本の泉 清冽なる本の魅力が湧き出でる場所…

※2014/2/28以前の「本の泉」は、5%税込の商品価格を表示しています。
本体価格(税抜価格)はリンク先のHonyaClubなどでご確認ください。

第9回 2006年9月7日

●執筆者紹介●


加藤泉
有隣堂読書推進委員。

仕事をしていない時はほぼ本を読んでいる尼僧のような生活を送っている。

最新ページはこちら 本の泉ブログ
店舗情報のサイトはこちら 店舗Webサイト

バックナンバー
INDEXページ
「本の泉」の過去のページを全てご覧いただけます。 クリッククリック

 いよいよ9月。 読書の秋到来。

今年の秋はとにかく読むぞ〜! と読む気まんまんの方のために、読み物としても面白くブックガイドとしても活用できるすぐれものの3点を、今回はご紹介しようと思う。
 
 まず、佐藤正午『小説の読み書き』。
日本近代文学(明治〜戦前)の名著にどっぷり浸かりたい方は、まずこの本を。
この本で主にとりあげられているのは夏目漱石や森鴎外、芥川龍之介といった文豪の作品。
有名過ぎる作品群を、著者があくまでも小説家の視点から読み解いていて、一章読むごとに目から鱗が落ちる感覚を味わえる。


いくつか例を挙げると、
「問題—サバの味噌煮のせいで岡田とお玉の運命は変わった。 では、サバの味噌煮を別の何かに置き換えて登場人物の運命が変わるストーリーを一つ考えなさい。 つまり僕は『雁』を小説ではなく小説の書き方の練習問題であるかのように記憶してきたのだ」
(森鴎外 『雁』)
「読み終わったあと、僕が生きている時代の、現役の書き手たちに対してと同じように樋口一葉に共感をおぼえる。 なぜならむかしもいまも作家は、その時代に自分が考えぬいた文体で、この『たけくらべ』のように斬新な、独自の小説を書こうとしているからだ」
(樋口一葉 『たけくらべ』)
「芥川龍之介は小説に自分がしゃしゃり出るのを嫌って、隠れよう隠れようとしているからである。 だからボクは『鼻』を何回読んでも芥川龍之介をつかまえきれず、読み上げた気がしない」
(芥川龍之介 『鼻』)

どうだろう、上の文章を読むと、『雁』や『たけくらべ』や『鼻』を読みたくなってこないだろうか。 読みたくなるんじゃないかなあ。 読みたくなってほしいなあ。

本書の中で最も印象的だったのは、小説は読まれるたびに書き直されていく、という言葉だ。
確かに、この本を読むと、小説の読み方にたった一つの正解はないと気づかせてもらえる。


 

小説の読み書き ・表紙画像

小説の読み書き
(岩波新書)


佐藤正午:著
岩波書店・777円
 
 次に、三浦しをん『三四郎はそれから門を出た』。
先ごろ『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を受賞した著者による初のブックガイド&カルチャーエッセイ。
本書に収められた爆笑必至のエッセイも読んでいただきたいが、何と言っても活字中毒を自認する著者のブックレビューは、直球よりも変化球の書評がお好みの方に特におすすめしたい。
とりわけ面白いのは、朝日新聞書評欄の連載をまとめた第二章「三四郎はそれから門を出た」で毎回紹介される2冊の本の取り合わせの妙。


たとえば、「心の奥深いところで息をひそめるエロス」と題してアナイス・ニンの『小鳥たち』と一緒に紹介されるのが『新宿二丁目のほがらかな人々』であったり、「報われぬ献身の美しさ」と題して紹介されるのが最相葉月『東京大学応援部物語』とマルキ・ド・サドの『ジェローム神父』の2冊であったりする。
この「本の泉」ももう少し奇抜な選書のほうがよいのだろうか、と反省してしまうほどだ。


 
 
 
三四郎はそれから門を出た・表紙画像
三四郎は
それから門を出た


三浦しをん:著
ポプラ社・1,680円
 
 最後に、山村修『<狐>が選んだ入門書』。
22年半もの間、「狐」のペンネームで「日刊ゲンダイ」に書評を掲載していた覆面書評家が、実名を公表して世に出した1冊。
著者は、「入門書」は「手引書」とはあくまでも違うものであるとして、日本語・日本文芸・歴史・思想・美術の各分野から独自の目で「入門書」を選び、なぜその書物が「入門書」として相応しいのか説いている。
浅学の身には、本の読み方を本書から大いに教わった。
1つの読書論として読んでもいいかもしれない。


この著者の本はこれからももっともっと読み続けていきたいと思っていたのだが、大変残念なことに、山村修氏は今年の8月14日にお亡くなりになった。
今、思い返すと、前書きに書かれた次の箇所は遺言のようなものだったのかもしれない。


「私も三十年間、勤め人生活をおくっていますが、生活者には、本などとまったくかかわりのないところで、さまざまな困難に打ちあたることがあります。 (略)生きているかぎり、当然のことです。
しかし、本がある。 どんなときにも読書というものがある。 本好きはそれを救いとすることができます。 むずかしい局面に立たされたとき、なにもその局面に直接的に関係する本をさがして読むことはありません。 なんでもいい、いま自分がいちばん読みたい本を読むのがいいのです」


山村氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
 

 
 

〈狐〉が選んだ入門書・表紙画像

<狐>が選んだ入門書
(ちくま新書)


山村修:著
筑摩書房・756円
 

※価格はすべて5%税込です。

文・読書推進委員 加藤泉
構成・宣伝課 矢島真理子

書名(青字下線)』や表紙画像は、日本出版販売(株)の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club.com有隣堂本店」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売(株)が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.comの【利用規約】や【ご利用ガイド】(ともに外部リンク・新しいウインドウで表示)
を必ずご一読くださいませ。

前の回へ

次の回へ


<無断転用を禁じます。>

ページの先頭へ戻る