Web版 有鄰

539平成27年7月10日発行

中脇初枝と『世界の果てのこどもたち』 – 人と作品

戦争に巻き込まれた子供達の人生を通して日本と近隣国の70年を描いた長編

満州で出会い友情を結んだ3人の女の子らは

今年は、戦後70年。70年前、人はどのような経験をして、続く歳月を生きたのか。数多の取材と資料から描きあげた長編小説である。

「ずっと前から関心を持って戦争経験者にお話をうかがい、いつか書こうと思っていました。10年ぐらいでと考えていたら、戦後70年の節目で完成させましょうと編集者に言われ、3年前から構想し、現地取材は中国に5回、韓国に3回行きました。話してくださった方々がご存命のうちに伝えたい。10年かかるなんて思ってたらダメだと、頑張って書きました」

珠子、茉莉、美子[ミジャ]。戦時中の満州で出会い、国境を越える友情で結ばれた、3人の物語だ。昭和18年、親に連れられ、高知県から満州に入植した珠子は、朝鮮出身の美子と親しくなる。ある日、裕福な貿易商の娘、茉莉が横浜から訪れ、3人で冒険をする忘れ難いひと時を過ごす。しかし日本の戦局の悪化によって3人は引き離され、別々の人生を歩むことになる。

「戦後70年を書くためには、70年前に何があったのかを書かなくてはなりませんでした。終戦時、中国にいた珠子。横浜で空襲に遭う茉莉。朝鮮、満州を経て日本に渡る美子。日本と近隣国の70年を描くためには、少なくとも3人の主人公が必要でした。経験者からうかがった話の欠片が、3人の人物に投影されている感じです。個人の経験だけでなく、同じ日の同じ時間に、別の場所ではどのようなことがあったかを描きたかった。3人だけ書きましたが、もっと無数の経験があったと思ってもらえたらいいですね」

〈いくらみじめで不幸な目に遭ってもね、享けた優しさがあれば、それをおぼえていれば、その優しさを頼りに生きていけるのね。それでその優しさを人に贈ることもできる〉――。
こども時代に戦争に巻き込まれた3人の人生を追いかけながら、さまざまなことに気づかされた。

「彼女たちに引きずられるようにして書きました。いつも、書きながら気づかされては、描きこんでいきます。食べたいときに食べることができるのは、いちばん基本の幸せだとも思って、食べ物の描写も多くしました。今も世界中のこどもが誰かに食べさせてもらっていて、成長して誰かに食べ物を与えるようになる営みも描きたかった」

この物語の発端は、実はずっと前だ。中脇さんの故郷では住民同士が顔見知りで、幼い頃は地域ぐるみでこどもを可愛がり、育ててくれた。とても優しくしてくれたおばあさんがいて、彼女が在日1世で、朝鮮から来た人だったと、成長してから知った。

「高知県の四万十川沿いで、こどもの私がなぜ彼女と出会うことができたのか不思議で、ずっと理由を知りたかった。今、70年前にあったことが、あまりにも知られていないと思います。忘れてはいけない。過去から学ばないと、未来のことを決められないはず。当事者にとって当たり前だった経験が、知られずに失われつつあるから、聞いて伝えたかった。遠く離れた時代に生まれた人間だからこそ、客観的にとらえて書くことができたと思います」

世界中のこどもたちに幸せなこども時代があってほしい

1974年、徳島県生まれ。高知県で育ち、高校在学中に『魚のように』で坊っちゃん文学賞を受賞。17歳でデビューした。

「本が好きで、古典や海外文学をよく読み、パール・バック『大地』を読んだ中学生の頃、いつか自分も小説を書きたいと思いました。実際に初めて書いた小説が受賞してびっくり(笑)。大学で民俗学を学び、デビューから6年後に2作目を書きました。24年も書き続けることができて、読者、編集者の方々にすごく感謝しています」

著書に『祈祷師の娘』『女の子の昔話』『わたしをみつけて』などがある。2012年に上梓した『きみはいい子』で第28回坪田譲治文学賞を受賞、第10回本屋大賞第4位になった。

「変わったと思うのは、自分のためだけに小説を書かなくなったこと。祖母のお見舞いに行って隣にいたおばあさんの話を聞いていたり(笑)、幼い頃から人の話を聞くのが好きでした。新聞や本を読んで聞こえたものも含め、大小の声を聞き取って人に届けるのが、私にとっての小説なのだと思います。大人になり、こどもを守る側に立っていることも、17歳の頃との違い。こどもの幸せはすごく大事です。世界中のこどもたちに、幸せなこども時代があってほしいと思っています」

(青木千恵)

世界の果てのこどもたち

世界の果てのこどもたち』/中脇初枝/講談社/1,600円+税

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