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有鄰



平成22年1月1日 第506号 P2

○特集 P1 我が青春の文学放浪 北方謙三
  P2 『仏像のひみつ』は人間のひみつ
○海辺の想像力 P2 典型的日本人
○人と作品 P3 小池昌代と『転生回遊女』
○有鄰らいぶらりい P3 山藤章二・尾藤三柳・第一生命:選『「サラ川」傑作選』土屋賢二:著『教授の異常な弁解』池内紀:著『東京ひとり散歩』たからしげる:作 東逸子:絵『想魔のいる街』
○類書紹介 P4 ロボット…ヒトの姿に似たヒューマノイドロボットと人間の共存を考える。



『仏像のひみつは人間のひみつ』

山本 勉
 

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4つのテーマにしぼり、情報過多を避け、専門用語は使わない

 
  

『仏像のひみつ』(朝日出版社)を出版したのは、2006年の5月だった。 この本は、東京国立博物館で2005年1月から3月に開催された「親と子のギャラリー 仏像のひみつ」という、小さな展覧会の内容をもとにしている。 その3月末で、24年間つとめた東京国立博物館を退職したわたしが担当した、最後の展示だった。

 
仏像のひみつ
山本勉
仏像のひみつ
朝日出版社
 

この展示は4つのテーマからなる。 「ひみつ1 仏像たちにもソシキがある!」「ひみつ2 仏像にもやわらかいのとカタイのがいる!」「ひみつ3 仏像もやせたり太ったりする!」「ひみつ4 仏像の中には何かがある!」。 これは単行本の章立てと同じだ。 4つにしぼったのは、情報過多になるのを避けるためだったが、一方で一般向けにはあまり語られていない、仏像の体型の変化や、仏像の納入品・銘記など、むしろ専門家向けの話題も盛り込んだ。

作品は有名な仏像ばかりではなかった。 テーマの実例であればよかった。 正面からおがむ仏像をあえて斜めにならべて、やせているか太っているかを見せたりもした。

解説の文章では、できるかぎり仏像関係の、あるいは仏教関係の、むずかしい漢字の多い専門用語を使わないように心がけた。 たとえば、如来の髪の毛はパンチパーマ状の巻き毛であるとだけ説明して、それを指す専門用語「螺髪」を紹介することはしない。 如来は長く伸びた髪の毛がくるくる巻いているということだけ、理解してもらえばよいと思ったのだ。


子ども向けをよそおったおとなの本

 
  

この「仏像のひみつ」展は思いがけない好評をえた。 それは最終的に10万人を超えた入場者数にもあらわれたのだが、数字よりもむしろ、会場に用意したアンケートや、インターネットのさまざまなサイト上で、観覧者の反応を具体的に知ることができた。 残念ながら児童・生徒、いわゆる子どもたちの観覧はあまり多くなかったが、わたしの意図は少なくとも博物館の「初心者」には届いた。 そんな手ごたえがあった。

まもなく、いくつかの出版社から展示の内容をもとにした本の執筆を慫慂されることになった。 最初はとまどいもあったが、決心したのは、インターネットでたまたまみつけた、ある方のブログに力づけられてのことだった。

展示について、わたしの意図を全面的に評価してくださる、たいへんうれしい感想の最後の「このキャプション、まとめたら伝説の仏像ガイドが出来ると思うのですが…」という言葉に反応した。 できるものなら伝説になってみたい、そう思ったのだ。

熱心にお話をいただいた朝日出版社から本を出すことに決めた。 「伝説の仏像ガイド」は、わたしの記憶の中で「伝説の仏像本」に変わったが、その言葉が編集部の目にとまった。 出版される前から「伝説」になっているという、かなりおこがましいキャッチコピーはこうして生まれ、現在も帯の背に使われている。

本の構成や解説の文体は展示を基本的に踏襲したが、仏像について語りたいことはしだいに増え、書き直しも、大幅におこなった。 四つの「ひみつ」のほかに、関連するエピソードを盛り込むこともできた。 もちろん、勉強することや覚えることばかりを詰め込まないようにくふうはしたつもりだ。 説明図ふうでなく、アートとしてのレベルの高い川口澄子さんのイラストのおかげで、そのあたりのふくらみがうまく表現できたと思う。

展覧会は小・中学生を対象にしながら、実は多くのおとなの観覧者をえたのだが、朝日出版社もわたしも、いつのまにか、この本は子ども向けをよそおったおとなの本だということを、暗黙のうちに了解していた。 本のあとがきにわたしはこう書いた。 「こども向けの味つけをした料理を多くのおとなの方たちにも賞味していただきたい」と。

こうして本はできあがったが、刊行後まもなく柴門ふみさん(『週刊文春』)や南伸坊さん(『朝日新聞』)が書評を書いてくださったのは望外のことだった。 南さんはこの本について、「誰もがする、してしまうような本作りをしなかった」といい、それは「端的に言うなら、情報を減らしたこと」だと、この本の意味を端的にいいあててくださった。

これらによって、あっというまに、この本は市民権をえた。 出版社も、そのへんはよく心得ていて、まもなく発行した第二刷からは、帯を代えて、南さんと柴門さんの書評の一部を大きくかかげている。

そんな書評をいただいたこともあり、『仏像のひみつ』は一躍有名になった。 他の雑誌やラジオ・テレビなどのメディアにも多くとりあげられ、さまざまな相乗効果があって、増刷をくりかえすことになった。 2009年末現在、すでに11刷となっている。


阿修羅展や運慶作品の報道で、若年層まで仏像ブームが広がる

 
  

書店によれば、いわゆる、「仏像本」というジャンルは、この本が出てから「大きく動いた」のだというが、ちょうどこの頃から、わたしの古巣である東京国立博物館で国宝級の仏像が展示される特別展がつぎつぎに開催されたこと(2009年の「阿修羅」は九州国立博物館での巡回展や寺での里帰り展にも観衆が殺到した)、あるいは有名な仏師運慶の作品にかかわる報道があいついだことなども、関係があるだろう。 若年層まで広がった仏像ブームにも、複合的な要因がある。

『仏像のひみつ』以後に、雰囲気の似た体裁の初心者向けの仏像入門書が、いくつもの出版社から、何冊も出ている。 まさに「仏像本ブーム」だ。 わたしと同業の仏像専門研究者、仏像ライター、仏像修復家と、著者もさまざまだが、「仏像ナビゲーター」を称して「仏像ガール」と名乗る若い女性の登場は特筆すべきかもしれない。 彼女の『仏像の本』(山と溪谷社)も多くの読者をえているようだ。


仏像のひみつ
 
「仏像ソシキのまわりにも誰かいる!」
イラスト/川口澄子
『続 仏像のひみつ』朝日出版社から
 

そして、わたし自身も『続仏像のひみつ』と題する続編を同じ朝日出版社から出した(2008年5月刊)。 この本のキャッチコピーは「伝説の仏像本第二弾」である。 正編に続いて「ひみつ5」から「ひみつ8」までをとりあげている。 上級編というわけでもないが、正編より少し深いところ、あるいは周辺の問題にも踏み込んだものだ。 その意味では、この本はもはや入門書ではないのだが、実は正編もそれは同じで、仏像のことを覚えようというより、仏像とは人間にとって何であったのか、何であるのかを考えてみようという、そういう本だったのかもしれない。

正編の最後に、「仏像のひみつは人間のひみつです」と書いた。 仏像のすべてに、仏像にかかわった人びとの思想心情が籠められていると思うからだ。 そして、それは日本で独特の発達を遂げた。 だから仏像は、どの仏教国よりも日本で、長いあいだ愛されているのだろう。 続編の最後に「仏像のひみつは、きっと日本や日本人のひみつにもつながっているのでしょう」と書いたのはそういう意味だ。

『仏像のひみつ』は、これらのひみつを解き明かす「伝説の仏像本」でありたい。 わたしはそう願っている。



山本 勉 (やまもと つとむ)
1953年横浜生まれ。
清泉女子大学教授。 神奈川県・横浜市・鎌倉市等の文化財審議委員会委員。 著書『仏像のひみつ』正続 朝日出版社 1,470円(税込)ほか。





典型的日本人

養老孟司



 
  

ただいま出張中で、旅先でこれを書いている。

最初の日が愛知県の苅谷、翌日が岡崎、次が福井、今日は富山県の魚津に行く予定で、それから金沢に泊る。 なにをしているかって、昨日までは教育関係。 理科離れがいわれる時代に、理科教育をどうするか、そんなことについて話をして歩く。

相手は学校関係者が多いから、来年来てくれないかという声がかかる。 「生きていたらうかがいます」というのが、還暦以降の私の決まり文句で、聞いた人はたいてい笑う。 でも還暦から一回り過ぎてしまった近頃は、それを聞いても笑わない人が増えた。 70を過ぎた爺さんがそういうと、ひょっとしたら本当に死ぬかもしれないと思うのであろう。 相手にも実感が生じるわけである。

数年前に、山口県で曹洞宗のお坊さんの会があった。 葬儀を近代化したいという趣旨だった。 その会合の幹事役のお坊さんが来られて、新しい形式の模範葬儀を実際にやってみたいという。 でも葬儀なんだから、ホトケが必要である。 ついてはあなたに死んでもらえないか。 そうおっしゃるから、結構ですよ、とお引き受けした。 一度死んでおけば、もう死なない。 そう思ったわけではないが、べつに何回死のうが、こちらの知ったことではない。 毎日寝るたびに意識を失う。 ほとんどの人は翌日意識が戻るのが当然だと思っているだろうが、私は仕事柄そんなことは信じていない。 寝ているうちにあの世に行けば、もはやそれまで。

それで困るかといえば、私自身は困らない。 そもそも死んでしまえば、困る私がいなくなる。 葬儀なんて、その後に生き残った人たちのためである。 私の知ったことではない。 これを他人事という。 でも最近は葬儀を自分事だと思う人が多いらしい。 だから葬儀にあれこれ本人が注文をつける。 余計なお世話じゃないのか。

というのはまあ理屈で、身内にとっては、なかなか死んでくれないのが死者である。 だから1周忌から3回忌、毎年の法事があった。 そうしてだんだん遠のいていく。 本人が思うような葬儀をすれば、身内の負担はその分軽くなる。 死んでしまった本人がどう思うか、それをあれこれ悩む必要がなくなるからである。 葬儀をごく簡単にしても、本人の遺志ですからと、本当に心からいえたら、遺族も楽であろう。

この歳であちこち歩き回っている私の頭にあるのは、じつは芭蕉と西行。 私はこのお二人ほどに偉い。 そんなことがいいたいわけではない。 このお二人も、べつにそうしなきゃならないという義理があったわけでもないのに、日本中を歩き回って、人生の終わりを迎えた。 そう思えば、いまあちこち歩き回っている私も、典型的な日本人だろ、と思いたいだけのことである。

 
(解剖学者)


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