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第87回 2009年12月3日

●執筆者紹介●
 
加藤泉
有隣堂 読書推進委員。
仕事をしていない時はほぼ本を読んでいる尼僧のような生活を送っている。

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〜この若手作家に注目!〜
 
早いもので今年も残すところあと1ヶ月。
毎年のことながらこの時季、文芸書売り場は大型新刊で溢れかえっている。
そんな中、注目すべき若手作家の作品をご紹介したい。
 

 
 まず初めに絶対おすすめなのが、冲方丁(うぶかた・とう)『天地明察』。
一読して、これは絶対にこのコーナーで紹介しなければと興奮した1冊だ。

舞台は江戸時代・四代将軍家綱の御世。
主人公は、囲碁をもって幕府に仕える安井家に生まれた渋川春海。
和算をこよなく愛する彼に、時の老中酒井雅楽頭より日本独自の太陰暦を作成せよという大きな使命が下される。

囲碁も算術も天文もチンプンカンプンの自分だが、本書を読んでいて涙が止まらなかった。 それは、1つのことを成し遂げようとする人たちの姿—学問に対する畏敬の念、あの人の期待に応えたいという思い、尽きることのない情熱—に心を打たれたからだ。
主人公の春海はもとより、囲碁において春海に激しいライバル心を見せる本因坊道策、観測隊で春海を先導する建部昌明・伊藤重孝、和算の才で春海を愕然とさせる関孝和、どの登場人物も皆キラキラ輝いている。
大老・保科正之、酒井忠清、水戸光圀など幕府側の人物も実に魅力的に描かれており、この小説が広まらなかったら保科殿や酒井雅楽頭に対して申し訳ないとさえ思うほどだ。

著者の冲方丁はもともとライトノベル界から出てきた作家であり、他にもコンピュータゲーム制作や漫画原作やアニメ制作なども手がけている。
本書は著者初の時代小説である。
この作家にこの作品を書かせることのできた編集者の慧眼に深く敬服する。

 
 
天地明察・表紙画像

天地明察

冲方丁:著
角川書店
1,890円
(5%税込)

 次は、『天地明察』で囲碁の面白さに魅せられた方に、遠田潤子『月桃夜』をご紹介。

舞台は江戸時代、薩摩藩支配下の奄美大島。
奴隷階級に生まれ育った血のつながっていない兄妹の過酷な重労働の日々。
その中で、兄は囲碁の世界に活路を見いだし、妹を救おうとする。
その裏には妹への許されない思いがあった。

本書は、今年度の日本ファンタジーノベル大賞受賞作なので、基本はファンタジー色の強いエンターテインメントなのだが、何とも言えない苦さのある悲恋物語である。
また、奄美の文化や歴史を知る上ことができる作品で、選考委員の椎名誠氏に「これだけ緻密に奄美を描いた小説は初めて」と評価されている。
池上永一『テンペスト』がOKだった方には特におすすめしたい1冊。

 
 
月桃夜・表紙画像
月桃夜

遠田潤子:著
新潮社
1,470円
(5%税込)

 本年度の日本ファンタジーノベル大賞は上に挙げた『月桃夜』と小田雅久仁『増大派に告ぐ』であるが、昨年『天使の歩廊』(「本の泉」第62回参照)で受賞した中村弦の新刊『ロスト・トレイン』も見逃せない1冊。

「日本のどこかに、誰も知らない廃線跡がある。 それを最初から最後までたどると、ある奇跡が起こる」と謎の言葉を残して失踪した鉄道ファンの知人。 彼の行方を追うため、主人公の牧村は同じく鉄道ファンの菜月さんとともに北へと向かう。
…ここまでお読みいただければお分かりのように、本書の登場人物のほとんどはいわゆる「テツ」と呼ばれる人であり、鉄道ファンには堪らない小説だ。

と言っても、鉄道の知識が全くない自分には難しそう…という心配は全くご無用。
本書は、ロマンチックな恋愛小説でもあり、幻想的なミステリーでもあり、郷愁をそそる旅小説でもあるからだ。

「人の一生というのは鉄道に乗るのと似ています。」—この台詞の真意が知りたい方は、是非ご一読を!

 
 
月桃夜・表紙画像
ロスト・トレイン


中村弦:著
新潮社
1,470円
(5%税込)
 

文・読書推進委員 加藤泉

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