Web版 有鄰

538平成27年5月10日発行

井上夢人と『the SIX ザ・シックス』 – 人と作品

特殊な能力を持った子供たちが主人公の連作短編

井上夢人氏
井上夢人氏

周囲とは違うため辛い目に

あした起こることがわかってしまう少女、他人の意識を感受してしまう少年ら、特殊な力を持つ人々が、次々登場する連作短編集である。

「『小説すばる』のミステリー特集で短編を依頼され、2007年に『あした絵』を書いたのが始まりでした。当時、運転免許を取得したばかりで車に慣れるために甲府周辺をドライブしていたのです。そこで目にした風景――金網が張られた跨線橋、公園のトンネル、フナがいた川などを組み合わせて小説として組み上げたのが『あした絵』です」

23歳・プータローの和真は、誰にも心を開かずに絵ばかり描いている小学2年生の少女、遙香の世話を頼まれる。絵の内容を問うと、「おぼれて、死んだの。あした」と言う。翌日、川で魚の大量死が起こる。遙香は予知能力の持ち主だった――。

「その『あした絵』をシリーズ化できないかという話があって、そこから『theSIX』の全体が生まれたんです。前作の遙香と和真の話を発展させる選択肢もありましたが、特殊な能力を持った子供たちが社会とどのように関わっていけるのかという話にすることがテーマを明確に表現できると考え、以降の連作を組み立てました」

続く連作「鬼の声」「空気剃刀」「虫あそび」「魔王の手」「聖なる子」は、2012年から2013年にかけて『小説すばる』に発表した。「鬼の声」に登場する中一の克徳は、他人の意識が聞こえる超感覚の持ち主。「空気剃刀」の健太は、空気を動かす力がある小学5年生。能力ゆえに辛い目に遭っている。

「今の社会は、規格から外れた者を不適合と見なし、枠組みの中でのナンバーワンが称賛され、オンリーワンが排斥されるという状況になっています。誰もが持っている自分だけの特別なものは、それを不用意に前面に押し出してしまうと仲間はずれにされかねない。だから周囲と同じであること、特別視されないことに心を砕く。超能力というのはもちろん極端な表現ですけれど、誰もが持っている自分の中の特別なものといかに付き合っていくか、それを受け入れて共存する方法をどのように探るか――それが僕の小説の“裏テーマ”でもあります。そこから発した作品になっていると思います」

『オルファクトグラム』『theTEAM ザ・チーム』『魔法使いの弟子たち』でも素材にした超能力を扱いながら、味わいが異なる、新たな短編集になっている。繊細な心を見つめ、彼らが救済されるのか、ラストシーンに向かって進む。

「僕はラストシーンが見えないと書けないタチなんです。そのラストシーンに向かって小説の流れを作ります。物事は、人によって見方や受け取り方がまったく違います。同じものを目にしてもあなたが見ているものと僕が見ているものは違いますよね。違っていることに興味があるんです。なぜ違うんだろうって考えることが好きなんです。人とは違う能力を持った子供たちが見たり感じたりしていることが、周りの人にはどのように見えているかを書こうと思いました。こんな力なんていらない、と思っている子供の能力を真っ直ぐに受け止める視線を書きたいと思いました。その視線を読み取ってもらえたら嬉しいですね」

ビートルズのように新しいものを作り続けたい

1950年生まれ。1982年、徳山諄一との共作筆名・岡嶋二人として『焦茶色のパステル』で第28回江戸川乱歩賞を受賞。1989年にコンビを解消し、1992年、『ダレカガナカニイル…』でソロとして再デビュー。以降、『プラスティック』『あくむ』『ラバー・ソウル』などの意欲作を発表し続けている。

「映画を作ろうと友人と興した会社がつぶれちゃったので、就職試験のつもりで乱歩賞を目指しました。コンビ解消後は、共作では実現できなかったアイデアをいじくり回しています。岡嶋時代の名残でミステリー作家に分類されることが多いのですが、ジャンルはミステリーからは逸脱してますね」

映画ではヒッチコック、フェリーニ、パゾリーニらの作品が好きという。しかし、創作をする上でもっとも影響を受けたのは、ザ・ビートルズの音楽だった。

「岡嶋二人を結成したのも“レノン=マッカートニー”の存在があったからで、ものを作ることの面白さを教えてくれた人たちです。同じことをくり返さず、彼らにとっての新しいものを作り続けたビートルズの創作姿勢は、僕の中に刷り込まれている」

(青木千恵)

the SIX
the SIX ザ・シックス』/井上夢人/集英社/1,600円+税

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