Web版 有鄰

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有鄰

平成19年2月10日  第471号  P5

○特集P1 シーラーズが住んでいた町 横浜中華街 鳥居民
○座談会P2  人物でみる江戸時代の神奈川 (1) (2) (3)
神崎彰利/鈴木良明/馬場弘臣/松信裕
○人と作品P5 秋山駿と『私小説という人生』
○有鄰らいぶらりいP5 フランシス・スコット・フィッツジェラルド 著・村上春樹 訳 『グレートギャッツビー』遠藤展子 著 『父・藤沢周平との暮し』藤田宜永 著 『恋愛不全時代の処方箋』海老沢泰久 著 『サルビアの記憶』
○類書紹介P6 「硫黄島の戦い」・・・太平洋戦争末期の1945年2月、壮絶な戦闘が始まった。


 人と作品
秋山駿 氏
花袋、四迷、藤村など、私小説の面白さを伝える評伝集

秋山駿と『私小説という人生

 秋山駿 氏

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平凡な生活を精神のドラマにする私小説
 
  

田山花袋、岩野泡鳴、島崎藤村らは、自然主義文学の作家として文学史上に名を残す人々である。 若い頃に花袋の『蒲団』を読み、読後感のみおぼろげに残る…という人も多いのではないだろうか。

「私は古希に達したころから、自分をもう1人の母親のように養ってくれた日本の近代文学に、何か恩返しをしていかねばならないと思いました。 それで、50年以上前に読み、読み返さずに内容を忘れてしまった名作を、初めて読むように読み始めた。 それらの文学によって、自分の心が生きる言葉を教えられ、人間のことを考える知恵を学んだはずで、私は忘恩の徒だったな、と考えた。 まず、花袋の『蒲団』から読むと、書き出しの数行のうちに、主人公と読者は一挙に事件の中心に立たされる。 人生の中央を襲った激しいドラマ、もつれた心理のかたまりを、ひとつかみに提示しています」

人生の中央を襲ったドラマとは、恋愛である。 妻子がいる36歳の作家(花袋)が、若い娘に恋をする。 恋愛感情に翻弄されながら、自然主義文学の「眼」で社会の変化を見渡し、変化そのものが人間の生活や運命にどう関わるのか、見事に記していた。

「1ページずつ読み進むうち、若い頃はこんな言葉に魅入られていたのかと、自分の心の形が明らかになりました。 戦後、"私小説への道を開拓したために西欧的な大小説への道を狭くした"と、花袋への批判ばかりを耳にしましたが、私小説は大変な発見だったのだと改めて思った。 『自分』をモデルにすべてを考えてよい、自分が感じ、生きたことをそのまま、ありのままに書けば、それが小説になるという私小説の発見は、今日本で、多くの人が小説に身近に接し、自分でも書いている状況に繋がっています。 ほとんどの人が営んでいる単調で平凡な生活を、精神のドラマにし、文学にした」

平凡な男が、平凡な日常で抱える矛盾の塊のことを書いた『蒲団』。 秋山さんは、花袋が小説をどう構築したかを分析、ドストエフスキー『罪と罰』、ルソー『告白』との関連を記す。 『罪と罰』のラスコーリニコフは、殺人を起こす前後、日常と溶け合った歩行をしている。 外からみて何の変哲もない"ラスコーリニコフの歩行"には、矛盾に満ちたドラマが内包されており、花袋は殺人などの事件ではなく、歩行の中にある内面のドラマを焦点にした。 花袋に続き、岩野泡鳴、二葉亭四迷、島崎藤村、正宗白鳥の文学と秋山さんは向き合い、どこに「ラスコーリニコフ的歩行」があるか、読み解き、読者に私小説の面白さを伝えている。 誰もが「天才」と言う樋口一葉についても書いた。

「自然主義文学の作家たちは、"描写論"について徹底的に探究していた。 花袋は尾崎紅葉の小説の描写が通俗であるとし、描法を工夫しつつ、生について、人間について、小説のかたちで物事の真理を見極めようとした。 漢詩などの素養がある知識人だった花袋や藤村が、誰にでもわかる言葉を使い、平凡な人生の断面を、描写に苦心して書いた。 そして、何十年も後の人に、自分のことのように共感されるのだから、小説という生き物の魅力がいよいよ不思議なものに思えました」

文芸誌『新潮』に、2003年から06年にかけて連載したものを、改題・刊行した。 連載中、病気で入院し、樋口一葉の『たけくらべ』を枕頭の1冊の文学書に選び、日に2、3ページずつ読んでいたという。
 

 
15歳で終戦を迎え考えたことが批評に進む原点に
 
  

1930年、東京都生まれ。 早大仏文科卒。 60年、評論「小林秀雄」で群像新人文学賞。 90年、『人生の検証』で伊藤整文学賞。 96年刊の『信長』で野間文芸賞、毎日出版文化賞。 15歳で終戦を迎えたとき、「これからは、ただ自分だけを頼りに歩かねばならない」と感じ、自分が感じ、思ったことを記すノートを書くだろう、書かねばならぬ、と考えたことが、批評に進む原点になった。

「小林秀雄は早くに『私小説論』を書き、絶えず私小説という問題に衝突していました。 自分をモデルに、いかに感じ、考え、生きたか。 人間とは何か、人生とは何か、生きたモデルの全容を告白したルソーの『告白』を、自然主義文学の作家は、新しい文学として読んでいて、小林秀雄はルソーの『私』を問題化していました。 小林秀雄は『私』の問題を追いましたが、文芸批評とは何なのか。 何をどう書くものなのか。 私は次作も、私小説、文学の力について書くと思います」

私小説[わたくししょうせつ]という人生 秋山駿 著 
新潮社 1,785円
(5%税込)

(青木千恵)




有鄰らいぶらりい


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フランシス・スコット・フィッツジェラルド 著/村上春樹 訳
グレートギャッツビー』 中央公論新社 861円
(5%税込)
 

 

この本は昨年末、発売と同時にベストセラーに入っている。 日本にスコット・フィッツジェラルドの名を知っている人は、そうはいまいと思えるから、これは"ハルキ効果"に違いあるまい。

訳者はこの小説を「これまでの人生で巡り会った最も重要な3冊の本」の筆頭にあげている。 他の2冊はドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』とレイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』。 前者は純文学、後者はエンターテインメントの代表作ともいえる作品である。

肝心の『グレート・ギャツビー』は、アメリカの中西部出身の東部で働く質朴な青年「僕」の目を通して、隣家の豪邸にひとり住む独身男ギャツビーの、かつての恋人でありいまは人妻に対する桁外れの"純愛"を描いている。

これまた前2作と似ても似つかぬ作品であり、いささか戸惑うが、村上文学の幅の広さと取るべきだろう。 宮殿のような庭で毎晩のように豪奢なパーティーを開くギャツビーと、それに集う俗悪な客たち。 「尽きることのない人生の多様性に魅了されつつ、同時にそれに辟易してもいた」という「僕」の目に、俗物中の俗物と見えたギャツビーの尋常でない希望と夢想が描かれていく。
 

遠藤展子 著
父・藤沢周平との暮し 新潮社 1,365円(5%税込)
 
『父・藤沢周平との暮らし』  表紙画像
 父・藤沢周平との
暮し
  −新潮社 刊−

著者は先ごろ『藤沢周平 父の周辺』(文藝春秋)を出したばかりである。 2冊目となる本書も、作家・藤沢周平を肉眼でとらえた記録である。

周知のように藤沢周平は山形県鶴岡市郊外の農家に生まれ、師範学校を出て地元の中学教師となったがわずか1年で肺結核にかかり大手術を受けて、一命をとりとめた。 その後は業界紙の記者となって露命をつないだ。 そのころ地元の女性と結婚したが、出産後8か月で亡くなってしまった。 この時生れたのが、著者である。

数年後、藤沢は2度目の妻を迎えるが、それまで男手ひとつで著者を育てた。

そうした苦難の人生を切り拓くために取り組んだのが小説であった。 初期作品がひたすら暗かったのは、そのせいである。 著者によると、父・藤沢周平は「普通が1番」をモットーにしていたという。 藤沢作品に登場する人物の温かさ、庶民性、誠実さ、薄幸にたえぬく我慢づよさ、そして時にはカタムチョ(頑固)な態度などは、藤沢の日常生活そのままで、二重映しになって描かれている。

本書には2度目の妻のことも書かれている。 その人柄もすばらしい。 藤沢作品が徐々に明るくなってきたのも、この夫人のたまものであったことがよくわかる。
 

藤田宜永 著
恋愛不全時代の処方箋 阪急コミュニケーションズ 1,260円(5%税込)
 
 

現代は恋愛が成立しにくい時代だという。 なぜなのか。 本書は恋愛小説の名手が、複数の女性の質問を受けて語り下ろした処方箋である。

初めに言ってしまえば、恋愛が成立しにくくなったのは、男女の生き方、とくに若い女性の生き方が変わってきたことによるという。 女性は男性以上に、社会的地位をもち、職業をほこり、プライドのある生活を営むようになっている。

新しい時代には、新しい生き方が求められるように、新しい恋愛も求められなければならない。 引っ込み思案でいると、勝ち組、負け組などとされかねない。 それを恐れず、恋をすることだ。

ただし、中年の妻子ある男の、わなに陥ることには注意が必要。 そのためにも、恋の経験を重ねる必要がある。 さらに著者は、もっと本を読もうとすすめている。 本を読むことによって、より充実した体験が得られるようになるというわけだ。

そして最後の章で著者が指摘している点も大切だ。 すなわち、失恋を恐れるな、というのだ。 失恋は人間にとって財産であると。

本文中で「女性が強くなった」と言っていますが、<よくよく突き詰めて考えると、昔の女性に比べて、実は弱くなっているという気もするのです>。 新しい時代の恋愛について示唆に富んだ言葉が多い。
 

海老沢泰久 著
サルビアの記憶 文藝春秋 1,800円(5%税込)
 
 

7篇を収めた短篇恋愛小説集。 表題作「サルビアの記憶」は、結婚して10年になる35歳の小説家・北山薫が主人公である。 妻が実家の病人見舞いのため留守となり、家事の大変さを体験している時、少年時代の女友達から突如、電話がかかってくる。 2人の思い出の中に、サルビアの花がある。

<茎の先端部に赤い唇のような花がいくつも咲いていた。 彼女はその中のまだ開ききっていない花のひとつに手を伸ばすと、指で花の喉もとを押さえた。 「こうすると唇から赤い舌を出すのよ」……>

久方ぶりに再会した2人は誘い合ってバーへ行き、カクテルを飲み、やがて……。

「森の中で」の主人公・萩原行彦は、高校生だ。 学校の帰路、川の土手下で、井上恵と待ち合わせていた。 しかし時間を大幅に過ぎても恵は現われなかった。 帰宅後、友人に誘われて村の祭りの場に行くと、意外にも恵は、ほかの男の子らに囲まれて談笑していた……。 しかしこの作品はきれいな結末で終わる。

どの作品も巧みに心理の変化をとらえているのが魅力的だ。 俗に、女ごころと秋の空というが、男ごころと春の空ともいい、やはり変わりやすいものだ。 そのへんを巧みなストーリーに仕立て見事である。
 

(K・F)
(敬称略)


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