Web版 有鄰

533平成26年7月10日発行

本に登場する文房具 – 2面

高畑正幸

使う人・創る人が思い思いに語る文房具の魅力

小学生の頃から文房具好きで、大学院生の時に出たテレビの文房具の知識などを競う番組で優勝して以来、「文具王」という肩書きで文房具の企画開発から、販売や解説、トークライブなど、文房具に関わっていればほとんど何でもやってみることにしている。有隣堂と言えば本だけでなく文房具の販売も充実していて、じつは店頭で何度か文房具の実演販売をさせて頂いたことがある。この寄稿もそんな縁で書かせて頂くことになった。なのでやはりテーマは「本に登場する文房具」。

本に登場する文房具と言われてまず思い出すのが串田孫一の『文房具56話』(ちくま文庫)。毎回1つの文房具を題材に自身のエピソードや思いを中心に綴られた随想集で、もともとは1970年から文房具の業界紙に連載されていたものだ。身の回りにあるごく普通の文房具や道具類に対する丁寧な愛情が、哲学者で詩人でもある串田氏独特のやさしい言葉で読み手にまで染み渡ってくる。40年ほども前に書かれたものだが、彼のように温かく、大切に文房具と向き合う姿勢はいまなお私の憧れだ。

文房具を使う人というと、串田氏のように文筆活動を行う人のイメージも強いが、あらゆる創造活動をするクリエイター諸氏にとって、文房具は最も身近な必須の道具である。『デザイナーと道具』(美術出版社)には、様々なジャンルのクリエイターが、愛用の道具(そのほとんどはやはり筆記具を中心とする文房具)を挙げ、その道具との関係について、静かに熱く語っている。第一線で使用されている文房具達と実践に裏打ちされたコメントに宿る説得力。真っ白な背景にやわらかな影を落とす静かな道具の写真と、その道具を使って描かれたライブなスケッチ類からは、彼らクリエイターが道具に命を吹き込む様が伺える。そこには愛情を持って酷使されている幸せな文房具達の凛とした姿がある。

そうした様々な創造を支える文房具達だが、それ自体もまた、人によって形作られ、改良を重ねられた製品だ。ヘンリー・ペトロスキーの『鉛筆と人間』(晶文社)では、文房具のなかでも最もシンプルかつシンボリックなアイテムである鉛筆を例に取り、道具と人間の発展がひもとかれていく。3000年以上にもわたって、数多くの有名無名の技術者達によって改良され、数え切れない人々の創造活動を支え、愛されてきた鉛筆の歴史は単にひとつの商品の歴史ではなく、人類が作り出した道具の改良と洗練の歴史でもある。そこには人間が創り出す全ての製品に通じるエッセンスが詰め込まれている。目の前にある道具の不便を、改良せずにはいられない、人間という生物の面白さに引き込まれる1冊である。

もちろん、その流れは現代にも引き継がれている。文房具店にでかければ、文房具としておよそ考えられる機能を持つものは何でもあるように思われる。特に日本には非常に高水準な技術で作られた世界でもトップクラスの性能を誇る文房具が豊富だ。日本人によって発明された物や、飛躍的に性能を伸ばした物も少なくない。『頑張る日本の文房具』(ロコモーションパブリッシング)には、そんな日本の文房具を作り出すメーカーの文房具に対する取り組みが紹介されている。開発の意外な裏話や苦労話など、店頭で商品を買うだけでは伺い知ることのできないメーカーならではの発想や視点が面白い。

私は、そんな文房具の魅力にとりつかれてしまって久しい。子供の頃から文房具が好きで、気がつけば「文具王」と呼ばれていた。今は文房具を創る方と使う方、両方に関わっている。そんな私の視点で文房具を書いたのが『究極の文房具カタログ』(ロコモーションパブリッシング)だ。題名はカタログとしているが、身近な文房具のデザインや機能の必然や、それを楽しく使うコツの様なものが伝わればと思う。その後に上梓した『文具王高畑正幸の最強アイテム完全批評』(日経BP社)では、文房具を手がかりに設計者の意図を読み解いていくことを試みた。

小説や漫画の中で身近なモチーフ、小道具として活躍

そして本に登場する文房具といえば、道具としての文房具に関するものだけではない。文房具は身近なモチーフなので、小説や漫画などにも、しばしば登場する。文房具好きとしてはそれもまた気になる。筒井康隆の『虚航船団』(新潮文庫)は、宇宙船に乗ってイタチの星を殲滅しにいく船員達がみんな文房具というシュールな設定。寓話的な小説だが、狂った文房具達の印象が強烈に残っている。

タイトルに惹かれて読んだロブ=グリエの『消しゴム』(光文社古典新訳文庫)は、殺人事件のミステリーだが、途中主人公が文具店などに立ち寄っては友人の家で見たという理想的な消しゴムに固執しているシーンが何度か出てくる。そしてそれは結局見つからない。事件とは直接関係ないが象徴的に登場する具体的で詳細な理想の消しゴムの描写が印象的だ。

文房具にまつわる本の中から
文房具にまつわる本の中から

文房具を詳細に描けば日常のディテールを表現する小道具として活躍する。雫井脩介の『クローズド・ノート』(角川文庫)では、主人公が文具店の店員で、前半、店頭に万年筆を買い求めに来たイラストレーターの男性との出会いのシーンには多くの実在する万年筆が登場し、その選び方や使い方が登場人物を描くポイントにもなっている。主人公の愛用はデルタのドルチェビータ・ミニ。鮮やかなオレンジ色と黒のコントラストが美しい万年筆だ。

ファンタジーやライトノベルにはまた違った登場の仕方をする文房具。西尾維新の『化物語』(講談社)は吸血鬼を助けたことから特殊な能力を持った高校生が怪異に憑かれた少女と出会い助けていくシリーズだが、主人公のクラスメイトの女子高生が武器として文房具を使う。文房具を武器として使う発想はしばしば登場するが、記憶を遡ると、子供の頃に読んだ、普段はさえない漫画家志望の高校生が法では裁けない悪人に文房具を使って復讐するというストーリーの漫画『闇狩人』(ホーム社)を思い出した。

武器に限らず漫画には文房具がしばしば登場する。中でもそにしけんじの『文具天国』(小学館)や、村瀬範行の『ケシカスくん』(小学館)は、登場人物そのものが文房具のギャグマンガ。文房具は、身近で誰もが使ったことのある機能や特性があるので、キャラクターとしての立ち位置がわかりやすい。あさのゆきこ『夕焼けロケットペンシル』(メディアファクトリー)は文房具店を父に代わって切り盛りしようとする小学生の娘が主人公。授業中に机上で先生に隠れて度が過ぎた一人遊びをする少年を、いつもハラハラしながら見ているクラスメイトの目線で描いた森繁拓真『となりの関くん』(KADOKAWA)にも机上の遊び道具として文房具が多く登場する。今日マチ子の短編とイラストが収められた『炭酸水の底』(洋泉社)には、女の子と文房具が独特の透明感で描かれていて、ドキッとして一瞬息が止まる。文房具はその実用だけでなく、学生時代の記憶とも深いところでつながっている。

とりとめもなくなってしまったが、やはり文房具がテーマになっていたり、印象的に登場したりする本は気になってしまう。

物語にリアリティや日常性を与える小さな脇役

文房具は、人間の思考や想像を具現化する際には最も活躍してきた道具だ。誰にでも扱える直感的で自由な創造性は、言葉を綴り、文化を創り、伝え、イメージを実体化させ、夢を実現する最初のステップにおいて、いまなお最も重要な道具と言って過言ではないだろう。また文房具は、私たちが玩具の次に触れる工業製品であり、生涯において最も付き合いの長い道具の一つでもある。誰もが身近に使ったことがあるものだからこそ、文房具は多くの場面に登場する。今回紹介したような特別な描き方のものでないごく普通の本の中に、文房具は空気のように存在する。多くの場合日常の風景に溶け込んで登場し印象には残らないが、文房具が登場することで物語や言説が地に足の着いたリアリティや日常性を持つ場合も多い。そんな小さな脇役が、つい気になって仕方が無いのだ。

高畑正幸  (たかばたけ まさゆき)

1974年香川県生まれ。文房具ライター。
著書『究極の文房具ハック』河出書房新社 1,500円+税、ほか。

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