Web版 有鄰

512平成23年1月1日発行

有鄰らいぶらりい

とかくこの世はダメとムダ』 山本夏彦:著/講談社:刊/1,600円+税

とかくこの世はダメとムダ・表紙

とかくこの世はダメとムダ
講談社:刊

「読者はノミに似て、作者が死ぬとクモの子を散らすように去る」

没後、満8年になる著者の生前の言葉である。では、夏彦氏自身はどうかというと、単行本未収録のこの本に続き『茶の間の正義−山本夏彦とその時代①』(ワック)というシリーズまで出始めた。夏彦の読者はノミではなかったのである。

「汚職は国を滅ぼさないが、正義は国を滅ぼす」「やはり職業には貴賎がある」「何用あって月世界へ 月はながめるものである」など、氏の言葉はほとんど世論(『茶の間の正義』)を逆なでするものである。この本にも「総理にもっと給料を」「むしろ偏向せよNHK」「教育の普及は浮薄の普及」などが並んでいる。総理の給料では、「私は国民のケチなのに(中略)やきもちやきなのに驚いている」と言い、「かりにも一国の総理である。月給1億出せ。何を驚くか。月給1億出して、その場で8千5百万は税金だからと差し引けば、総理は税金の高いことを生まれて初めて知って、以後本気で減税を考えるだろう」と書く。

「失礼の国『中国』」という世論にぴったりな言葉もある。ただし、この文章が発表されたのは昭和46年11月。中国への贖罪を言い立てる「ニセの良心」がはびこっていた頃である。

魔女のスープ』 阿川佐和子:著/マガジンハウス:刊/1,500円+税

まだそんな歳でもあるまいに「残るは食欲2」と副題がついている。要するに食をめぐるエッセイ・シリーズの第2集である。ホットドッグ、鮭弁、納豆、かつぶし弁当…と庶民的な食べ物の話が多く親しめるが、目立つのは、その節倹(ケチ?)ぶり。

たとえば「ツマの言い分」では、他人の皿に残されるパセリや大根のツマが気になって仕様がない。豆腐の田楽などに乗った木の芽が残ったのを見て、もったいない、高いのよと思う。吸い物の柚子の皮を除ける人を見て、口に入れればさらに香りが広がっておいしくなるのに、と椀の蓋に残された皮を拾ってやりたい衝動にかられる、という。

だが、節約のための失敗もある。アメリカへ行ったとき成田空港で買ったお土産の明太子に冷蔵庫なしで3日がかりの旅をさせる。一緒にインスタント出し汁の素を、差し出したら、あとで「賞味期限2005年となっていた。相変わらず物持ちいいねえ」と言われ、絶句する。

冷蔵庫の残り物を次々と放り込み、「どれがキャベツでどれがホタテでハムか、どれが魚の骨でどれが香菜の根っこだか」分からなくなり、食べるたびに何かを加えるので量が増えていき「赤茶色く怪しい姿」に変貌したのが「魔女のスープ」である。

カション幕末を走る』 高杜一榮:著/文藝春秋:刊/1,429円+税

1855年、宣教師として来日、日本語を習得してフランス公使レオン・ロッシュの片腕となり、日仏外交に活躍したメルメ・カション。恋しあってその妻(当時は外国人との結婚が認められないため公的には側女)となったお梶。2人の語りで物語は進む。

著者は外務省の外交資料館で「ワレナポレヲン、テンシュノメイアリテ」に始まるカタカナの文章を発見。それが日仏通商条約のとき、通訳となったカションが書いたものであると知って驚く。

さらに、第14代将軍、徳川家茂がナポレオン3世に出した書面のフランス語訳を、2003年、パリの外交資料館で発見した日仏関係史研究家のクリスチャン・ポラック氏から取材。日仏外交を始めたのは、通説である第15代将軍、徳川慶喜ではなく、家茂だったという新事実を元にこの物語を展開している。

家茂はフランスからの借款で造った横須賀製鉄所などの事業を始めたという事実を、未来永劫、秘密にしてほしいと公使とカションに依頼。2人はこれを守り回想録などを一切残していないという。

薩摩についた英国と、幕府と組んだ仏側の動き。カションからフランス語を習い、外国奉行となった栗本鋤雲との親交や、カションとお梶の波乱に富みながら愛情に満ちた生活がドラマチックに交錯。幕末史の見直しを迫る日仏外交秘話である。

荷風 百閒 夏彦がいた』 大村彦次郎:著/筑摩書房:刊/2,300円+税

永井荷風、内田百閒、山本夏彦の3人を題名に選んだのは「語呂合わせのよさから」。「頑固でつむじ曲りで、ひと筋縄ではいかず、つねに文壇の外にいた点では共通している」という。昭和元年から末年まで、文壇人たちのエピソードのたぐいを、何と三百余話も集めている。出てくる作家は、谷崎潤一郎、与謝野晶子、吉川英治、直木三十五、井伏鱒二、太宰治…と、まさに綺羅星のごとく、話も多彩。

たとえば骨董に対する傾倒と審美眼では専門家も舌を巻いたという川端康成。昭和39年、ノルウェーのオスロで開かれた国際ペン大会に日本ペン会長だった川端も出席した。その帰途アメリカへ回ることになり、テレビ小説を渡すという約束でNHKから600万円を前借、300万円は夫人に渡したが、残りは出発しない前から骨董に消えた。

『週刊文春』のトップ屋をしていたころの梶山季之が、急な取材で出張費を請求すると断られた。理由は川端が骨董を買うので、あるだけのキャッシュをくれと経理から金を持ち去ったため。世界ペンには平林たい子と円地文子も出席したが、川端が2日ぐらい遅れていると、外国人たちは2人に、「カワバタはまだか?」とばかり聞いたという。

(K・K)

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