Web版 有鄰

548平成29年1月1日発行

大島真寿美と『ツタよ、ツタ』 – 人と作品

明治時代に、沖縄に生まれた女性を題材に「書く」とはどういうことなのかを追及した小説

実在した作家への関心から

明治の終わりに沖縄で生まれた女性の数奇な運命を描く。実在の人物をモチーフにしたフィクションである。

「6年ほど前、実業之日本社の担当編集さんとお酒を飲んで、『私のおばあさんも小説家だったらしくて、最近作品を読んだんです』と聞きました。久志芙沙子さんといって、雑誌に掲載された『滅びゆく琉球女の手記』が抗議に遭って連載中止になり、筆を断ったそうです。関心を覚えて、作品と抗議への釈明文を読みましたが、すぐには書けませんでした。数年経ち、『あなたの本当の人生は』(2014年刊)を執筆中、書けるかもしれないとハッと思って、書きました」

士族の娘として生まれたツタは、幼い頃から本に親しみ、自ら文章を書き始める。結婚をして台湾に渡り、幸福に過ごすが、夫が解雇されて東京に移り、迷走の日々が始まる。夫に別れを切り出し、「作家として立とうと思います」と宣言するが――。

「『書く』とはどういうことなのか、私自身が知りたかったのだと思います。『あなたの本当の人生は』でものを書くことをテーマにし、書ききれない感じを抱いていました。久志芙沙子を題材にしたら、別の角度から『書くこと』を掘り下げられるのではないかと思ったんです」

離婚をし、年下の医学生と暮らし始めたツタは、婦人雑誌の公募企画を目にし、作品を仕上げて投稿する。入選し、小説も書き始めるが、思わぬ騒動に見舞われる。

「私は毎日書いていて、書くことと生きることが繋がっています。書くことをやめるなんて考えられないので、続けていたことをやめるときの心もとなさ、そこからどう生きていくのかは、ツタの生涯を書くことで分かるのかなと思いました。ただ、久志芙沙子をモチーフに、私がとらえたことを自由に書きたかったので、モデル小説にしないと最初から決めていました。また、気に入らないものを潰そうとする存在は現在も解決されていないので、今、書く意味がある題材でした」

〈いまわのきわで彼女は思う〉。冒頭の一文は、筆を執ると自然に現われてきたそうだ。ツタが数奇な運命を辿りラストに至る。〈誰だか知らぬが、書くと決めたその人は、いつかのツタのように、万年筆を握りしめ、一心不乱に書くのだろう〉――。

「いざ書き始めると、“いまわのきわ”だったんです(笑)。冒頭がすっと現われて、追いかけていくように書きました。ツタがずっと20代のままで大長編になるかと思ったら、時代が突然飛んで収束に向かい、飛び方の大胆さに私自身が驚きました。最後の一行を書いたときは本当に気持ちよくて、ああ、終わったという、目前の世界が広がる感じを覚えました」

最後の一行を見たい一心で書き進める

1962年、名古屋市生まれ。1992年「春の手品師」で第74回文學界新人賞受賞。2012年『ピエタ』で第9回本屋大賞3位。2014年刊の『あなたの本当の人生は』が直木賞候補に。著書に、『戦友の恋』『空に牡丹』などがある。

「本が大好きで、幼稚園の頃には自分で読んでいました。友達の家でもう読めるのねと言われ、文字っていつ読めるようになるのだろうと不思議に思って、印象に残っています。小学生の頃から生きづらさを抱えていて、本に救われていました。文字の世界で生き、自分を解放するようにしてものを書く姿を、今回はツタと重ねました。ツタが作品を仕上げる場面は、投稿していた頃を思い出しながら書いていましたね」

高校で文芸部に所属し、友人の誘いで脚本を書き、演劇活動を続けた。10年ほどして「そもそも小説を書きたかったのでは」と思いだし、小説「宙の家」を書いてすばる文学賞の最終選考に残る。以降ずっと書き続けており、『小説野性時代』2017年1月号から始まる連載が、新たに手がける作品となる。

「一作書き終えると、出し切った感じでもう何も出てこない気になるのですが、やっぱり書きたくなるんですよね。奥へ奥へ行ってしまう、出口なく、書くだけの毎日をずっと繰り返していて、書くってなんなのだろうと思います。自分の頭の中の未知な場所に、書かなければ行けないところに行けるので、最後の一行を見てみたい一心で書き進めます。時々怖くなるような、不思議な繋がりも起こります。現実だけが現実ではない。小説を書くほど、そんな気持ちになります」

(青木千恵)

ツタよ、ツタ・表紙画像

ツタよ、ツタ』 大島真寿美/実業之日本社/1,600円+税

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