本の泉 清冽なる本の魅力が湧き出でる場所…

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第112回 2010年12月23日


●執筆者紹介●


加藤泉

「本の泉」執筆リーダー
有隣堂アトレ恵比寿店

仕事をしていない時は
ほぼ本を読んでいる
尼僧のような生活を送っている。


磯野真一郎

「本の泉」執筆メンバー
有隣堂 販売促進室
書籍仕入・販促担当

晴れて気持ちのいい休日は、
自転車で遠くの公園に出掛けて本を読んでいます。

岩堀華江

「本の泉」執筆メンバー
有隣堂厚木店
文芸書・文庫を担当

本と映画、そして音楽がないと生きていけないと思っています。

広沢友樹

「本の泉」執筆メンバー
有隣堂アトレ新浦安店
文芸書・コミック等を担当

書評と建築、
そして居心地の良いカフェや図書館が好きです。

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幻の名作ついに文庫化!『海炭市叙景』に寄せて

海炭市叙景・表紙画像
海炭市叙景


佐藤泰志:著
小学館文庫
650円(5%税込)

 

今回の「本の泉」は、佐藤泰志海炭市叙景(小学館文庫)を特集いたします。
著者の佐藤氏は、1949年函館生まれ。芥川賞に5回ほど候補になったものの受賞には至らず、1990年、41歳の若さで自らの命を絶った作家です。
海炭市叙景』は佐藤氏の遺作と言ってもいい未完の短編集です。1991年に集英社から刊行されましたが、長らく絶版になっていました。今年、函館市の市民有志の発案で映画化が実現し、映画スタッフがツイッターで「どこかで文庫にしてくれませんか」とつぶやいたのを書評家の豊崎由美氏がリツイートし、それを函館出身の小学館の編集者が見て、文庫として復刊されました。
今回の特集は、『海炭市叙景』の映画化と文庫復刊の一連の流れに感銘を受けた社員の熱意により、同書の感想を有隣堂スタッフ有志から集めたものです。同書が一人でも多くの方に広まる一助となれば幸いです。なお、弊社PR紙『有鄰』2011年1月号にも松村雄策さんによる紹介記事を掲載予定です。併せてご覧ください。

(順不同)


 
 
いま読むべき紛れもない1冊

本書は、かつて炭鉱の町として栄えていたがすっかり落剥して「もう希望を持つことのできない」町になってしまった地方都市「海炭市」を舞台に、18人の主人公の悲喜こもごもを描いた短篇集です。
不運な事故にみまわれるプロパンガス屋の主人、妻の裏切りに気付くプラネタリウムの管理人、立ち退きを拒む老婆、いつかこの町を出ることを夢見ながら空港で働く若い娘。彼らのままならない人生の一齣を読んでいてつくづく感じたのは、この中の誰かは自分であったかもしれないし、これからの自分であるかもしれない、ということです。
「海炭市の歴史?そんなものより、俺の家のありさまのほうが先決だ」というセリフが印象的です。そう、自分の立っている場所がどんなに不安定であっても、人は生き続けなければならないのです。ささやかな喜びを心の糧として。
希望が見出せないと言われているこの時代、この日本において、本書はいま読むべき紛れもない1冊であると思います。

(アトレ恵比寿店 加藤泉)


 
 
静かに「生」が光る街

散歩にでて住宅街に迷い込むことがある。そんな時、天災や事故などの世界的なニュースを見た時よりもずっとずっと生々しく「生」を感じてしまう。立ち並ぶ表札の数だけ生活があり、皆が喜びや悲しみを背負って生きている。自分のちっぽけさに思い至る。
『海炭市叙景』は架空の街に生きる人々の群像小説だが、物語のあまりのリアルさに、住宅街で迷子になったような気持ちにさせられる。登場人物たちは誰もが悲しみを背負っている。時に無意識に、時にとっぷりと。著者の遺作であり未完の小説だからだろうか、海炭市の人々の暮らしは今もどこかでひっそりと続いているような気がしてしまう。悲しく切ないからこそ、喜びや「生きること」がキラキラと静かに光るような場所で。未読の方は、迷い込むような気持ちで、是非「海炭市」という街と出会ってほしいと思う。

(新百合ヶ丘エルミロード店 門脇順子)


 
 
冬の夜に静かに読みたい作品

人々のありふれた暮らしが、風景画のように心に写る、冬の夜に静かに読みたい作品。
海に囲まれた小さな町、そこに暮らす人々の生活。
そこには大きなドラマがあるわけではない。働いて、食べて、寝る。
失業、裏切り、小さな喜び、様々な家族模様、人間模様、小さなドラマ。
続きは読んだ人の心にそれぞれ違う形に写るのだろう。

(販売促進室 徳永あけみ)


 
 
かじかんだ心を静かに融かしてくれる

故郷ルーツを持たなくなってしまった多くの現代人にとって、生活の匂いを取り戻そうとするのは、いかにしんどいか・・・締め付けられるような痛みを、節々で味わう覚悟が必要な作品です。
それだけに、第二章のタイトル『物語は何も語らず』が、大いなる反語として響く時、胸に刻まれる情感の広がりは半端なものではありません。かじかんだ心を静かに融かしてくれる温もりに、きっと出会えることでしょう。

(企画開発室 東慶太)


 
 
20年も前に書かれたとは思えない

驚いた。まず、本作がほぼ瀕死(絶版)の状態だったことに。あやうく消えかかった火が本作映画化運動やツイッターから、また再び火を燈したことに。そして読んでまたも驚いた。20年の月日をもろともせず、生きている作品であった。いや、20年も前に書かれたとは思えない、現代を見通しているかのような作品であったこと、強く感銘を与える作品だったことに。
疲弊した海に囲まれた街で不安を抱え働き、生きる人々。淡々と描いているようで、そこには人間のたくましさがある。じわりじわりとしみゆく巧さに感服。人それぞれに思い、余韻に浸ることができる数少ない小説だ。

(ルミネ町田店 渋沢良子)


 
 
突出した信念の力

人それぞれの幸せがあって、人それぞれの不幸がある。
この海炭市叙景は、北海道の一地方都市である海炭市に生きる市井の人々の、様々な営みと想いが、町の疲弊と相まって語られる傑作と思われる群像小説集です。海炭市と切っても切り離せない彼らの生の輝きと苦悩が一編一編、それはまさに一人ひとりとも言うべき丹念さで描かれています。作者である佐藤泰志さんの、町と人間への深い愛情と冷静な眼差しは、近年の作家にはない突出した信念の力であり、読了後私はしばし動けなくなってしまったのです。これは本当にすごい小説です。海炭市の小さな、それでいて壮大な叙景が作者の自死によってあと半分描かれなかったことはとても残念でなりません。

(アトレ新浦安店 広沢友樹)


 
 
心に何かが残る。何だろう。

「泣ける!」とか「息をもつかせぬ」という作品ではない。でも、心に何かが残る。何だろう。地方で地味に暮らす登場人物たちは饒舌ではない。世間との関わりや人生の中で胸の奥底にある思いをつぶやく。「で、あなたはこの先何か進路の希望あるの?」。進路指導室で言われた言葉を反すうしながら歩いた昼下がりの住宅街を思い出した。

(出版部 梅田勝)


 
 
何とも言えない愛おしさ

かつては炭鉱と漁業で栄えていたがその産業の衰退と共に寂れつつある地方都市「海炭市」に住む人々の様々な人生の断片。十八人の(どちらかと言えばしょぼくれた)主人公による十八篇の(どちらかと言えばしみったれた)エピソードから成る小説で、派手な事件やドラマティックな物語が用意されている訳でもないのに「次はどんな奴らに出逢えるのか、そいつはどんな暮らしをしていてどんな事を考えているのか」というのが気になって頁を繰る手が止まらなくなる。そして一篇一篇読み進めるにつれ自分の胸の内にポッと熱いものが灯り始めるのがわかる。それは、出てくる奴らに対する他人とは思えない共感であり共鳴であり、何とも言えない愛おしさである。一人でも多くの人に彼らと出逢って欲しいと心から願う。

(横浜駅西口店 梅原潤一)


 
 
キラキラと煌いて美しい

この本を読んでいて現実をこんなにも生々しく感じるのは、私たちが心の奥底に知らず知らずに抱いている恐れや不安が登場人物たちのそれとシンクロするからだろう。この漠然とした暗いものが文章になりその文章と対峙する時、私はいつも息苦しさを感じる。それでもこの短編たちはキラキラと煌いて美しい。それはちょうど人間の生活が、きれいな部分と暗い部分の二つが渾然一体となりどちらも切り離せないことに似ている。

(アトレ恵比寿店 佐瀬康子)


 
 
誰もが幸せではないけれど まっすぐに生きている

バブル経済で日本全体が浮き足立っている中、その恩恵を受けるどころか貧しくなっていく街の人々。この架空の街「海炭市」を舞台に第1章・2章に分かれ、18編のドラマが繰り広げられています。「貧しさ」「仕事」「大切なもの」がキーワードになり登場人物がそれぞれの思いを伝えています。炭鉱夫だった男が炭鉱の閉鎖により職を失い絶望する衝撃の1編から両親の離婚により別荘に1人で過ごしている大学生まで、誰もが幸せではないけれどまっすぐに生きているところが魅力的です。
また、この18篇のタイトルが詩人・福間健二氏の詩からつけられているのも興味深いです。楽しい恋愛も、サクセスストーリーもありませんが、今のこの灰色の時代に伝わる何かがこの小説には隠されているのでないでしょうか。

(書籍外商部 荻野聡子)


 
 
町のリアルを 人間の生を描く

観光地には「絶景」スポットがあって、たくさんの観光客がその美しさに感激の声をあげます。高いところから、または、広いところからのその眺めはいわば「引き」の映像です。この小説はそれとは正反対に「寄り」の映像で描きます。徹底して寄ることで、町のリアルを、人間の生を描くことに成功しています。綺麗な夜景のその1つ1つの灯りには、人間1人1人の営みがあり、命がある。そんなことを改めて考えた1冊でした。

(販売促進室 磯野真一郎)


 
 
せつなくてやるせない、だけどあたたかい。

18の短編の群像劇の主人公たちは、皆必死にもがいて、悩み苦しみながら生きています。とてもせつなくてやるせない物語ですが、それ以上にあたたかさや温もりを感じるのは、作者の人間を観る目の確かさと、人間を信じているという強い思いがあるからかも知れません。心に残る今年の一冊となりました。
先日公開された映画も、演出・映像・脚本・演技、皆一級品で素晴らしい出来映えでした。エンドロールに映画製作に関わった多くの函館の無名の人たちの名前がありました。その感動の輪が、出版社の編集の方から書店員へ、そして多くの読者の皆様にさらに大きく広がってくれれば、こんな嬉しいことはありません。

(店売事業部 中村努)

 






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