Web版 有鄰

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有鄰

平成18年2月10日  第459号  P5

○座談会 P1   かながわの神道美術 —神奈川県立歴史博物館特別展示にちなんで— (1) (2) (3)
田邉三郎助/有賀祥隆/薄井和男/松信裕
○特集 P4   山手聖公会にみる横浜の教会建築史 青木祐介
○人と作品 P5   佐藤洋二郎と『沈黙の神々』
○有鄰らいぶらりい P5   渡部昇一著 『昭和史 —松本清張と私』皆川博子著 『蝶』諸田玲子著 『天女湯おれん』高嶋ちさ子著 『ヴァイオリニストの音楽案内』
○類書紹介 P6   「クラシック音楽」・・・今年はモーツァルト生誕 250周年。 作曲家と作品を知るために。


 人と作品
佐藤洋二郎氏
訪ね歩いた神社への思いをめぐらせたエッセー

佐藤洋二郎と『沈黙の神々
 
  佐藤洋二郎氏

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神社には『正史』にない歴史が
 
  

少子化とテレビゲームの普及のためか外で遊ぶ子供の姿をみなくなったが、佐藤洋二郎さんが子供の頃は、神社が遊び場だったという。

「椎の実を拾ったり、相撲大会があったり、毎日のように遊んでいました。 どうしてこんなにたくさん神社があるのか、不思議でしたね。」

日本国内には、8万余の神社があるという。 子供の「どうして」が高じ、旅が好きなこともあり、大人になって神社を歩き始めた。 意識的に歩き始めて20年。 『沈黙の神々』は、神社について書いた本で、平成13年から17年まで「三田文学」に連載した17回分をまとめた。

1編目は、島根半島の岬の根にある「静之窟[しずのいわや]」を訪ねた記録。 大国主命[おおくにぬしのみこと]と少彦名命[すくなひこなのみこと]が国造りをした最初の地との伝説が残り、二神をまつる静間[しずま]神社が近くにある。 近辺に大田、大国、大代、大屋など、「神」の意を持つ「大」の字のついた地名が多い。 そこから、〈先人たちのおもいが文字に込められているのではないか〉と、考察していく。

「神社歩きにのめり込んだ理由は2つあります。 1つは、神社には『正史』に書かれていない庶民の生活、敗れ去った者たちの言葉化されていない歴史が潜んでいて、そちらの方が真実ではないかと感じるからです。 2つめは、神社に行くと心が鎮まるから。 どこもかしこも喧噪の日本では珍しい、人間をひっそりと包み込む静かな空間が神社にはある。 そんな雰囲気が好きでお金と時間を使って歩き回ってきました。」

猿田彦[さるたひこ]を主祭神とする伊勢一宮の椿神社、日本武尊[やまとたけるのみこと]の伝説が残る加佐登[かさど]神社など由緒ある神社や、産土[うぶすな]神、氏神をまつる名もない神社を、一人で歩いたり、一人息子や文学仲間と歩いたり。 同行者との軽妙なやりとりも楽しい。

「小説が進まない時は昼間から酒を飲んでいるし、妻や息子から眺めると、計画性なく行き当たりばったりの父親でしょうね。 神社のそばにはいい水があって、うまい酒が造られていたり、温泉もわいている。 いい土地だから神社ができ、土地が廃れて人々が去っても神社は残る。 資源があればそれを奪い合う歴史があり、水銀や鉄をめぐって人々がどう攻防したのか、敗者の声がどう封印されたのか、神社から歴史を茫々と推理する楽しみは尽きませんね。」

福岡の遠賀[おんが]郡を歩くと、内陸に剣神社など出雲系の神社が多く、海岸沿いには天孫系が多い。 出雲系と天孫系が入り乱れている一帯もあり、『古事記』『日本書紀』にあるように、なぜ神武天皇が岡湊[おかのみなと]に長期間とどまったのかを推理する。 推理小説を読むような楽しさがあるという。

「日本には『神武東征』以前の歴史があったはずなのに、文字化されていないから何もみえてきません。 多くのことを隠蔽することで、一面的な歴史しか浮かばない仕組みが感じられる。 ひたすら歩いていると、『正史』はほとんど嘘じゃないかと思えてきますよ。」
 

 
小説家の余技としては度が過ぎるほどのめり込む
 
  

昭和24年、福岡県生まれ。 13歳で父を亡くし、中学時代に小説家を志す。 土木建築会社の役員をやりながら小説を書き、平成4年、初小説集『河口へ』を出版。 以後、『夏至祭』で野間文芸新人賞、『岬の蛍』で芸術選奨文部大臣新人賞、『イギリス山』で木山捷平文学賞。 『ミセス順』『人生の風景』など著書多数。 日本大学芸術学部助教授。 昨秋、書き下ろし長編『夏の響き』を刊行した。

「神社について書くのは楽しいですが、小説を書くことはあんまり面白くない。 人間が持つ多様な思考と複雑な感情を文章でとらえるのが文学で、人間を書きたいと思っています。 小説家の余技としては度が過ぎるほど神社にのめり込み、古代史をテーマに小説を書かないかという話もありますが、古代の人々を書いても小説を書く手応えがあるんだろうか、という疑念があるんですね。 読み物としては面白いかもしれないが、人間を書く手応えとしてはどうなんだろう、と。」

神社を歩いて、思いをめぐらせた記録『沈黙の神々』は昨年暮れに増刷した。

「増刷したと聞くと、少し複雑な気持ちになる。 "貧乏の幸福"こそ生きる実感だという感覚があるから。 今の日本と人間たちを書いた小説があんまり売れなくても、小説離れの風潮の中で真っ直ぐに小説を書き続けていくことに小説家として幸福を感じるものですから。 長編『夏の響き』でも、頼りないが前向きに生きている人たちばかりを書いたつもりです。」
 

沈黙の神々』 佐藤洋二郎
松柏社 1,890円
(5%税込)

(青木千恵)




  有鄰らいぶらりい
 


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渡部昇一 著
昭和史 松本清張と私』 ビジネス社 1,785円(5%税込)
 
 

松本清張といえば、社会派推理という新分野を開いた大作家。 一方では戦前に起きた事件の裏面を探る『昭和史発掘 ※』などで有名である。

清張の大ファンだったという著者が、その『昭和史発掘』について、正面から異議を呈した本である。 この本が大変な力作であることを認めながら、「当時の日本が他国には例を見ないような穏やかでいい国であった側面」をほとんど消していること、「取り上げられた事件のひとつひとつは非常に丁寧に描かれながらも、基調には暗黒史観が横たわっている」という理由である。

清張氏が日本共産党のシンパであったことは、よく知られている。 戦前、共産主義者たちは、モスクワのコミンテルン本部からの指示で天皇制廃止、私有財産制度転覆などの活動を行ったため、治安維持法による取締りの対象となった。 彼らにすれば、国家権力による弾圧が行われた「暗黒時代」ということになり、これに左翼的文化人が同調したのがいわゆる暗黒史観だ。

著者は、最大の悪法といわれた治安維持法で死刑になった共産党員は一人も無かったこと。 一方、清張氏が、スパイ容疑でソ連で処刑された党幹部を病死としたり、宮本顕治元委員長によるリンチ殺人などについて全くふれていないことなど、多くの矛盾点を具体的についている。

※松本清張 著 『昭和史発掘  123456789』 (文春文庫) 各870円(5%税込)
 

 
皆川博子 著
 文藝春秋 1,500円(5%税込)
 
『蝶』 −文藝春秋 刊−
 

−文藝春秋 刊−

表題作など8編を収めた短編集。 連作ではないが、長さはほぼ統一され、幻想味のただよう、すぐれた作品ぞろいだ。 表題作「蝶」は、第二次大戦中、南方戦線で九死に一生を得て帰国した男の、虚無的な戦後を描いている。

ジャングルの中で英兵から奪った拳銃を隠し持って帰国してみれば、妻は他の男と同棲しており、主人公は妻と男を狙い打つ。 二人とも死には至らず、主人公も服役したあと、北の雪国に単身出かけ、あばら家に住む。 そこには宿無しの男が住みついていて、主人公は、その男の同居を許す。

そうしたなかで、1匹の迷い子の犬を飼う。 流氷がただよう北国の海岸のわびしい土地で、二人と1匹の生活が始まる。 拳銃には2発の弾が残っていた。 1発は海の向こうにむけて発射し、あとの1発をこめかみに当てる……。

巻頭の作品「空の色さえ」は、祖母と二人で暮らす男の子の話。 両親は近所で豊かな暮らしをしているが、わけあって別居。 祖母に、絶対に2階に上がってはならぬと禁じられているが、祖母の留守中に、その2階の秘密を知ることができる……。 どの作品にも俳句や詩歌が引用され、文芸作品としての興趣をかもし出している。
 

 
諸田玲子 著
天女湯おれん 講談社 1,785円(5%税込)
 
 

エンターテーメント長編時代小説。 八丁堀の真ん中にある湯屋・天女湯が舞台。 主人公おれんはそこの女将、23歳の独身の美女だ。 もとは武家の娘だったが、家庭の事情で湯屋の経営者になった。 今でいえば警視庁の隣のような場所だが、この天女湯には隠し部屋があった。 男女の秘め事に使われる部屋だ。 暮らしに困った女のために、おれんは男を世話している。 人助けだ。

ある時、おれんに八丁堀の同心から呼び出しがかかる。 近くの橋の下で辻斬りがあったのだ。 抱き合ったまま殺されていた男女は、天女湯のなじみだった。 犯人は杳としてわからない。 その矢先、天女湯の裏の母屋の物置きに不審な男が現れる。 くたびれ果てた武士か浪人だ。 わけあって追われているという。 さては辻斬りか。 だが、おれんは男に好感を抱き、かくまったうえ風呂焚き兼用心棒に雇う。 辻斬り犯人は別人とわかり、やがて捕えられる。 そのきっかけをつくったのは長屋の少年だった。 一件落着のあともコソ泥、ライバル大黒湯との争いなど、事件が相次ぐ。

隠し部屋での色事なども巧みに取り入れられ、しかも品の悪くない娯楽小説の傑作。
 

 
高嶋ちさ子 著
ヴァイオリニストの音楽案内 (PHP新書) PHP研究所 777円(5%税込)
 
 

ラジオ、テレビでも人気の高いヴァイオリニストの著者が、作曲家の秘話やエピソードをつづったクラシックの名曲案内。 シンフォニーからオペラ、管弦楽まで50曲に上っている。 やはりベートーヴェンに関するものが多いが、聴覚をおかされながら数々の名曲を残したこの天才は、162cmと背が低く、不器用でカミソリを使えば顔じゅう傷だらけにしたという。

ベートーヴェンといえば、「第九」だが、日本で年末の定番となったのは、戦後日本の音楽家が、モチ代も出なかったころ、ドイツでこの曲が大ヒットし、ボーナスの財源にしていると聞いたことがきっかけだったとか。

音楽家にはかなりの変人が多いが、ベルリオーズも、その一人。 音楽家が恋をすると音色が変わるそうだが、彼は、まだ若い無名時代、有名スターに片思いし、「音楽を使ってこの恋愛を公開する」と決意。 アヘン自殺を試みたりもするが、やがてその幻想・幻夢のなかからつくりあげたのが、不朽の名曲となった「幻想交響曲」だという。

チャイコフスキーの三大バレエ「白鳥の湖」は初演後18年間も忘れ去られた失敗作、「眠れる森の美女」は大作すぎてカットされ、「くるみ割り人形」はフランス旅行の成果を取り入れてようやく成功。 楽しい名曲案内だ。
 

(K・F)
(敬称略)


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