Web版 有鄰

  『有鄰』最新号(P1) 『有鄰』バックナンバーインデックス 『有鄰』のご紹介(有隣堂出版物)


有鄰
(題字は、武者小路実篤)
有鄰の由来・論語里仁篇の中の「徳不孤、必有隣」から。 「鄰」は「隣」と同字、仲間の意味。

平成20年8月10日  第489号  P1

○座談会 P1   箱根火山 噴火の新しいメカニズムをさぐる (1) (2) (3)
高橋正樹/萬年一剛/山下浩之/松信裕
○特集 1 P4   源氏物語一〇〇〇年 藤井貞和
○特集 2 P4   横浜開港150年・有隣堂創業100年
「横浜を築いた建築家たち (2)」 ブラントン
 吉田鋼市
○人と作品 P5   吉行和子と『老嬢は今日も上機嫌』
○有鄰らいぶらりい P5   瀬戸内寂聴 著 横尾忠則 画 『奇縁まんだら』井上ひさし 著 『ボローニャ紀行』北村慶 著 『排出権取引とは何か』三宅勝久 著 『自衛隊員が死んでいく』
○類書紹介 P6   裁判員制度…いよいよ来年から導入される制度を、正しく理解するために。



座談会


箱根火山
噴火の新しいメカニズムをさぐる (1)

日本大学文理学部地球システム科学科教授 高橋正樹
神奈川県温泉地学研究所主任研究員 萬年一剛
神奈川県立生命の星・地球博物館学芸員 山下浩之
有隣堂社長 松信裕
 
 

右から、山下浩之氏・高橋正樹氏・萬年一剛氏と松信裕
右から、山下浩之氏・高橋正樹氏・萬年一剛氏と松信裕
<画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。>

書名(青字下線)』や表紙画像は、日本出版販売(株)の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売(株)が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.comの【利用規約】や【ご利用ガイド】(ともに外部リンク・新しいウインドウで表示)
を必ずご一読くださいませ。


    はじめに
 
松信  
  箱根火山とその周辺図 神奈川県立生命の星・地球博物館提供 *は神奈川県立生命の星・地球博物館特別展図録『箱根火山』より
  箱根火山とその周辺図
神奈川県立生命の星・地球博物館特別展図録『箱根火山』より
   

箱根は、火山の噴火でつくり出された美しい景観と豊かな温泉によって、日本を代表する観光地として古くから親しまれてきました。 箱根の山は従来、カルデラを持つ典型的な三重式の火山と言われ、その形成モデルのイラストや模型をご覧になった方も多いと思います。

ところが近年のさまざまな研究から、箱根火山の成り立ちの見直しが提案され、箱根の入り口(小田原市入生田)にあります神奈川県立生命の星・地球博物館で、2004年から2006年にかけて、総合研究が行われました。 その成果をもとに、同館では、隣接する神奈川県温泉地学研究所との共催で、特別展「箱根火山—いま証される噴火の歴史」が7月19日〜11月9日まで開催されています。

本日は、箱根火山を精力的に研究されている方々にご出席いただき、新たに判明した箱根火山の生い立ちについて、ご紹介いただきたいと存じます。

ご出席いただきました高橋正樹様は、日本大学文理学部地球システム科学科教授で、ご専門は岩石学・地質学です。 箱根・富士山などの火山にお詳しく、当社刊行の『伊豆・小笠原弧の衝突』でも箱根火山をご執筆いただいております。

萬年一剛様は、神奈川県温泉地学研究所の主任研究員でいらっしゃいます。 温泉地学研究所では温泉や地震活動、火山活動の調査・研究を通して地震火山災害の軽減や、地下環境の保全のための研究が行われております。 萬年様は、ご専門の火山地質学のお立場から長年、箱根火山を調査されております。

山下浩之様は生命の星・地球博物館の学芸員で、ご専門は岩石学です。 総合研究「箱根火山」および今回の特別展の中心となって活躍されております。


  ◇島弧と島弧の衝突境界にある火山
 

高橋

 

箱根は日本有数の観光地で、とくに神奈川の人にはなじみが深いところだと思いますが、地質学的に非常に奥が深いところです。

世界遺産を認定しているユネスコの支援プロジェクトに、ジオパークがあります。 これは、重要な地質遺産を使って地域経済を活性化させようというプランで、日本での登録はまだありませんが、登録に向けて、小田原・箱根ジオパーク協議会が、今年2月に発足しています。

松信

 

まず、箱根火山の特徴というのはどういうところでしょうか。

高橋

 

箱根火山は海洋プレートが地球内部に沈み込むことによってできた火山です。 地球の表面は、十数枚のプレートと呼ばれる岩盤で覆われています。 それぞれのプレートは太平洋や大西洋の海嶺[かいれい]で生まれ、年に数センチの速さで移動して、最後は海溝から地球内部に沈んで行きます。

  日本周辺のプレート
  日本周辺のプレート
   

伊豆半島から富士・箱根にかけての地域は、相模トラフ—国府津[こうづ]・松田断層—神縄[かんなわ]断層—駿河トラフを結ぶ線からフィリピン海プレートが北アメリカプレート、およびユーラシアプレートの下に沈み込み、さらにその下に、日本海溝から太平洋プレートが沈み込んでいます。 この地域はフィリピン海プレート、ユーラシアプレート、北アメリカプレートという3つのプレートが沈み込み境界で接する、地球上でもまれな沈み込み境界の三重会合点なのです。

北上するフィリピン海プレートの上にのっている伊豆半島の陸塊は密度が小さくて軽いためフィリピン海プレートと一緒に地球内部に沈み込めず、本州側の陸塊と衝突しています。 その前には、丹沢山地を構成する陸塊が本州側と衝突し、現在では本州の一部となっています。 本州は島弧[とうこ]で、伊豆半島や丹沢山地もフィリピン海プレート上の島弧の一部でした。 ですから、このあたりは島弧と島弧、つまり陸塊同士が衝突している、地球上でも珍しい場所なのです。

松信

 

複雑な場所ですね。

高橋

 

箱根火山から、伊豆大島、三宅島、南硫黄島まで連なるフィリピン海プレート上の火山列は伊豆・小笠原火山弧と呼ばれ、太平洋プレートがフィリピン海プレートの下に沈み込むことによってマグマがつくられてできたと考えられています。

この伊豆・小笠原火山弧最北端の箱根火山周辺は、島弧と島弧の衝突の現場であり、地球上で最も変動が激しく、変形速度が大きい場所の一つであるということがわかってきました。

丹沢山地と箱根火山の間にある酒匂[さかわ]川に沿った谷は、今から100万年ぐらい前にはトラフと呼ばれる深い海の底でした。 それが、伊豆半島が衝突することで押されて急激に隆起しました。 深い海の底にたまった新しい時代の地層が地表に現われて、しかもすごく変形しています。 そういう場所は日本では他には見られません。 また、島弧と島弧の衝突境界の上に噴出した火山は地球上でここだけという、世界でも貴重な火山なのです。


    富士山と箱根はタイプが違う火山
 

松信

 

富士山も火山ですが箱根とは形が違いますね。

高橋

 

富士山は箱根とは全く違うタイプです。 かつてはほとんどの火山は最初富士山のような形をしていて、時間とともに変化していくと考えられていましたが、富士山自体は非常に特異な火山で、日本列島では、単独の富士山型の火山はあまりないのです。 中でも、富士山はものすごく巨大な火山です。 富士山にしろ箱根にしろ、世界的に見ても、多分例のない火山です。

愛鷹[あしたか]山とか、現在の富士山の下に隠れている先小御岳[せんこみたけ]火山などが箱根に少し似たところがあると思います。

萬年

 

それは最近になって地殻にかかる力などの状況が変わったということですか。

高橋

 

現在の富士山が活動を始めたのは10万年前ですから、箱根よりずっと新しい火山です。 その違いには時間的な変化があると思いますね。


  ◇最初は複数の成層火山からなる箱根火山群を形成
 

高橋

 

箱根火山は、学問的にも有名な火山です。 1950年代に、東京大学教授で世界的な地質学者・岩石学者であった久野久先生が箱根火山の形成史を確立し、それが火山学の教科書に掲載されて学界に大きな影響を及ぼしたからです。

久野先生は、まず富士山のような円錐形の大型成層(複成)火山ができて、それが陥没して古期カルデラと古期外輪山ができたと考えました。 その後、再び、火山活動が活発になって、古期カルデラ内に溶岩からなる楯状[たてじょう]火山ができますが、大規模な爆発的噴火が起きて陥没し、新期カルデラと新期外輪山が形づくられます。 最後に新期カルデラ内に神山など現在の中央火口丘が形成されて三重式のカルデラ火山が完成したという説です。

この考えは、典型的な火山の一生を示すとみなされました。 この説によれば、現在の箱根火山は、火山の一生の晩年にあたることになります。

1970年代ごろまでは、箱根火山はこのように理解され、すべての火山はこのような歴史をたどると教えられていましたが、その後、調査研究が進み、箱根火山はいろいろな意味で見直されるようになりました。 その結果、箱根では、久野先生が主張したような富士山型の単一の大型成層火山として成長したのではなく、最初から、八ヶ岳のように比較的小さな円錐型成層火山の集合体であったということが明らかになりました。

山下

 

その中で最も古いのが天昭山[てんしょうざん]溶岩で、65万年前です。

高橋

 

ほぼ65万年前に箱根火山地域での陸上の火山活動が始まったということです。 そういう活動が23万年前ぐらいまで続き、金時山とか明星ヶ岳、明神ヶ岳などの、玄武岩[げんぶがん]質や安山岩[あんざんがん]質の小型成層火山からなる箱根火山群が、まずあったということがわかってきました。 現在では、箱根火山より少し古いとされていた湯河原火山まで入れて、箱根火山群と呼ぶようになってきました。


    箱根火山の土台は南の海で噴出した海底火山
 

松信

 

少し話を戻しますが、65万年前に箱根火山が陸上で活動する前の土台になっている地層には、どんなものがあるのでしょうか。

山下

 

箱根から伊豆半島、さらに南にかけては、大体1,500万年ぐらい前にできたといわれている湯ケ島層群と呼ばれる古い地層があり、箱根の近くでは湯河原の千歳[ちとせ]川の谷底で見られます。 これが箱根ではいちばん古くて下にある地層です。

湯ケ島層群の上には、もう少し新しい、大体500万〜400万年ぐらい前にできた早川凝灰角礫岩[ぎょうかいかくれきがん]と呼ばれる地層があって、早川や須雲川の谷底で見ることができます。

高橋

 

湯ケ島層群は変質して緑色になっているので、昔はグリーンタフ(緑色凝灰岩)と呼ばれていました。 タフというのは凝灰岩のことで、火山灰が固まってできた岩石です。 早川凝灰角礫岩は真っ白なことが多く、あまり緑っぽくない。 それで、箱根火山の下に出てくる、少し古そうな緑色の岩石も湯ケ島層群と呼ばれてきました。

松信

 

こういったものは、みんな海底に堆積したものですか。

高橋

 

箱根の土台となっている地層は、すべて海底火山から噴出したものです。 水深200〜500メートルぐらいの深さの海底に堆積したものと考えられています。

岩石に保持された古地磁気を使って調べると地層が堆積したときの緯度が分かるのですが、それによると湯ケ島層群は今よりずっと南の方の海で堆積しているのです。

ですから、箱根の土台になっている海底火山も、昔はずっと南の方にあって、フィリピン海プレートとともに北上してきており、その上に、現在の箱根火山ができたということになります。


  ◇複成(成層)火山と単成火山
 

高橋

 

火山は、複成(成層)火山と単成火山に大きく分けられます。

複成火山は、ほぼ同じ火口から噴火して溶岩と火砕岩[かさいがん]が繰り返し積み重なり、富士山のようなきれいな円錐形になります。 火砕岩というのは、ハンマーで砕いた溶岩を集めたような岩石です。

単成火山は、1回噴火すると、2度と同じ場所からは噴火しないで、次には別のところから噴火する火山のことです。 つまり、マグマの通路(火道[かどう])が安定していて繰り返し使用されるのが複成火山、非常に不安定でマグマがどこにでも出てくるようなタイプの火山が単成火山です。

プレートの運動により地殻がギュウギュウと押されていると、火道は1つの所に安定して複成火山ができやすくなります。 逆に引っ張られていると開口割れ目ができやすいので、単成火山群が発達するという考え方が一般的です。

引っ張られて開いている割れ目にマグマが入ってきて岩脈[がんみゃく]ができ、それが地表に到達して単成火山をつくります。 この場合、岩脈の大部分は地表まで到達せず、地下で群発地震が起きるだけで終わってしまうことが多いのです。

65万年ぐらい前から23万年ぐらい前までは、箱根では小型の複成火山がたくさんできたわけですが、複成火山でも小型のものがたくさんできるところは、少し不安定な場所なんです。


    箱根からはあらゆるタイプの火山岩が出てくる
 

高橋

 

マグマの組成の中でほぼ50%以上を占めているのが、珪酸[けいさん](SiO2)という珪素と酸素の化合物で表される成分です。 珪酸成分が少ない50%ぐらいの火山岩を玄武岩と呼びます。 珪酸分が少ない分だけ鉄とかマグネシウムが多いので、色は黒っぽくなるんです。

最も珪酸成分の多いのが、珪酸が70%以上入っている流紋岩[りゅうもんがん]です。 63〜70%がデイサイト、53〜63%が安山岩で、日本列島の火山岩は、そのほとんどが安山岩です。 玄武岩と流紋岩、それにデイサイトは、比較的珍しいんです。

箱根も安山岩が一番多く、次に玄武岩が多い。 しかし、箱根ではデイサイトとか流紋岩も多く見られます。 箱根はあらゆるタイプの火山岩が出てくる、火山岩の博物館みたいなところなんです。 これだけいろいろな種類の火山岩が多くみられる火山は日本では珍しいんです。

つづく次のページへ


ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.