次の章から、この物語はそれまでの百合江の人生を辿っていく。標茶町の極貧の家で育った百合江。歌だけは上手かった彼女にはバスガイドになる夢があったのだが、中学卒業と同時に薬局に奉公に出される。ある日、村にやってきた旅芸人の一座に飛び込み、日本各地をドサ回りする日々を送る。根無し草のような生活の中、芸人仲間の子どもを妊娠するが、出産直後その男に逃げられる。母娘2人でカツカツの生活をしている中、見合い結婚をした相手の男は借金まみれで借金のカタに百合江は旅館で働かされることになる…。
このヒロインの半生をざっと聞かされて、彼女のことをはたして幸せだと思えるだろうか。
そこで、本書の「ラブレス」というタイトルの意味を考えてみる。百合江の人生は、一見「愛」に恵まれない人生のように思える。「愛」のない人生は、はたして「幸せ」だ
ろうか。しかし百合江はこう言うのである。
――「わたしは自分のこと、世界一幸せな人間だと思ってます」
百合江の生き様を見ていると、何事をも受け容れて、受け流して、時に諦める。そんな幸せの形もあるのではないかと思えてくる。今後、愛について、幸せについて考えるとき、この本のことを思いだすに違いない。
冒頭で歌のことを引き合いに出したのは、本書の中で百合江の歌うシーンが実に精彩を放っているからである。釧路でクラブ歌手になった百合江が、沢田研二の「時の過ぎゆくままに」を歌うシーンは特に印象深い。この曲のような百合江の人生を、百合江という人物を、1人でも多くの人に知ってほしいと思う。