Web版 有鄰 第585号 麻宮好と『恩送り 泥濘の十手』
第585号に含まれる記事 令和5年3月10日発行
麻宮好と『恩送り 泥濘の十手』 – 人と作品
岡っ引きの父が失踪し、娘のおまきが行方を追う
第1回警察小説新人賞受賞作
麻宮好
(藤岡雅樹撮影)
父と娘を書きたくて、16歳のおまきを主人公に
失踪した父を探す娘が知る真相とは?第1回警察小説新人賞受賞作。江戸時代後期が舞台の捕物帳である。
「時代小説の習作をたくさん書いてきたので、その延長線上で同心ものを書いてみようと思いました。以前書いた小説で登場させた、亀吉と要という二人の少年に思い入れがあり、あの二人をまた出したいと考えました。次に同心の飯倉、少年たちと飯倉のつなぎ役として女の子のおまきを考え、父親が失踪するアイデアが生まれました」
災害が頻発した1786年(天明6)に生まれ、実の親に捨てられたおまきは、甘味処を営む利助夫婦に育てられて16歳になった。利助は腕利きの岡っ引きだったが、火付けの調査中に失踪してしまう。11歳の亀吉と要、臨時廻り同心の飯倉の助けを得て、おまきは父を探す。
「主人公をおまきにしたのは、父と娘を書きたかったんだと思います。警察小説ですから、湧き上がってくるものを書いていくスタイルだと謎解きが破綻するだろうと、初めてプロットを立てて書きました。要については、視覚障碍者だけれど他の人よりも見えているものがあることを書きたかった。私自身も普段の生活でいろんな方から眼差しをいただいて、視野が広がるのを感じていますから」
事件を追い、おまきも飯倉も、少年たちも成長していく。親子の関係、迷信など、現代とオーバーラップする場面も多く、引き込まれる。
「成長物語は読むのも書くのも好きですし、何も抱えていない人間はいないですよね。抱えているものを跳ねのけるのでも、諦めるのでもなく、どう受け入れて生きていくかを描きたい。虐待など、普段耳にして気持ち悪く感じることが、反映されていると思います。都内のバス停で路上生活者の女性が殴られ、死亡した事件を知ったときの胸の痛みをもとに、描き込んだエピソードもあります」
〈この文章はすでにプロ級であり、読み手は安心して作品世界に身を委ねていられる〉(長岡弘樹氏)などの選評を得て、昨夏受賞が決定。改題・改稿しての刊行だ。
「警察小説を意識して『泥濘の十手』のタイトルで応募し、作中の『恩送り』という言葉がいいと、編集者の助言で改題しました。昨年孫が生まれたとき、この子のために私は生まれたんだなと思ったんです。子供は”恩”そのものなんだという感覚を持ちながら、この小説を書きました。『泥濘』のキーワードは初めに浮かび、おまきと飯倉の二方向から、泥濘の十手というテーマに収束できるといいなと思っていました」
母の言葉をきっかけにして、小説を書き始めた
群馬県生まれ。大学卒業後、会社員を経て中学入試専門塾で国語の講師を務める。2020年、第1回日本おいしい小説大賞応募作である『月のスープのつくりかた』を改稿してデビュー。22年、本作で第1回警察小説新人賞を受賞。神奈川県藤沢市在住。
「子供の頃は病気がちで、本がお友達でした。母も本好きで、家にあった世界名作全集を片端から読み、“ハーメルンの笛吹き男”など、ちょっと気持ち悪いお話が印象に残っています。高校時代に曾野綾子さんの『幸福という名の不幸』を愛読し、結婚して、本好きの主人の勧めで司馬遼太郎さんを読み、面白さに衝撃を受けて時代小説も読むようになりました。何か書きたい気持ちは十代の頃からありましたが、才能がないとダメなんだろうな、私には無理だろうと、忙しさに流されました。50歳のとき、『人間がしていることで、できないことはない』と、病気で余命宣告を受けた母に言われたんです。このまま何もせずにいたら、死ぬときにきっと後悔するだろう、書いてみようと取り組んだら、長編が書けました。身近な人の死を受け入れるテーマの現代ものでした。それからは小説を書くのが楽しくて、毎日書き、仕上げては応募していました」
投稿を重ねて数年、最終選考に残る。受賞を気にするようになり、苦しかった。
「今回受賞の連絡を受けて、本当ですか? と聞いてしまいました。仕事、読む、書くばかりの生活で、出身地に吹いていた風の感じや風景を頼りに書いているので、時間ができたら取材に行きたいですね。しばらくは時代小説を書いていくと思います。ここ数年は時代小説を読んで、乙川優三郎さん、木内昇さんの作品が大好きです。木内昇さんの『櫛挽道守』は一つの目標です。繰り返し読んで、こんな本がいつか書けたらいいなと思っています」
(青木千恵)
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