Web版 有鄰

546平成28年9月10日発行

有鄰らいぶらりい

落陽』 朝井まかて:著/祥伝社:刊/1,600円+税

落陽
『落陽』
祥伝社:刊

1912年(明治45)7月、大衆紙「東都タイムス」で華族や財界人、女優らの消息を書き散らし、醜聞を種に裏稼ぎも行っていた新聞記者の瀬尾亮一は、ネタ元から「天皇陛下、ご重体」と聞き込み、スクープを狙う。だが、ご容態を知らせる号外が政府の官報として出され、数多くの国民がご回復を願って宮城前にひれ伏す中、天皇崩御が告げられた。

元号が大正に変わり、先帝の陵墓が京都に造営されることが内定する一方で、渋沢栄一ら、在京の実業家たちが明治神宮の造営に動きだす。近代国家にあって、明治天皇が類まれな思慕を集めるのはなぜなのだろうか。問いを抱いた亮一は、敏腕記者の伊東響子とともに「神宮造営」の取材にのめり込む。東京を舞台に、“永遠に続く杜”づくりが始まった――。

全国から献木されたおよそ10万本が植栽され、現在は都心にあって森厳な空間を形づくり、人々の憩いの場となっている明治神宮の創建を題材にしている。神宮造営という大プロジェクトを通し、明治時代と明治天皇に迫る渾身作だ。変わりゆく世の中でやさぐれていた青年が、取材を通して生き直していく青春小説でもある。2014年に『恋歌』で直木賞を受賞し、めきめきと実力を増す作家の最新書き下ろし長編小説。

ラストナイト』 薬丸 岳:著/実業之日本社:刊/1,500円+税

59歳になる片桐達夫は、人生の半分以上を刑務所で過ごしてきた。27歳のときに初めて刑務所に入ってから、4度の服役を繰り返してきたのだ。だが、累犯者でありながら、思慮深く物静かで、服役中に問題を起こしたことは一度もない。4度目の服役を終えた彼が、向かった先はどこだったのか?

4年前に妻を亡くし、後継者と定めた娘婿とともに居酒屋「菊屋」を営む菊池正弘の前に、35年来の友人で刑務所を出所したばかりの片桐達夫が現われる。顔には刺青、左手は義手という物騒な容貌の旧友は、ほどなく店で騒ぎを起こし、菊池は距離を置くことにする。

仙台の弁護士、中村尚の前に、5年前に弁護を担当した片桐達夫が現われる。出所したばかりというが、名うての累犯者の彼は、また罪を犯すのではないか。気になった中村は、上京して「菊屋」の菊池正弘から事情を聞き、片桐の別れた家族の消息を尋ねることにする――。

友人、弁護士、家族ら、それぞれに悩みを抱える人々の視点から、ひとりの男の人生を浮き彫りにする長編ミステリー。2016年、『Aではない君と』で吉川英治文学新人賞を受賞した著者の、受賞第1作。解き明かされる「真実」に唸る、極上のクライム・ノベルである。

ペリー来航』 西川武臣:著/中公新書:刊/760円+税

1853年(嘉永6)7月8日、ペリー率いるアメリカの東インド艦隊が浦賀沖に来航し、翌年3月31日、横浜村(現・横浜市中区)で日米和親条約が結ばれた。ペリー来航といえばこの間の出来事を指すことが多いが、ペリーは海上交通の要衝、琉球王国とも交渉を行っており、那覇沖に来航した1853年5月26日からの412日間、東アジア海域で広く軍事行動を展開している。

本書は、19世紀初頭、産業革命を成し遂げた諸国が海外市場を求めて日本近海に来航するようになった“前ぶれ”の頃から書き起こし、多くの人々が初めて西洋人と西洋文明に遭遇した一大事件をつぶさに描きだす。浦賀沖来航以前にペリー艦隊が琉球に上陸し、住民への発砲事件やアメリカ人水兵めて考え殺害事件も発生しながら、琉米修好条約に至る逸話も興味深い。

無役の御家人だった勝麟太郎(海舟)ら、在野の蘭学者のネットワーク。横浜村での交渉と、幕府の方針転換。西洋と初めて接した人々の好奇心の高まり。そして条約締結後の動きなど、数多の資料から当時を活写する。吉田松陰のポーハタン号乗船事件などを読むと、ペリー来航がその後の日本にとり、いかに大事件であったかを改させられる。歴史読み物としてスリリングな一冊だ。

蠕動で渉れ、汚泥の川を』 西村賢太:著/集英社:刊/1,600円+税

〈17歳の身体壮健、容姿80点以上の若武者〉と自分を自負する北町貫多は、父親の起こした刑事事件により生まれ育った東京都江戸川区を離れ、中学卒業後、一人暮らしを始めた。学歴や年齢の制約でアルバイトの口は少なく、勤勉でもないので、クビになっては、パート勤めの母親から生活費や家賃をむしり取る始末だった。

そんなある日、〈洋食レストラン自芳軒〉〈週払い可〉〈制服貸与、食事付き〉と書かれた求人を見つけ、かねてから憧れめいたものを抱いていた飲食店のアルバイトに応募して採用される。四十がらみの人の好い店主や、青森県出身のコック・木場らと出会い、店主の温情で「自芳軒」の屋根裏部屋に住み込ませてもらう。次には社員としての道を打診する青写真を描いたのだが……。

全財産は、毛布と衣類、20冊程度の文庫本のみ。〈その辺りが、ぼくと、この二束三文のどうしようもない負け犬どもとの最大の違いだよなあ……〉。月払いのまともな仕事に就いて生活を立て直そうと目論む貫多だが、はちきれんばかりの自意識と行状により、生きるための試練にあえぐ。昭和期の飲食店を舞台に、自負と現実の狭間で葛藤する17歳の内心をありありと描き、どこかユーモラスな長編私小説である。

(C・A)

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