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第106回 2010年9月16日


●執筆者紹介●


加藤泉

有隣堂読書推進委員。

仕事をしていない時はほぼ本を読んでいる尼僧のような生活を送っている。


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~〈正義〉について考える~
 
1人を殺せば5人が助かる状況があったとしたら、あなたはその1人を殺すべきか?―これは、ベストセラー『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)で、著者のマイケル・サンデルが〈正義〉を考える上で提示した問題のうちのひとつである。 この問題に簡単に答えられる人はおそらくいないだろうし、結論に至るまでの思考のプロセスも十人十色のはずだ。 正義論争が盛んな昨今、〈正義〉の相対性について考えさせられる3冊を挙げてみたい。
 

 
 第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した映画『THE COVE』。 日本のイルカ漁を非難する姿勢から、多くの映画館で当初上映が自粛されたことは記憶に新しい。 この映画の論争の的になった、和歌山県太地町のイルカ漁を弁護する立場で書かれたのが関口雄祐『イルカを食べちゃダメですか?』(光文社新書)である。 著者は水産庁の調査員として太地町のイルカ追い込み漁に1996年から2000年まで参加。 沖や浜での実地体験や太地町の捕鯨(イルカ漁含む)の歴史を詳述し、最終章で鯨・イルカを食べることの是非について論及している。 「鯨を捕っているということ、そのことが私の気分を害するのだ」という感情論でイルカを食べてはいけないと主張する愛護派に対し、著者は、太地町には根強い捕鯨文化があること、IWC(国際捕鯨委員会)で先住民生存捕鯨は認められていること、家畜を食べることとイルカを食べることに違いはないこと、などの例を挙げて反論している。 「感性レベル」の〈正義〉の相対性を如実に表したのが本書なのである。

 
 
イルカを食べちゃダメですか?・表紙画像
イルカを食べちゃダメですか?

関口雄祐:著
光文社
777円
(5%税込)

 
 動物ばかりでなく、人間の死生観に関わってくると〈正義〉はさらに相対性を増す。 たとえば「死刑」。 東京拘置所の刑場が公開され、死刑について耳目が集まっているこの折に考えてみたいのが美達大和『死刑絶対肯定論』(新潮新書)である。 著者は、計画的に2件の事件で2人を殺害した無期囚である。 刑務所で生活するうち、著者はほとんどの殺人犯は反省していないという事実に気づき、死刑存置を主張するようになる。 死刑廃止派のロジック―死刑廃止は世界的な流れである、加害者にも人権はある、死刑は残虐な刑罰である、冤罪の可能性もある、なくなった被害者は加害者の死を望んでいない、等―を取り上げ、著者は逐一反論する。 死刑存置派の〈正義〉と廃止派の〈正義〉はそれぞれにとって矛盾することなく存在するのである。 「正義対正義」という図式を目の当たりにできるのが本書なのである。

 
 
死刑絶対肯定論・表紙画像
死刑絶対肯定論

美達大和:著
新潮社
735円
(5%税込)

 
 死刑の是非のような問題になると〈正義〉の概念がいっそう難しくなりがちだが、スポーツのような娯楽性の高いジャンルにおいても〈正義〉の相対性を痛感することがある。 1992年8月16日、夏の全国高校野球選手権大会。 高知県代表明徳義塾高校対石川県代表星稜高校の試合で、前代未聞かつ後世にまで語り継がれる「松井秀喜5敬遠」なる「事件」が起きた。 「甲子園なんて来なければよかった」という1人の選手の言葉をきっかけに、この「事件」を多方面から掘り下げたのが中村計『甲子園が割れた日』(新潮文庫)である。 取材を始めた著者は、「甲子園なんて…」というコメントが新聞記者のでっちあげだったことを知る。 なぜそのようなデマが流れたのか、そして当事者たちの真意はどこにあるのか、著者は徹底的に取材する。 そこから見えてきたものは、北陸人と四国人の気質の違いであったり、〈野球観〉と〈高校野球観〉の違いであったり、歴史や風土に培われた倫理観の違いであった。 「事件」だけを見て好悪の判断をすることは誰でも容易にできる。 だが、好き嫌いと〈正義〉か否かの判断とはまったく別のものであることを本書は教えてくれるのである。

 
 
甲子園が割れた日・表紙画像
甲子園が割れた日

中村計:著
新潮社
500円
(5%税込)
 
文・読書推進委員 加藤泉


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