Web版 有鄰

524平成25年1月3日発行

有鄰らいぶらりい

残り全部バケーション』 伊坂幸太郎:著/集英社・刊/1,400円+税

両親が離婚することになった父、母、娘の3人家族。「解散」当日、引っ越し業者を待つ時間をもてあまし最後の家族会議をしていた最中、父のPHSにメールが入る。見ず知らずの相手からの『友達になろうよ』という胡散臭いメールに、父と母が反応。3人は、銀色のコンパクトカーを運転してやって来た「岡田」と名乗る男とドライブをすることになる。

岡田は20代。体格がよく見た目も悪くないが、二重瞼の目つきが怖くて、明らかに柄が悪そう。この岡田は、「溝口」という中年男とコンビを組み、法律から少し外れた細々とした仕事、つまり「裏稼業」の下請けをしている男だ。非合法な仕事の大半は「毒島」という男から発注されており、ふたりは毒島のもとから独立したのだが。

3人家族が岡田と出会う第1章、父親から虐待を受けている少年が、岡田、溝口と出会う第2章など、”裏稼業コンビ”を軸に展開していく長編小説。1章ずつ短編としても楽しめる5つの章を、いくつもの伏線を張り、長編に仕立てた手際が鮮やかだ。第3章「検問」では、検問にぶつかって緊張する車内を、車に閉じ込められた女性の視点から描くなど、情景と心情がなめらかに切り替わる。人物それぞれが、それぞれに人生の時間を刻んでいる。

初陣物語』 東郷隆:著/実業之日本社/1,600円+税

場数を踏み、名将として生き抜いた者もいれば、やがて慢心し、討たれて散る者もいた。戦国時代の人々はいかに戦ったのだろうか。

英傑、織田信長の初陣は天文16年(1547)、14歳でのぞんだ吉良大浜の戦いだった。初陣当日、「鎧は重い」と浴衣染め姿でうそぶく信長を、父・信秀は叱責。日頃と違う父の激怒ぶりに驚き、信長は織田家の嫡男として、赤筋の頭巾、羽織、馬鎧を身につけ、華々しく出陣する。傍らに付き添う、老臣・平手政秀が目にした信長の初陣とは(大浜焼き)。

土佐の豪族、長宗我部国親は、嫡男・元親の将来を危ぶんでいた。生来性格がおとなしく「姫若子」とあだ名される元親は、はや22歳。そろそろ戦さ場にかざす頃合いと国親が思い始めた矢先、仇敵の本山氏を攻める時機が到来し、元親は長浜の戦いで初陣を飾る。噂に高い「姫若子」は、戦場でどのような姿をみせたのか(百足椀)。

そのほか、今川家の配下に組み込まれて辛酸をなめた三河侍の生涯と交え、松平元信(のちの徳川家康)の17歳の初陣を描いた「三州寺部城」など、計9編を収録。「初陣」に焦点をあて、名将から無名の兵まで、戦国の人々の生きざまと覚悟を活写した傑作ぞろいだ。人々の姿から学ぶものはとても多い。

狼の群れと暮らした男
ショーン・エリス+ペニー・ジューノ:著/小牟田康彦:訳/築地書館/2,400円+税

狼の群れと暮らした男・表紙画像

狼の群れと暮らした男
築地書館:刊

1964年、英国イングランド、ノーフォーク州の片田舎に生まれた著者、ショーン・エリスは、貧しいながらも幸福な幼少期を過ごした。祖父の死で生活が暗転。家畜を襲うキツネをかばって村人と対立し、シングルマザーで働きづめの母に反抗した。

軍隊生活を経て単身渡米し、ネイティブ・アメリカンが管理するオオカミの群れと親しむ。さらには野生オオカミとの接触を求め、ロッキー山脈に単身分け入り、野生の群れとの接触に成功。仲間として受け入れられた。

本書は、2年に及ぶ野生オオカミとの共棲を成し遂げた著者の半生記。群れと暮らした後、著者は「人間の世界とオオカミの世界の仲立ち」をライフワークに定め、飼育オオカミの養育に没頭する。

日本をはじめ、多くの場所で絶滅、もしくは絶滅の危機に瀕しているのに、オオカミはいまだに月の光によって狩りをするような、獰猛な動物として語られている。しかし、著者が山奥で目撃した野生オオカミは、本性の片面として優しさと思いやりをも持ち合わせ、食べるため以上の殺生はしない動物だった。群れは規律に富み、ごまかしや悪意がない世界だった。

稀有な体験にもとづく記録。人間中心の文明のあり方に警鐘を鳴らし、種の保存の大切さを訴えている。

海の見える街』 畑野智美:著/講談社/1,500円+税

海に面した街の市立図書館で司書として働く「僕」(本田)は、32年近い人生において、彼女がいたのは大学時代の半年間だけ。勤務先はベテラン職員が多く、3年目の日野さん以外に20代はいない。一人暮らしの部屋でインコのマメルリハを飼い、特に変わりなく穏やかに暮らしていた「僕」の日常に異変が起こる。同期の和泉さんが産休に入り、7月から派遣の人が来ることになった。その人、鈴木春香は、日野さんと同年の25歳。地味な日野さんと対照的に、しゃがむと下着が見えそうなミニスカートに、10センチ近いヒールを履いている。何者なのだろうか(「マメルリハ」)。

鳥のように気まぐれで自由奔放な春香が派遣職員として来てから1年間に起こる変化を、本田、日野、児童館職員の松田、そして春香の、20、30代の男女4人の視点から描く。奥手で彼女がいないままただ時が過ぎたり(本田)、オタクすぎて引かれたり(日野)、性癖を抱えていたり(松田)。「普通」から少しずれて、屈託した男女の気持ちが、じょじょに交差していく。「マメルリハ」「ハナビ」「金魚すくい」「肉食うさぎ」の四編からなる、連作中編集。著者は1979年生まれで、2010年にデビュー。伸びざかりの新鋭作家による3作目である。

(C・A)

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