Web版 有鄰

561平成31年3月10日発行

鏑木 蓮と『残心』 – 人と作品

老老介護の末の無理心中事件
取材の先に見えてきた真実とは?

鏑木 蓮氏
鏑木 蓮

観光都市・京都が抱える高齢化問題

老老介護の末の無理心中事件――。人間と社会が抱えるさまざまな闇と対峙する、長編ミステリーである。

「読者にとって入りやすく、かつ深いテーマがあるものをと、書下ろしを依頼されたのが始まりでした。かねてから老老介護の題材を考えていて、重すぎますかと相談したら、書いてくださいと。暗くなりすぎないように若い女性を主人公にして、ストーリーを練っていきました」

主人公の国吉冬美は、京都市の地元情報紙『A☆LIVE』で働く記者兼イラストレーター。岩手県の出身で、漫画家になりたくて京都の美術系大学に進学したが、漫画家として芽が出ず、記者になった。ある日、憧れのルポライター、杉作舜一が京都に来ていると知り、心躍らせる。杉作が取材していた夫婦が無理心中を遂げ、冬美は、死の背景を探ろうとする杉作の調査を手伝うことになる。

「『エンドロール』(2011年刊『しらない町』の改題文庫化)では孤独死を描いたのですが、あの時は、孤独死という最期の出来事だけで、人一人の人生を判断する見方に疑問を覚えたからですね。そのようにして人の老いや死を見つめるうちに浮かび上がったのが、老老介護のテーマでした。老老介護の取材で京都に来た杉作と、似た心境だったと言えます」

〈この街の老化は、いっそう深刻だろうという、私の予感は的中した〉。物語は、杉作のルポ『残心』の草稿から始まる。海外からの観光客で賑わう京都だが、開発と街並みの変化に取り残される住まいも多く、老いと死の問題は切実。舞台が京都であるのは、物語の特色の一つだ。

「神社仏閣、町家などの京都らしさを前面に出し、観光客で賑やかですが、高齢化が進んでいる。京都はその光と影の差が激しく、ほかの都市と変貌の仕方が違うと思います。街の生老病死が人間の生老病死と重なりました」

主人公の冬美は、憧れや夢を抱いて前向きだが、ものに対する執着が強い。絵や記事のための資料は増える一方で片づけられず、愛読書の著者、杉作に心酔している。そんな冬美が、物語を通して「闇」と向き合っていく。

「困ったところもある主人公ですが、ものを簡単に捨てられる人より、拘泥されてもがいている人の方が、私は人間臭くて好きです。また、流行にそぐわない行動や、異なる意見を悪いことにする風潮も変だなと思っています。意見が違う人を攻撃するのが普通になったら、ひどい言葉で炎上するばかりで、人をいたわる言葉を持たなくなってしまうのではないか。世の中の風潮に煽られないように、自分の頭で考えてほしいというのも、物語に込めたテーマのひとつでした」

社会問題や事件を題材に人生の謎を描く

1961年、京都市生まれ。佛教大学卒業。塾講師、教材出版社、広告代理店などを経て、コピーライターとして独立。2004年、短編「黒い鶴」で第1回立教・池袋ふくろう文芸賞、2006年、『東京ダモイ』で第52回江戸川乱歩賞を受賞した。

「小学4年生の時、母が江戸川乱歩と松本清張の本を買ってきて、読むように勧められました。乱歩と清張の文章の違いが感じられて、わからないなりに惹かれました。5年、6年で読むと少しわかってきて、自分が変わると違って感じられる本って凄い、ずっとつき合えると思いました。『謎』に引っ張られて読んでいたら、嫌なことを忘れて非日常へ飛べました。推理と書いてあるものは片っ端から読みましたね」

2013年刊の文庫『白砂』がベストセラーになり、『思い出探偵』シリーズは、「京都タクシードライバーの事件簿」としてテレビドラマ化された。社会問題や、今を生きて肌で感じる人の気持ち、街の光景を取り込み、上質なミステリーを書き続ける。

「宮沢賢治や、ゾラ、シムノンの影響も受けています。宮沢賢治は人生の謎を追い求めて苦悩した人ですね。誰もが幸せになりたいし不幸など望んでいないのに、もがき苦しんで、最悪の場合は犯罪に至る。宮沢賢治が追い求めた人生の謎に松本清張の冷徹さで迫ったら、訴えたいテーマに近づけるかなと考えて、いろんな手法を試みています。事件が解決して犯人が分かっても、その人がどうしてそうなったのか人生の謎は解けませんので、私のミステリーは終わってからが始まりだと思います。小説は人の気持ちの深いところに届くものだと信じて、問いかけていきたいですね」

(青木千恵)

『残心』・表紙

残心
鏑木 蓮/徳間書店/1,600円+税

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