Web版 有鄰

559平成30年11月10日発行

塩田武士と『歪んだ波紋』 – 人と作品

記者時代の経験を盛り込んだ「情報」に関わる人間模様

塩田武士氏
塩田武士

「誤報」がテーマの短編集

新聞、テレビ、放送、ネットメディア。何気なく目にしている情報は「真実」なのか? 18万部のベストセラー『罪の声』から2年。著者初の短編集である。

「手応えのある短編が書けたかなと思えても、まとめて1冊にするイメージが湧かなくて、短編集を出さずにいました。一編一編がいい塩梅で繋がり、全体が回収されるような短編集を書きたいと思っていたんです。それにはテーマが必要で、『誤報』というテーマが見つかった時、いけるかもしれないと。いつか書かなきゃと思っていて、やっと挑戦できた1冊です」

冒頭作「黒い依頼」の主人公は、地方紙の中堅記者、沢村だ。振替休日を取り、雑誌や朝刊の記事に目を通していた彼は、社会部デスクに呼び出され、ひき逃げ事件の取材に向かう。1編目に続き、リタイアした元記者や、記者を辞めた女性ら、多様な人物を軸に、誤報をめぐる5つの物語が展開していく。

「僕らは、ウィンドウズ95の発売や携帯電話の普及など、20世紀末から引き続く『構造変化』を背負った世代だと思います。ジャーナリズムも構造変化にさらされる事象のひとつ。新旧メディアのパワーバランスが変わる中、情報の『虚実』は大きなテーマになってくる。ジャーナリズムの観点から、誤報について、1度整理して書いておきたいと考えました」

1つの情報が、人の生活にどう影響を及ぼすのか。情報はどのように生まれるのか。記者時代の経験や創作を巧みに練り込み、情報に関わる人間模様を描きだした。

「沢村が殺人事件の取材を思い出す場面は、僕の経験によります。葬儀の写真を撮りながらかわいそうに思うことと、記録することは全く別だとその時に学んだんですね。真実だと思ったものに根拠なんてなかった、真実というのはもっと厳しいものだと痛感して、いつか書こうと思っていた経験の1つでした」

5編にはそれぞれ、誤報と虚報、誤報と時効、誤報と沈黙、誤報と娯楽、誤報と権力という、さらに細分化されたテーマがある。人物一人一人の心理や行動を丁寧に描写することを心がけ、誤報のテーマを描き切ることを志向した。結果、今のジャーナリズムにまつわる事象が網羅された短編集になっている。

「リアリティに重きを置いていますから、すかっとさせる話ではないんです。しかし、社会と小説は実際には生々しいもので、最後のページを閉じた時に勝負が始まると思っています。読まれた方一人一人違うと思いますが、そこで何を考えてくれるのかが大事。あらゆることがネットで済ませられる時代だからこそ、『虚実』は大きなテーマになる。真実を知るのはすごく難しい。ただ、真実を知る数少ない方法の1つは、『現場』だなと。これ以外に何かあるかと言えるほど、現場に行って自分の目で見ればある程度は分かる。それでも信用しきれないのが情報の本当のところだと思います」

目指す小説は今の社会や人間を描いているもの

1979年、兵庫県生まれ。関西学院大学社会学部卒。新聞社在職中の2010年『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞してデビュー。2016年『罪の声』で第7回山田風太郎賞。著書に『女神のタクト』『氷の仮面』、2018年本屋大賞の候補になった『騙し絵の牙』などがある。

「母親が松本清張さんや森村誠一さんのファンで、本の感想を聞かされて育ちました。いじめでカメを盗まれるとか、人間てひどいな、悪意ってそんな深いんだと、母を通して社会派の素養を植えつけられました(笑)。元々は漫才師になりたかったのが、小説でエンターテインメントをやろうと決めたのは19歳の時、藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』を読んでです。自動車教習所の待ち時間に読み始め、気がついたら学科の授業が終わっていた。時間が飛ぶほど人を惹きつける小説ってすごいなと、その日から書き始めました」

これから書くテーマとして、「構造変化」を挙げる。

「変化についていけない人、新しいことをやろうとしている人の中にドラマがあって、現代的です。ドラマを最も表現できるのは何かというところで、題材を決めていきます。ああ、人間を今読んでいると思える瞬間に、僕自身は読書で充実感を覚える。今の社会や人間について、読んで感じたり考えてもらったことが、また社会に広がっていく。それが、僕の目指す小説だと考えています」

(青木千恵)

『歪んだ波紋』・表紙

歪んだ波紋
塩田武士/講談社/1,550円+税

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