『有鄰』最新号(P1) 『有鄰』バックナンバーインデックス 『有鄰』のご紹介(有隣堂出版物)


有鄰

平成19年10月10日  第479号  P3

○座談会 P1   古写真でみる 文明開化期の横浜・東京 (1) (2) (3)
石黒敬章/斎藤多喜夫/青木祐介/松信裕
○特集 P4   裁判員制度開始前に思うこと 長嶺超輝
○人と作品 P5   藤原智美[ふじわらともみ]と『暴走老人!』
○有鄰らいぶらりい P5   金城一紀 著 『映画篇』今さら聞けない常識研究会 編 『死ぬほど聞くのが恥ずかしい!超常識』北村薫 著 『1950年のバックトス』別所真紀子 著 『数ならぬ身とな思ひそ 寿貞と芭蕉』
○類書紹介 P6   セカンドライフ・・・リタイアして時間にゆとりができた今だからこそ……。



座談会


古写真でみる 文明開化期の横浜・東京 (3)


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    ◇ファッションの最先端やトリック写真も
 
松信  

当時の人々の様子を写した写真もありますね。
 

石黒  

慶応4年の彦馬が撮ったのに、布の切れっ端を持っている写真が3枚も4枚もあるんです。 手ぬぐいの小さいものなんですが、何だかわからないので、ファッションの人に聞いたら、もしかしたらハンケチの始まりかもしれないと言うんですね。 石井研堂[けんどう]の書いた『明治事物起原』では、明治初年にハンカチーフを訳して袋巾という字を当てて、「くわいちうてぬぐひ」(懐中手拭い)と訓読みをしている。 ハンカチじゃなくてハンケチと言ったらしいのですが、それが新しく入ってきて、ファッションの最先端で自慢だったのかもしれない。 でなければ高い金を払って、そんな布を手に持って写真を撮らないと思うんです。 そういう想像ができるのがおもしろいですね。

横浜写真で、フォトモンタージュという細工がしてある写真を発見したんです。 日下部金兵衛[くさかべきんべえ]が写したセミヌードの入浴シーンなんですが、顔だけ美人にすげかえているんです。 金兵衛は最初に撮ったのがどうも気に入らなくて、お気に入りのモデルの顔に、首から上だけ変えたフォトモンタージュをやった。 そういうことが当時行われていたということがわかったんです。
 

青木  

判断できるのは、どういうところなんですか。
 

石黒  

オリジナルは写真が非常にクリアなんです。 そういうトリックをこっそりやっている。 金兵衛は売れるためにそうしたんですよ。 そのきれいなほうの娘は、ほかの写真にもヌードで出てくる。 私の家にもこの娘がたらいで行水しているのがありまして、非常に売れっ子だったので、たらい回しにされたと書いたことがあります(笑)。 その後には、外国人の体に日本人の顔をつけて、非常にきれいなヌードをつくったものもあります。
 

風呂
風呂
右端の女性は、オリジナル
とは顔が入れ替えられている
石黒敬章氏蔵
 

    勝海舟をはめ込んだモンタージュも
 
斎藤  

今回の展示で幕末のトリック写真という、小さいコーナーをつくるんです。 それはアメリカ公使のファルケンブルグという人と日本の侍を撮った写真で、3種類ぐらいあるんですけれども、一つは明らかに勝海舟をはめ込んでいるというのがわかったんです。 というのは、勝海舟のいない写真があるんです。 オリジナルと、差し込んだのと両方の写真が出てきたのでわかったんです。

本当におおまじめに、ファルケンブルグと勝海舟が一緒の写真におさまる可能性があるかどうか、何年何月ならあり得るかと一生懸命調べていたんです。
 

石黒  

そういう問題ではなかったんだ。
 

斎藤  

モンタージュだったのです。
 


    ◇撮影された場所や年代を推理するおもしろさ

 
松信  

古写真には、場所や年代を推理していくおもしろさがありますね。
 

石黒  
  銀座煉瓦街
  銀座煉瓦街
  現在の銀座6丁目と7丁目
の間から4丁目を望む
  石黒敬章氏蔵
   

今日、銀座の写真を持ってきたのですが、これはどこを撮ったのか。 今までの本では銀座としか出ていなかった。 明治7年にできたガス灯があって看板がついた建物がある。 ほかの写真で調べますと、偶然同じ建物があって、「共同社」という看板があるんです。 それで、ぐにゃっと幹が曲がった同じ松の木がある。 その共同社を調べましたら、『近事評論』という本を出版をしていて、明治9年の6月から16年の5月まで弥右衛門町にあったということがわかった。 弥右衛門町は今の銀座5丁目なんです。 ということは、手前の通りが交詢社通りになる。

最初の銀座は、四辻に松を植えたんです。 並木は楓とか桜を入れて、交差点だけ松を植えたということですから、交詢社通りと銀座の中央通りとの交差点だったのがわかった。 そこに、鉄道馬車が15年6月21日に通るんですけれども、それがないので、9年から15年の間ということがわかる。
 


    何枚も重ねると場所や方向、時代が読み解けていく
 
石黒  

次に、もう1枚の日下部金兵衛の写真をパソコンに入れて拡大しますと、同じひん曲がった松が一辻向こうにあるんです。 共同社の看板はそれにはない。

ということは、共同社ができる明治9年以前の写真で、手前にも松がありますから四辻で、資生堂のある花椿通りになる。 一本新橋寄りから銀座4丁目を見ているわけですね。 この場合はその曲がった木がキーポイントで、四辻から一つ向こうですから、つじつまが合うんですね。 (笑)

1枚だとわからないのですが、こうやって何枚か重ねて推理していくと、場所と方向と時代がだんだん読み解けていくのがおもしろいです。
 

青木  

私たちも石黒さんの写真集を参考にして、東京のものを同じように場所を比定していったのですが、クレットマンの写真の中に、本人が書いたキャプションが間違っているものが幾つか見つかりました。

クレットマン本人が京橋と書いたものが、実際の京橋の写真と比べるとどうしても合わない。 永代橋も、地図や対岸の写真などと比べると、どうしてもおかしいということになって、訂正しました。
 


    水道栓から蛇口の由来までたどり着く
 
石黒  
一丁倫敦  
一丁倫敦  
現在の馬場先通り、千代田区
丸の内2丁目(右)と3丁目(左)
 
石黒敬章氏蔵  
   
  飲水泉
  飲水泉
  左写真の一部
   

丸ノ内の馬場先通りあたり、一丁倫敦[いっちょうろんどん]の写真があります。 この右側にある、筒みたいなものは何だろうかと不思議だったのですが、それは飲水泉という水道の始まりらしいんです。 馬と人と共通の水飲み場だったのですね。 車が写っていますけれども、ほとんど馬の時代ですから、馬の糞なども写っている。 ここで「ふーん」と言ってもらわないと、ちょっと話が続かないんですけど(笑)。 それは明治41年に倫敦水槽協会から寄贈された水道の栓らしいです。 もともと水道というのは横浜から多分始まって、その栓の頭の、水が出るところは龍がついていたんですってね。 龍の口から水が出た。
 

青木  

東京は龍ですか。 横浜は獅子です。
 

石黒  

ロンドンは獅子だったんですって。 東京は龍になって、それで各家に水道が引かれたときに、龍ではおこがましいから、一段ランクを下げて蛇にしようというので、蛇口という名前がついたんですって。 そういうことが写真に写った水道栓から寄っていくと蛇口までたどり着いておもしろいんです。 ちょっと蛇足でしたけど。 (笑)

それから、港区の愛宕山の上にやぐらがある写真がありまして、知人の森重和雄さんに調べてもらったら、天文台だと言うんです。 愛宕山に、「天文台完成明治八年一月十八日」と曙新聞に出ているそうです。 明治7年に金星の日面通過というのがあったんです。 それは上野彦馬が撮っていますし、横浜でも観測されて、天文に非常に興味が持たれたらしくて、その前後に天文台が各地に建った。

写真に写っている建物とか諸物などから年代を割り出すのはおもしろいですね。
 


    『ファー・イースト』は原本によって写真が違う
 
松信  

『ファー・イースト』は、原本は何冊もあるそうですね。
 

青木  

もともと『ファー・イースト』は焼き付けの写真をそのまま貼りつけていますが、当時は1枚の原板からたくさんプリントができなかったので、原板を複数用意して何種類も写真があるということは、今までも言われていました。 横浜開港資料館に2種類の原本がありましたので、それを比較して、原本によって貼られている写真がどう違うかを調べてみたのです。
 

石黒  

立っている人の数が違うとかね。
 

青木  

そうですね。 数が違うとかポーズが違うとか、遠景写真では、当然露光時間がありますから、船などは位置が全然違っていたりする。 今出版されている雄松堂発行の復刻版は、尾張徳川家の原本を元にしているとは言うんですが、徳川家の原本の1冊を復刻版と一度対照させたら半分以上写真が違うんです。 そういう視点で復刻版を見ると、写真とタイトルがどう考えても合っていないとか、ほかの原本の写真にそれにふさわしいタイトルがついていたりと、細かい指摘ができるということに気がつきました。

ある一時期にまとめて原板をつくって、その後そういうストックをもとにして紙面を構成していったのではないか。 掲載されている刊行年と撮影時期とは同一視できないということは『ファー・イースト』を見ていく上では注意しなければいけないですね。
 

石黒  

発行年代より古いということはわかっても。
 

青木  

先ほどの石黒さんのお話のように、写し込まれているものなどから、もっと詳しく撮影年代を絞り込んでいくことは、まだまだ『ファー・イースト』の写真でもできると思っています。
 


   ◇時代の変革が読み取れる写真集
 
松信  

今回、編集された本の特徴は、どういったところでしょうか。
 

斎藤  
  黒田清隆
  黒田清隆
  横浜開港資料館蔵
   

一言で言うと、変革期だなというのがよくわかりますね。 明治初期はいろんな形で日本が変わっていった。 まず風景写真を見れば、新旧がごちゃまぜの時代なんです。

人物の写真は、展示ではその辺はかなり強調しました。 伊藤博文がチョンマゲを結って刀を持っている写真があるし、ザンギリ頭の黒田清隆の写真もあります。 ザンギリ頭に小刀だけ差しているとか、政府高官でも木戸孝允の写真は刀を持っていない。 大久保利通の有名な写真だと、ひげを生やして洋服を着ているとか、岩倉具視は和服を着て、よく見ると靴をはいているとか、そういう写真が展示ではたくさん出ています。 つまり文明開化期は、変革の時代なんですね。

洋装にしても、実は余り普及はしないんですけれども、新しいものが入ってきて定着してみたり、第一国立銀行の建物みたいに新旧ごちゃまぜで、何か新しい珍妙なものが生まれてみたり、あるいは昔からのものがそのまま残ったり、そういういろんな変化の様が写真で見ると、文章よりも非常にわかりやすい。 一目見れば、明らかに変革の時代だなというのを読み取ることができるのが、この時期の写真集の一番おもしろいところだと思います。
 

石黒  

そういう意味では、いい時期に写真が入ってきましたね。
 

斎藤  

そうですね。 技術的にはもう確立されていますから、その技術でもって、こういう時代を写し撮ってくれたというものがかなり豊富に残っています。 それにありがたいことに、横浜はほかの都市よりたくさん残っているんです。

今回の写真集は、『ファー・イースト』や横浜開港資料館が所蔵するアルバム、単体の古写真などから、明治初期から10年代のものを選んで約700点の写真を収めることができました。 また、たいへん鮮明な印刷で紹介することができました。

横浜開港資料館では、これまで古写真や絵葉書などの画像資料を精力的に集めてきました。 それらは幕末期の『F・ベアト写真集』(1)(2)、明治中期の『彩色アルバム 明治の日本』、そして、明治末期から大正時代にかけての『100年前の横浜・神奈川』という出版物となってご覧いただけるようになりました。 今回、明治初期からの写真を集めたものを本の形にすることができましたので、これでようやく幕末から大正期にかけての写真集の四部作が完結しました。
 

石黒  

いい写真は高値で、私はもう買えないんです。 何かわからないような写真を安く買ってきて、それに価値がつくとうれしいですね。 それで沖縄の写真を30枚ほど安く買ったんです。 首里城を修理しているというのがわかったので、こんな写真もありますよと、沖縄に手紙を書いたら、首里城書院の鎖の間を、ちょうど復元しているところだったそうで、送った写真が瓦の1枚1枚までわかるシャープな写真だったので喜んで、それをもとに鎖の間が復元されたんです。

安く買った写真が、そうやって役に立つとうれしいですね。 ベネットさんに見せたら、これはすごい写真だと、褒めてくれました。
 

松信  

長時間ありがとうございました。
 


 

石黒敬章 (いしぐろ けいしょう)
1941年東京生まれ。
著書『ビックリ東京変遷案内』 平凡社 1,680円(税込)、『明治・大正・昭和 東京写真大集成』 新潮社 21,000円(税込)、他。

斎藤多喜夫 (さいとう たきお)
1947年横浜生まれ。
著書『幕末明治 横浜写真館物語』 吉川弘文館 1,785円(税込)、他。

青木祐介 (あおき ゆうすけ)
1972年大阪府生まれ。
共著『地中に眠る都市の記憶 地下遺構が語る明治・大正の横浜』 横浜都市発展記念館 1,000円(税込)、他。

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