上ルックスを上げると、絵がだめになるから上げないでくれと来るので、その辺のジレンマがあるんですが。

酒井 展示会場には、光も人間的な光というかギャラリー全体の空気みたいなもの、体温みたいなものがある。恐ろしく冷たかったり、やわらかいいい気分になったりという雰囲気づくりがあります。

それと、今後の美術館のあり方を考える時に、美術に触れる環境が身近にあるかどうかという問題がある。それには子どものうちから美術館なり、作品や現物に触れることができなければならない。いまの学校の教育方針にも少なからず問題があると思う。

奥谷 僕がパリの近代美術館へ行ったとき、子どもたちがたくさん来ていた。みんな真剣に説明を聞きながら作品を観ていた。日本と違って、小さいうちから日常の中で美術に触れる環境があるのでしょう。美術に対する興味を、みんなが自然に持っている。

酒井 とにかく葉山へは、美術館だけの目的ではなく、海や山などのまわりの環境全体を楽しみながら来ていただいて、美術に触れていただければと思います。

篠崎 いろいろいいお話をありがとうございました。




 
奥谷 博 (おくたに ひろし)
1934年高知県生れ。
ア−ト・トップ叢書『奥谷博』芸術新聞社2,548円(税込)。
 
青木 茂 (あおき しげる)
1932年岐阜県生れ。
共著『松岡壽研究』中央公論美術出版12,600円(税込)、『世界版画史 (カラー版)』美術出版社2,625円(税込)ほか。
 
酒井 忠康 (さかい ただやす)
1941年北海道生れ。
著書『彫刻家への手紙』未知谷3,570円(税込)、ほか。
 

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