Web版 有鄰

559平成30年11月10日発行

有鄰らいぶらりい

ひとつむぎの手』 知念実希人:著/新潮社:刊/1,400円+税

『ひとつむぎの手』・表紙

『ひとつむぎの手』
新潮社:刊

純正会医科大学附属病院で働く平良祐介は、学生時代から一流の心臓外科医になりたいと志してきた。執刀医になるには、手術数の多い病院で腕を磨く必要があるが、心臓手術のない病院に出向すれば夢は断たれてしまう。焦燥を抱えながら激務をこなす祐介だったが、ここ数年、心臓外科学講座は医局員が減り、一人一人の負担が重くなる悪循環に陥っていた。

そんな折、心臓外科のトップで、日本有数の執刀医でもある赤石教授に呼び出された祐介は、3人の研修医を指導し、最低2人を心臓外科に入局させるように言われる。指導医を引き受けた祐介だったが、個性豊かな3人となかなかうまく折り合えない。

さらに、「赤石教授が臨床試験のデータを改ざんし、賄賂を受け取っている」と告発する怪文書が出回る。混乱する医局の中で仕事に取り組み、怪文書の真相を探る祐介の努力は実るのか――。

2012年にデビューした著者は、『仮面病棟』や「天久鷹央」シリーズが人気を博し、『崩れる脳を抱きしめて』が2018年本屋大賞にノミネートされるなど、多くの読者に支持されている。本書は、現役医師である知見を生かして描き上げたヒューマンドラマだ。真面目で優しい祐介と、研修医、患者との心の交流に胸打たれる。

深淵の色は 佐川幸義伝』 津本 陽:著/実業之日本社:刊/1,700円+税

剣道三段、抜刀道五段で武術全般に造詣が深く、数々の剣豪小説や武道小説、歴史小説で知られる著者が、武道家の佐川幸義(1902―1998)と初めて会ったのは昭和62年(1987)のことだった。大東流合気柔術の中興の祖・武田惣角の直弟子で85歳になっていた老武道家が、柔らかな所作で相手の力を抜き取り、ねじ伏せる稽古を目にし、著者は佐川道場の門人になった。

四半世紀が過ぎた平成27年(2015)9月、筑波大学名誉教授で大東流合気佐門会の理事長でもある木村達雄氏から連絡を受けた著者は、佐川幸義先生の次男・敬行氏が、84歳で老衰状態だと知る。先生が死去して10年以上が経ち、おもかげを辿るたびに底知れなさを感じていた著者は、先生の生涯をふたたび探り、合気の神髄に近づこうと試みる。

〈人間は進化しなければ退化していく。同じところに停まることはない〉と直弟子の木村氏に語っていたという先生は、年齢を重ねるにつれて進化し、力の世界を超越しながら、自分を全く誇示しなかった――。門人の証言や新たに発見された資料を通し、達人の神技の深奥に迫る。武術の極みを語りながら、人の生き方を思索する。今年5月に急逝した著者の遺作となった、渾身の評伝である。

緑の花と赤い芝生』 伊藤朱里:著/中央公論新社:刊/1,600円+税

子供の頃、家庭科が1番好きな授業だったのは、志穂子の方だ。食べ物に含まれる栄養素と役割、効率的な摂取方法などを知ることにワクワクしたのは、人生で最初に知った「学問の喜び」だった。しかし、いろいろ追究したくて料理をすると、母にこう言われた。「料理は栄養ももちろん大事だけど、なにより食べてくれる相手のことをきちんと考えて、愛情をこめて作らないといけないのよ」

子供の頃、家庭科が嫌いだったのは杏梨の方だ。家庭科の女性教師がちょっと怖い人で、子供たちを通してなにかと戦っていたのだ。〈女は家事をして男が働くのが当然という感覚自体、いまの時代にそぐわない〉のかもしれないが、杏梨は結婚をしてクッキングスタジオに通う。自分が家事をしたいから。

専業主婦の母に育てられて、理系に進み、企業で研究開発職に就いている志穂子。厳格な教師の母に女手一つで育てられ、家庭第一で生きていきたい杏梨。杏梨が志穂子の兄と結婚したため、ともに27歳の2人が義理の姉妹となり、物語が始まる。

2015年に第31回太宰治賞を受賞し、『名前も呼べない』でデビューした注目の作家による書き下ろし長編。対照的な2人の女性の葛藤を繊細に描き、2人がどうなるのか引き込まれる。

童の神』今村翔吾:著/角川春樹事務所/1,600円+税

なぜ我らが蔑みを受けなくてはならないのか。

「童」とは大陸から入ってきた言葉で、雑役者や僕[しもべ]を意味する。京の人々は身の回りの世話をする者をそう呼ぶのと同時に、朝廷に帰属しない者を蔑み、童と呼んだ。天慶3年(940)に鎮圧された平将門の遺臣や子が集う愛宕山の盗賊「滝夜叉」。大和葛城山の「土蜘蛛」。そして丹波大江山の「鬼」など、恐ろしげな名で呼ばれ、童と蔑まれる人々は、朝廷軍との争いを絶えず起こしていた。

醍醐天皇の第十皇子、源高明が失脚した安和の変[あんなのへん]から6年後の天延3年(975)。安倍晴明が「有史以来最悪の凶事」と定めた日食の最中に越後で生まれた桜暁丸は、有力者の子でありながら「禍の子」と呼ばれていた。母の容姿を継ぎ、鳶色がかった瞳を持つ美丈夫に成長した桜暁丸は、京人に父と故郷を奪われてしまう。故郷を出た桜暁丸は復讐を誓った――。

デビュー作『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』(祥伝社文庫)で2018年、歴史時代作家クラブ・文庫書き下ろし新人賞を受賞。「羽州ぼろ鳶組」や「くらまし屋稼業」の文庫シリーズが好評を博している著者が、第10回角川春樹小説賞を受賞した長編作である。平安時代を舞台にした、血湧き肉躍る歴史エンターテインメントの快作だ。

(C・A)

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