Web版 有鄰

539平成27年7月10日発行

有鄰らいぶらりい

ティーンズ・エッジ・ロックンロール
熊谷達也:著/実業之日本社:刊/1,700円+税

宮城県北部に位置する港町「仙河海市」で生まれ育った庄司匠(僕)は、中学時代からの友人・恭介、宙夢とバンド「ネクスト」を組み、仙台のライブハウスで前座公演にいそしんでいた。プロ・デビューなど程遠く、恭介と宙夢から突然、解散を宣告された匠は、ようやく地元での音楽活動に目を向け、軽音楽部の部長、宮藤遥と出会う。大人っぽく、独特の世界を持った遥に惹かれていく。

高校で1年先輩の遥は、実は2歳上の19歳だった。実兄の事故死にショックを受けて休学し、傷つきながらも進路を模索する遥と出会い、匠の世界も広がっていく。地元・仙河海に根を張って生きる人々と知り合い、北海道を訪ね、ふるさとについて真剣に考え始める。匠も遥も音楽が大好きだ。音楽で町を盛り上げることができないか? 遥への片思いと、音楽の拠点をつくる夢は実るのか?

物語の時空は、2010年。翌11年3月11日、東北地方は巨大地震と津波による甚大な被害を受けるが、少年たちはそうと知らず、多感な日々を過ごしていた。本書は、東北在住の著者が、宮城県気仙沼市をモデルにした架空の町「仙河海市」を舞台に、「震災と人間」を見つめるシリーズの最新刊。胸がひりつくような、鮮烈な読み心地。まっすぐな青春小説だ。

ブラック・ベルベット』 恩田陸:著/双葉社:刊/1,600円+税

外資系製薬企業に属する神原恵弥は、アメリカの研究所に勤める日本出身の研究者、アキコ・スタンバーグ博士の捜索を依頼され、T共和国に向かう。しかし尾行の途中、博士は迷宮のような都市の雑踏で殺害されてしまう。

T共和国には、大手ゼネコン会社の重役で、架橋工事に携わる橘浩文や、料理が巧く、イスタンブールで焼き鳥店を開いた時枝満ら、旧友たちも滞在していた。浩文は恵弥の元彼で、別れた後も微妙に惹かれあう間柄。そして恵弥は満から、T共和国の一地域で、炭疽菌に侵されたような病人が出たとの噂を聞く。ただし炭疽菌被害とようすが異なり、患者は光沢のあるまっ黒な苔に、全身覆われた状態で死亡していた――。

凄腕ウィルスハンター、神原恵弥シリーズの第3弾。人目を引く美男子だが、女系家族で育ち、自分にあったスタイルとして女言葉を使う恵弥ら、個性豊かなキャラクターが丁々発止のやりとりを繰り広げる。今回は、東西の文化が交差するエキゾチックな国を舞台に、次から次への謎に引っ張られる。スタンバーグ博士は何を求めて滞在を延ばし、殺害されたのか?「黒い苔」と「アンタレス」の正体は? ツイストを利かせた、著者ならではの世界観と手練の筆致を堪能できる、長編ミステリー。

コンテンツの秘密-ぼくがジブリで考えたこと
川上量生:著/NHK出版:刊/820円+税

1997年に株式会社ドワンゴを設立、2006年から「ニコニコ動画」の運営にも携わってきた著者は、2011年、映像会社「スタジオジブリ」に入り、名プロデューサー・鈴木敏夫氏のもとで、プロデューサー見習いになった。

スタジオジブリには、世界的なアニメーション監督の宮崎駿氏がいる。初めてアトリエを訪れた著者に対し、宮崎駿氏が放った台詞は、「なにしにきた。ここにはなにもないぞ」だった。度肝を抜かれ、以降、クリエイターと呼ばれる人々と接しながら、『コクリコ坂から』『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』のプロジェクトが進むようすを目の当たりにする。トップクリエイターたちは、どんなことを考えてコンテンツをつくるのか。そもそも、コンテンツとは何か? プロデューサー見習いの生活から考えたことを記したのが、本書だ。

コンテンツとは、現実の模倣(再現、シミュレーション)である。そして、コンテンツのクリエイターは、「世界のひみつ」を見つけ出し、なぞらえるように再現していく人だ――と、著者は指摘する。クリエイターによってアプローチは異なり、パターン化を避け、産みの苦しみを味わっている……。オリジナリティとは何か? ふだんの生活でも役立ちそうな、ユニークな「コンテンツ」論。

岩窟姫』 近藤史恵:著/徳間書店:刊/1,600円+税

岩窟姫
『岩窟姫』
徳間書店:刊

16歳で芸能界入りし、人気タレントとして活躍していた「蓮美」の日常は、ある日を境に一変した。同じ事務所のトップアイドル・沙霧が飛び降り自殺をし、本名で綴られたブログの内容から、蓮美のいじめに悩んで自殺をした疑惑が浮上したのだ。世間の非難を浴びて蓮美は引きこもり、自暴自棄の生活をして別人のように変貌する。

半年後、復帰に向けて3ヵ月以内のダイエットと手記の出版を事務所から命じられた蓮美は、これまでの自分の存在が抹殺されていることに気づき、汚名をそそごうと、沙霧の死の真相を調べ始める。そして真相に近づくほど、危険が迫るのだった――。

タイトルを見れば、日本では『岩窟王』としても親しまれている、デュマによる19世紀の小説『モンテ・クリスト伯』を連想するだろう。無実の罪で投獄され、いっさいを奪われた主人公が、脱獄し、自分を陥れた人々に復讐していくストーリーだ。本書は、デュマが描いた「不屈の精神」を少女に持たせ、新たな娯楽作に仕立てている。

真相が知りたくて物語に引き込まれる。真相究明の過程で、人を損得でしか見られない人々や、ふとした弾みで変わる世論、偏見のありようが炙りだされる。鋭い社会観察眼で現代を照射する、疾走感豊かなサスペンスだ。

(C・A)

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.