Web版 有鄰

527平成25年7月3日発行

本格ミステリー大賞 – 2面

戸川安宣

有栖川有栖いわく「本格ミステリは日本の伝統芸能だ」

本格ミステリ作家クラブは2000年の11月3日、本格ミステリを愛する作家、評論家が集って結成された。日本推理作家協会が社団法人として活動しているのに対し、親睦団体として運営されているのが特色である。


左から山田正紀氏、太田忠司氏、大山誠一郎氏、福井健太氏、鳥飼否宇氏、芦辺拓氏。
有隣堂伊勢佐木町本店別館にて。本格ミステリ作家クラブ提供

活動のメインは、各年度の本格ミステリ大賞選出と、年鑑形式のアンソロジー『ベスト本格ミステリ』(講談社ノベルス)の刊行だ。「本格」とは戦前、変格の対語として使われていた言葉で、中島河太郎によると、甲賀三郎が大正14年に「犯罪捜索のプロセスを主とする小説を、純正探偵小説と呼ぶと定義した」が、間もなく本格探偵と呼ぶようになり、「それ以外の傾向のものを変格と呼んだ」という(『日本推理小説史』第2巻)。

現在では変格という呼称は使われなくなったのに対し、本格という用語は連綿と使われ続け、現在に至っている。殊にハヤカワ・ミステリや創元推理文庫など、海外ミステリの叢書では、作品の傾向を表す用語として用いられた。ハヤカワ・ミステリではサスペンス、ハードボイルド、スパイなどの言葉とともに使われ、創元推理文庫ではスリラー・サスペンス、ハードボイルド・警察小説、法廷・倒叙・その他と並んで4つのマークで内容が分類表示されていた。

だが、この用語にはこちらこそ本道、という差別意識があるとして、都筑道夫などは本格という言葉を嫌い、パズラーとか謎解きミステリといった表現を用いていた。さらに20世紀の終盤には欧米諸国に於いてジャンルミックスの傾向が強まり、従来の分類法が現状にそぐわなくなってきたのを受けて、両叢書とも相前後してそれまでの分類分けを廃するようになった。

一方、戦後、横溝正史を中心に一気に復興を遂げたわが国の推理文壇では優れた本格長編が生まれ、高木彬光、鮎川哲也などが出現する。やがて松本清張などの所謂社会派の興隆とともに、従来の本格は非現実的との批判に晒されるが、これは推理小説がより現実的なものになるための歴史的な転換期だった、と考えるべきだろう。松本清張の作品などは、その骨格はきわめて正統的な本格ものである。だが一般には、横溝流の古い因習に囚われた閉鎖的な空間で起こる事件と、現実的な社会生活の中に生きる個人の犯罪という小説世界の対比に目を奪われてしまい、犯罪ドキュメンタリーのような犯罪小説に飽き足りないものを感じていた読者の間に夢とロマンを求めて戦前作家再評価の気運が生まれ、夢野久作、小栗虫太郎、久生十蘭などが復活を遂げる。雑誌『幻影城』の創刊によってその動きはさらに加速し、また同誌からは泡坂妻夫、竹本健治、連城三紀彦などの新しい謎解き作家が誕生し、笠井潔、島田荘司といった作家の出現に繋がった。

こうした下地のもとに、綾辻行人、法月綸太郎などの新本格派と呼ばれるムーヴメントが起こり、初めこそ時代錯誤といった批判を浴びたが、徐々に若い読者の共感を呼び、北村薫、有栖川有栖以下の新鋭が陸続と登場することとなった。そういう流れが本格ミステリ作家クラブを誕生させたと言えよう。同クラブの初代会長に就任した有栖川有栖は、「本格ミステリは日本の伝統芸能だ」と、従来の認識から一歩踏み出した発言をしている。

クラブ員の投票で受賞作を決める文学賞

さて、活動の中心となる本格ミステリ大賞は、各年度に発表された本格ミステリ作品、および本格ミステリに関する評論・研究を対象にして、クラブ員の投票で受賞作を決める、という方式を採っている。クラブ員は1年間に読んだ作品の中からこれと思う作品を推薦し、その中からさらに予選委員が選び出した候補作を全作読むことが義務づけられる。従って投票は単に作品を1作選び出すだけではなく、その選定の理由を200字超で書かなくてはならない。その規定に合致した投票を集計し、最も得票数の多かった作品が受賞作となる。開票は公開で行われ、一般参加の読者代表やクラブ員の目の前で1票1票開封されていく様は、宛ら推理小説を読むようなスリルに満ちている。こういうシステムをとるため、同一作家が何度でも授賞できるのも、本格ミステリ大賞の特色である。受賞者には正賞として京極夏彦デザインのトロフィーが授与される。

本格だけの賞を選定した意義について初代事務局長で第2代会長を勤めた北村薫は朝日新聞の取材に対し、「『本格』がミステリーの中心を占めていた時代もあったが、最近は、ミステリーの範囲がホラー、SF、ハードボイルドにまで広がり、共通のものさしではトリックの工夫などが評価されない心外さがあった。『本格』のものさしで毎年、代表作を選んでいくことで、ジャンルの流れを提示したい」と述べている。

今年度の大賞は『密室蒐集家』『本格ミステリ鑑賞術』

その意図はどの程度実現されたろうか。歴代の受賞作を追ってみよう。

2001年の第1回は、【小説部門】倉知淳『壺中の天国』、【評論・研究部門】権田萬治・新保博久監修『日本ミステリー事典』(以下この順で)
・第2回(2002年)山田正紀『ミステリ・オペラ』、若島正『乱視読者の帰還』
・第3回(2003年)乙一『GOTHリストカット事件』、笠井潔『オイディプス症候群』の2作同時受賞、笠井潔『探偵小説論序説』
・第4回(2004年)歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』、千街晶之『水面の星座水底の宝石』
・第5回(2005年)法月綸太郎『生首に聞いてみろ』、天城一著、日下三蔵編『天城一の密室犯罪学教程』
・第6回(2006年)東野圭吾『容疑者Xの献身』、北村薫『ニッポン硬貨の謎』
・第7回(2007年)道尾秀介『シャドウ』、巽昌章『論理の蜘蛛の巣の中で』
・第8回(2008年)有栖川有栖『女王国の城』、小森健太朗『探偵小説の論理学』
・第9回(2009年)牧薩次『完全恋愛』、円堂都司昭『「謎」の解像度』
・第10回(2010年)三津田信三『水魑の如き沈むもの』、歌野晶午『密室殺人ゲーム2.』の2作同時受賞、谷口基『戦前戦後異端文学論』
・第11回(2011年)麻耶雄嵩『隻眼の少女』、飯城勇三『エラリー・クイーン論』
・第12回(2012年)城平京『虚構推理鋼人七瀬』、皆川博子『開かせていただき光栄です』の2作同時受賞、笠井潔『探偵小説と叙述トリック』

 『密室蒐集家』原書房刊

 『本格ミステリ鑑賞術』東京創元社刊

そして、5月11日におこなれた本年度の本格ミステリ大賞公開開票式では、両部門それぞれに候補作として選ばれた5作品に対する会員の投票の結果、小説部門では大山誠一郎の『密室蒐集家』(原書房)、評論・研究部門では福井健太の『本格ミステリ鑑賞術』(東京創元社)が選出された。

本格ミステリ作家クラブのもう1つの特色は、読者との繋がりを大事にしようと努めている点であろう。毎年6月半ばに行われる本格ミステリ大賞贈呈式の翌日、首都圏にある書店のご協力を得て、大賞受賞者を囲んだトークと、クラブ員有志によるサイン会を開き、本格ファンとの交流の場としている。

本年はクラブとして初めて横浜でのイベントに臨み、20名ほどの推理作家が参加し、有隣堂伊勢佐木町本店で6月16日に開かれた。

(文中、敬称は略させていただきました)

戸川安宣 (とがわ やすのぶ)

1947年長野県生まれ。編集者。ミステリ研究家。
編著『私の大好きな探偵』ポプラ社 560円+税、ほか。

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