Web版 有鄰

541平成27年11月10日発行

有鄰らいぶらりい

職業としての小説家
 村上春樹:著/スイッチ・パブリッシング:刊 1,800円+税

職業としての小説家
『職業としての小説家』
スイッチ・パブリッシング:刊

1978年4月、著者はプロ野球の開幕戦デー・ゲームを見に行き、「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」と思った。書きあげた小説『風の歌を聴け』により、翌七九年、著者は作家としてデビューした。本書は、35年以上小説家を職業にし、今や世界的な作家となった著者が、どのように小説を書き続けてきたかを綴った自伝的エッセイである。

まず第1回「小説家は寛容な人種なのか」で著者は、小説家の多くは〈円満な人格と公正な視野を持ち合わせているとは言いがたい人々〉と記す。しかし、職業ジャンルにおける排他性に関しては、小説家は寛容さを発揮し、専門外からの参入者を排斥しない。なぜかというと、「小説なんて」書こうと思えば誰にでも書けるから。ただし、小説家として長く留まり続けるのは簡単ではない――。

読者に語りかけるスタイルで書かれ、第2回「小説家になった頃」、第3回「文学賞について」、第4回「オリジナリティーについて」など計12回の講演風エッセイで読みやすい(最後の“河合隼雄先生の思い出”は講演原稿を収録)。小説家であり続けるために、著者がどのように生きてきたか。仕事のペース配分や心身の鍛錬など、作家志望者以外にも参考になる、珠玉のヒントの数々だ。

帰蝶』 諸田玲子:著/PHP研究所:刊/1,700円+税

“美濃のマムシ”と恐れられた猛将、斎藤道三の娘・帰蝶は、天文18年(1549)、15歳で尾張・織田家の嫡男、信長に輿入れした。嫁して9年、ともに聡明で剛毅な気性の帰蝶と信長の仲は悪くなかったが、夫婦の間に子が産まれない。子は家の宝であり、妾腹の子は生母と離され、正室の子として育てられる慣わしだった。すでに奇妙丸(のちの信忠)を嫡子として養育する帰蝶の耳に、夫がまた新たな子を産ませたという報告が入る。うろたえる帰蝶はある日、京の商人・立入宗継と出会う。

嫁いだ頃は今川家の脅威にさらされる小勢力だった織田家は、破竹の勢いで伸長する。天下布武を宣言し、女子供さえ殺戮する信長は、八方破れで好悪が激しいが、思慮深く、情の深さも持ち合わせていた。得体の知れない夫を恐れながら平静を装い、帰蝶は織田家の奥をとりしきり、戦乱の世を生きる――。

織田信長の正室でありながら、謎に包まれた帰蝶(濃姫)の生涯を描く。異母兄の玄蕃助と同母弟の新五、明智光秀ら、“美濃衆”の動きに注目した独特の史観に立ち、本能寺の変をめぐる人間模様を女性の目線から浮き彫りにした。政略と戦乱に翻弄された女性たちの姿と、彼女たちが見た光景を生き生きとよみがえらせた快作である。

星球』 中澤日菜子:著/講談社:刊/1,500円+税

本が好きで、空想にばかりひたって恋の経験がなかった「わたし」は、大学に入って演劇と出会った。新進演出家の若槻さんから台本を依頼され、大学生との二束のわらじで劇場に通う中、若槻さんに恋をする。ある日、劇団員たちと若槻さんの部屋にあがりこみ、大人のリアルを見てしまう(表題作)

元商社マンで68歳の武雄は、妻に先立たれて話し相手が猫だけになり、再婚活動を始める。「出会いの会」で誰からも選ばれず、気を取り直して別のパーティーに参加し、感じのよい女性と親しくなるが……(「The Last Light」)

美人だがわがままな彼女に振り回される怜史は、南アルプス山麓の工場に出張して星空を見上げ、しばらく遠ざかっていた天体観測を再開する。星見スポットの駐車場で、だいぶ年上の白さんと出会い、大らかな彼女に惹かれていく(「ほうき星」)

星球(星を模した小さなライト)、太陽に向かうほうき星、病院の窓から見えた半月など、天体のディテールを絡め、人々の恋愛と悲喜を描く。
〈短い人生のあいだに、たったひとりでもいい、誰かの一等星になれるなんて、すばらしいことじゃないかなあ〉。
星空を見るときのように心がしずまり、温かくなる。6編を収める短編集。

ダンスチームLOVE JUNX
 牧野アンナ:著/角川春樹事務所:刊/1,500円+税

「日本映画の父」と呼ばれた牧野省三を祖とする芸能一家、マキノ家に生まれた著者は、父のマキノ正幸について1972年、1歳で沖縄に渡った。父が創設したタレント養成所・沖縄アクターズスクールに11歳で入学。14歳で上京して歌手デビューするが挫折し、沖縄に戻り、インストラクターになった。

なかなかスターが生まれないスクールに現れたのが、11歳の安室奈美恵だった。特待生として入学した彼女はめきめき頭角を現し、アイドルグループを結成することになる。スターになる夢をあきらめきれなかった著者も加わるが、父に「おまえは表じゃないよ。絶対に裏だから」と言われる。同じ舞台で彼女の天賦のオーラを目の当たりにした著者は、再びインストラクターに戻るのだが……。

現在、ダウン症のある子たちにダンスを教える「LOVE JUNX(ラブジャンクス)」を主宰、AKB48、SKE48の振り付けを担当する著者が、半生を綴る。著者は今、歌とダンスと生きる楽しさを、全身で味わっている。ダウン症のある子たちと出会い、家柄も肩書きもなく、指導者自身が生徒から信頼されなくてはダメなのだと悟るなど、挫折と苦悩を通してつかんだ、大切なことを伝えるノンフィクション。

(C・A)

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