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| 平成18年3月10日 第460号 P2 |
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| ○特集 | P1 | 「下流」に生きる若者たち 三浦展 | |
| ○座談会 | P2 | —没後10年—
遠藤周作と“宇宙” (1) (2) (3) 加藤宗哉/高橋千劒破/宮辺尚/藤田昌司 |
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| ○人と作品 | P5 | 本田由紀ほかと『「ニート」って言うな!』 | |
| ○有鄰らいぶらりい | P5 | 東野圭吾著 『容疑者Xの献身』/黒井千次著 『一日 夢の柵』/藤原正彦著 『国家の品格』/中丸美繪著 『君に書かずにはいられない』 | |
| ○類書紹介 | P6 | 「復活する日本経済」・・・「失われた10年」をへて、成長への着実な歩みをみせているという。 |
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| 座談会 —没後10年—
遠藤周作と“宇宙” (1)
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| 遠藤周作氏 |
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| 右から加藤宗哉氏・宮辺尚氏・高橋千劔破氏・藤田昌司氏 |
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| <画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。> |
はじめに |
| 藤田 |
ことしは、遠藤周作さんがお亡くなりになってから、早いものでもう10年ということで、ゆかりの地である長崎をはじめ、各地でさまざまなイベントが計画されているということです。 きょうは、遠藤周作さんと、公私ともに生前から深いかかわりをお持ちの皆さまにお集まりいただきました。 亡くなってからも、多くの読者に読み継がれている遠藤さんの作品や、人間的な魅力について、いろいろな面からお話をうかがいたいと思います。 ご出席いただきました加藤宗哉さんは、『三田文学』の編集長で、遠藤文学の愛好家による「周作クラブ」の世話人でもいらっしゃいます。 高橋千劒破さんは作家で、新人物往来社の『歴史読本』の編集長時代から、遠藤さんの取材に何度も同行されています。 宮辺尚さんは、長年、新潮社で編集者として遠藤さんと親しくお付き合いされ、遠藤さんが旗揚げした素人劇団「樹座[きざ]」にも参加されました。 言うまでもなく遠藤さんは、キリスト教と日本人、日本の精神風土をテーマにした作品をはじめとして、現代小説、歴史小説、ユーモア小説、"ぐうたらエッセイ"などでも絶大な人気を博した作家です。 一般論でいいますと、作家が亡くなると、自然にその作品も影が薄くなるものです。 ところが、遠藤さんの場合は、没後10年の今日も、なお読書界に大きな影響をもたらしており、またその人柄も懐かしく偲ばれています。 |
◇亡くなられた今も売れ続ける希有な作家 |
| 藤田 |
遠藤周作さんは、亡くなってからも周囲でいろいろな活動が続いていますね。 |
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| 高橋 |
遠藤先生は平成8年(1996年)9月29日に亡くなられました。 ことしでちょうど満10年です。 普通、作家の方が亡くなりますと、亡くなった当初は話題になったりしますけれども、一年ぐらいたつと、ほとんど話題に上らなくなり、書店から著作物も消えていって、数年後には文庫などもなくなってしまうという例が多いんです。 けれども、そういう中で遠藤先生の作品はずうっと売れ続けている。 希有な作家の一人だと思います。 なおかつ没後の平成12年に、加藤宗哉さんが中心になって「周作クラブ」という、いわば遠藤周作のファンクラブがつくられ、遠藤文学を愛好する会員が、今、五百名を超える人数に増えて、新しい若い読者の方もどんどん出てきています。 そういう流れの中で、いろいろな意味で遠藤周作先生と生前かかわりのあった、今ここにいる私たち3人が中心になって周作クラブを運営しつつ、ことしの没後10年を記念して行なう予定のイベントの準備をしています。 |
浦上天主堂で瀬戸内寂聴さんが墨染めの衣で講演 |
| 藤田 |
長崎に遠藤周作文学館ができましたね。 |
![]() 長崎市立 遠藤周作文学館 |
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| 宮辺 |
2000年の5月にできたんです。 当時は外海[そとめ]町立だったんですが、長崎市に合併されて今は長崎市立遠藤周作文学館になってます。 外海町は『沈黙』(新潮文庫)の舞台となったキリシタンの里でもあり、目の前に青い角力灘[すもうなだ]が広がるすばらしい場所に、文学館は建っています。 |
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| 高橋 |
このオープニングには、瀬戸内寂聴さん、三浦朱門さん、安岡章太郎さん、加賀乙彦さんらも駆けつけました。 |
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| 加藤 |
文学館がオープンした翌日に、浦上天主堂で「遠藤周作とすべてのキリシタンのための追悼ミサ」というのをやったんですが、そこで法衣を着た寂聴さんが講演をしました。 |
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| 高橋 |
実は、これは画期的なことなんです。 浦上天主堂は非常に保守的なところで、遠藤文学に反対だった。 つまり、宣教師が「転ぶ」などという『沈黙』のような作品は許すことができないという立場なんですね。 隠れキリシタンとか日本的に変容したカトリックは認められない。 他宗教を受け入れるなどということももちろんなかった。 ミサをするのにも遠藤先生の奥様がとてもがんばられて実現したんですが、そこで、三浦朱門さんと瀬戸内寂聴さんがお話をされたんです。 そのときに何と、寂聴さんは丸坊主で、墨染の衣を着ていたんです。 |
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| 加藤 |
キリスト教の祭壇近くに法衣を着た人が立って話をするのは、あまり見たことのない光景ですね。 |
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| 藤田 |
初めてじゃないですかね。 |
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| 加藤 |
ローマ法王庁も他宗教と仲よくしなさいと言っているわけですから、それを実践したわけです。 |
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| 高橋 |
しかも、割れんばかりの大変な拍手でね。 |
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カトリックと隠れキリシタンの合同ミサが実現 |
| 加藤 | それから、先生の没後、翌年だったと思うんですが、長崎の文学館の近くに、枯松[かれまつ]神社という、隠れキリシタンを祀った小さな神社があるんですが、そこにカトリックと、隠れキリシタンの人たちが集まって合同のミサを行った。 これも画期的なことでした。 そういうことが、遠藤文学の求めているものなんでしょうね。 それが亡くなってから実現した。 |
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| 高橋 |
キリスト教は世界に広がっていく過程で、それぞれの国の文化的土壌とか、風土によって変容する。 日本には日本のキリスト教がある。 それを認めないのはおかしいということなんです。 遠藤先生はそれを言い続けてきたんですが、絶対認められなかった。 アジアの司祭の中にも、そういう主張をする人たちが結構いたんですけれども、それがちょうどこの時期、ローマ法王庁で認められたんです。 |
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| 藤田 | 遠藤文学の効能ですね。 |
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| 高橋 | 遠藤先生の場合は、踏み絵を踏む足も痛いと、棄教した人たちへも思いを寄せる。 それが文学の根底にあるんですよね。 |
◇『沈黙』の踏み絵のイエスは日本の優しい母親の顔 |
| 藤田 |
遠藤さんは、キリスト教は父なる宗教だけれども、日本人、特に遠藤さんにとっては母なる宗教であると言っていますね。 |
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| 加藤 |
江藤淳が初めてそのことを言ったんです。 朝日新聞に書いた『沈黙』の批評の中で、ここに出てくるイエスは母親である。 踏み絵で踏まれるイエスの顔は、西洋の厳しい父親の顔ではなくて、日本の優しい母親の顔であると書いた。 その指摘を遠藤周作は非常にありがたがって、小説家と批評家の最も理想的な関係があるとすれば、『沈黙』を書いたときの僕と江藤との関係だろうと言っていたのを、僕はよく覚えています。 その後、遠藤文学の中で母なるものというのが中心のテーマになっていく。 きちんと見てくれた批評家がいて、それに作家がこたえていくというかたちですね。 |
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| 高橋 |
作品にもはっきりわかる部分があって、『沈黙』で踏み絵を踏むときにイエス・キリストが「踏むがいい」と言いますね。 その痛みを自分はわかっている。 踏みなさいとキリストが言う。 『女の一生(1・2)』では、キクという女性がマリア像の前で死ぬんです。
そのときに、マリアが、「いらっしゃい。 あなたはちっとも汚れてなんかいません。 あなたのことを私はよくわかっています」と言って、死にゆく彼女を受け入れます。
『沈黙』では母なるものがまだイエスなんですが、『女の一生』でマリア様になるんです。 |
![]() 母親の形見の マリア像 『母なる神を求めて』から |
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| 藤田 |
遠藤さんには『母なるもの』という作品がありますけれども、遠藤さんご自身がお母様から受けられた影響は、信仰や思想とつながるところで、相当大きな意味があったんじゃないですか。 |
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| 加藤 |
これは重大だと思いますね。 通俗的な言葉で言えば、母親コンプレックスなんですけれども、遠藤文学を支えているのは、やっぱり母親の存在だと思いますね。 |
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最初のタイトルは「日向の匂い」だった『沈黙』 |
| 藤田 | 『沈黙』は純文学書き下ろしシリーズで、好きなテーマで好きなように書いてほしいという新潮社からの依頼で書かれたんですね。 |
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| 加藤 | 『沈黙』というのは新潮社がつけたんですよ。 最初は「日向の匂い」というごく地味なタイトルだった。 |
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| 宮辺 | 編集サイドは大反対で、何とか違うタイトルをと考え出したのが『沈黙』だったそうです。 そうしたら『沈黙』って、神が何にもしないみたいじゃないか、かえってよくないんじゃないかと、遠藤さんは最初おっしゃったらしい。 |
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| 加藤 | 神の沈黙を書いている小説だと誤読される。 そうおっしゃったんですね。 でもそれは逆でね、神は沈黙していないという沈黙だった。 |
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| 高橋 | 最後に、沈黙していないということがわかるように書いてある。 いろいろな形でイエス像に問いかけても何にも言わないけれど、最後の最後、踏み絵を踏むときに初めて言うんですね。
それですべてが解消する。 神は沈黙していなかった。 |
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| 加藤 | 遠藤周作は沈黙の中に声がある、「沈黙の声」という言葉が好きだった。 そういう意味もあるんです。 |
最も売れているのは『沈黙』と『海と毒薬』 |
| 藤田 |
宮辺さん、遠藤文学で引き続き読まれている作品は、どういう本ですか。 |
![]() 『沈黙』(単行本) 新潮社
『海と毒薬』 新潮文庫 |
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| 宮辺 |
何といっても一番売れているのは『沈黙』です。 遠藤さんが亡くなった後で、文庫だけでも40万部出ています。 |
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| 藤田 |
それはすごい。 |
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| 宮辺 |
ところが、調べてみて驚いたんですが、新潮文庫では、累計で一番売れているのは『海と毒薬』なんです。 単行本ではそれほどではなかったんですが、文庫で売れて、今180万部です。 没後で40万部近く売れています。 『沈黙』は単行本で70万部以上売れてから、文庫になって『海と毒薬』を追いかけるように160万部に達した。 この2冊が一番多いですね。 |
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| 藤田 |
私は、『死海のほとり』が好きなんです。 |
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| 宮辺 |
『死海のほとり』も着実に増刷しています。 |
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| 加藤 |
あれは玄人に評判のいい小説ですね。 |
亡くなってからも『満潮の時刻』などの新刊が |
| 宮辺 | 亡くなると本が消えてしまう作家はたくさんいるわけで、かつてあんなに氾濫していたのに、今は1冊もないという人が多いんです。
例外的なのは池波正太郎さんや藤沢周平さんで、遠藤さんも確かに亡くなってもコンスタントによく売れている一人ですね。 |
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| 高橋 | 池波さんや司馬遼太郎さん、山本周五郎さんのような歴史小説は腐らないですね。 けれども、現代小説や、純文学系のものは、作家が亡くなるとぱたっと消える。 |
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| 宮辺 |
遠藤さんの本は亡くなった後もまだ売れ続けているのと同時に、新刊が出るんですよ。 もちろん前に出ていた本の復刊とか、再刊というのもありますが、新刊が出るんです。 これはすごいことだと思います。 例えば新潮社で言えば『沈黙』の前に連載していて、本にしなかった『満潮の時刻』を、亡くなった後の全集に初めて収録して、さらに文庫で出して、増刷もしています。
遠藤さんが『沈黙』でどういうものを書こうとしていたのかがよくわかる小説です。 |
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| 高橋 | あちこちに書いていた短いエッセイなんかを集めた新刊が出て、それがまたけっこう売れているんですね。 |
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| 藤田 | それはやはり遠藤さんの人気ですか。 それとも何か遠藤さんへの共感がある。 |
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| 宮辺 | 今生きている人たちの心をつかむものを持っているんでしょうね。 |
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| 加藤 |
周作クラブにも遠藤周作が生きていた時代を知らない読者の人たちがたくさん入るんです。 彼らは遠藤周作の書いたものを読んで、そこに何かを感じて入ってくる。
遠藤周作の持っている魅力なんでしょうね。 |
| つづく |
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