Web版 有鄰

561平成31年3月10日発行

有鄰らいぶらりい

月まで三キロ』 伊与原 新:著/新潮社:刊/1,600円+税

『月まで三キロ』・表紙

『月まで三キロ』
新潮社:刊

負けが込んでいる――。さまよう男が、夜風漂う浜松でタクシーを拾う。その日の営業を終えた個人タクシーだったが、男を見て、乗せてくれた。夜空の月の話になり、「知ってました?」と、運転手が言う。「月ってね、いつも地球に同じ面を向けてるんですよ」「月は1年に3.8センチずつ、地球から離れていってるんですよ」。月について妙に詳しく、とうとうと話す運転手に誘われ、男が見たものとは(表題作)

男女2対2の食事会に出かけた「わたし」。男性は2人とも年下だったが、気象関係の仕事をしているという「奥平さん」の雨や天気図の話が楽しくて、好感を持つ。過去の出来事を乗り越えて、男性とつき合うことができるだろうか。わたしは奥平に惹かれていく(「星六花」)

谷間にこだまするキンキンキンという音。川原で化石を掘る戸川に、朋樹は近づいた。朋樹は今、アンモナイトのように海底の泥にとらわれて身動きが取れない状態だ。戸川に教わり、ハンマーを振るい始めた朋樹は(「アンモナイトの探し方」)

科学的な事象を絡めながら、人生に躓き、一歩を踏み出せずにいる人々のドラマを描いた6編を収める。理系出身の気鋭による、切なくて、森羅万象の営みを感じさせる短編集である。

おやすみの歌が消えて
リアノン・ネイヴィン:著/集英社:刊/2,200円+税

パン パン パン

その音は、〈スター・ウォーズ〉のゲームの音にそっくりだった。〈じゅうげき犯が来たあの日のことで、いちばんよくおぼえてるのは、ラッセル先生の息だ〉った。

「もうだいじょうぶ。けいさつだよ。全部終わったんだ」。男の人の声がして、外へ出た。廊下の床に誰かが倒れて、血が見えた。教会で待っていると、ママが入ってきた。ママはあたりを見回してこう言った。「ザック、お兄ちゃんはどこ?」

小学校で銃乱射事件が発生し、教員、警備員、児童ら19名が犠牲になった。3歳半上の兄アンディを失ったザックの日常は、一変する。〈アンディが死んじゃったのはわかるけど、いまはどこにいるの?〉。ママはおやすみの歌を歌ってくれない。悲しみで家族が壊れていく。「幸せのひけつ」を探すザックは、あることを決行する。

アメリカで多発する銃乱射事件に触発された著者が、6歳の少年の視線と心の動きを通し、大切な人を失う悲しみと、事件で一変した世界を生きる家族の絆を描く。ドイツで育ち、現在はニューヨーク郊外に暮らす著者のデビュー長編。アメリカで2018年2月に刊行されるや大反響を呼び、17ヵ国で版権が取得された。日本版の越前敏弥氏による名訳も素晴らしい。

神遊の城』 赤神 諒:著/講談社文庫:刊/780円+税

応仁の乱末期、甲賀忍者の望月三郎兵衛は、細川京兆家当主・政元を暗殺するため京に潜入するが、返り討ちに遭い、最愛の女性を失う。

10年後の長享元年(1487年)。将軍足利義尚が近江(滋賀)で勢力を張る六角氏の征伐に乗り出し、迎撃する六角家が湖南に軍勢を張り、長享の乱が勃発した。六角勢が滅びるのは時間の問題と思えたが、甲賀衆の三雲家が抗戦する。忍びの術を身につけた三雲家の姫・お喬は、かつて望月三郎兵衛と名乗り、応仁の乱末期に生還した兄、三雲新蔵人を慕っていた。新蔵人の狙いは、将軍義尚の暗殺だ。お喬は兄と共に、御所への奇襲を仕掛ける。

一方、細川家に仕える香西家に生まれた熙子は、将軍義尚の側室でありながら、香西家家臣で兄の腹心の半四郎に惹かれていた。若き将軍義尚の後ろ盾は、大御台・日野富子だ。繊細で不安にかられる将軍に対し、熙子は伊賀衆と半四郎を囲い込むことを助言するのだが――。

忍びの者たちが生き生きと活躍し、男女の愛憎と意外な展開に引き込まれる。2017年に「義と愛と」(『大友二階崩れ』に改題)で第9回日経小説大賞を受賞、デビューした著者が、応仁の乱後の六角征伐を題材にして描いた、書下ろしエンターテインメント忍者小説である。

駒音高く』 佐川光晴:著/実業之日本社:刊/1,700円+税

都内の将棋会館で清掃員をしている67歳の奥山チカは、26歳の時に夫を亡くし、一人で生きてきた。国内旅行が趣味で、この春は大阪を旅することにした。関西将棋会館に行き、50年ぶりで盤に向かうと、亡き父に教わった戦法を覚えていて、一人の少年と出会う(第1話 大阪のわたし)

埼玉の公民館で将棋を学ぶ小学5年生の野崎翔太は、小学2年の山沢貴司と対局して負かされてしまう。貴司はアマチュア二段の実力者だ。地団太踏んで悔しがり、将棋のことで頭がいっぱいになった翔太は、貴司を打ち負かそうと躍起になる(第2話 初めてのライバル)

中学1年の小倉祐也は、2度目の奨励会試験に落ちて以来、全く勝てなくなってしまった。「絶対に棋士になってやる」と息まく祐也に、父が言った言葉とは(第3話 それでも、将棋が好きだ)

「ひふみん」の愛称で棋士引退後も親しまれる加藤一二三氏、七冠を初めて達成した羽生善治氏、最年少棋士記録を62年ぶりに更新した藤井聡太氏らの活躍で、ファンを増している将棋界。プロを目指す少年少女や専門記者ら、将棋の世界に生きる人々を描いた7話を収録。一人ひとりの気持ちがすっと心に飛び込んでくる、読み心地のいい短編集だ。

(C・A)

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