Web版 有鄰

548平成29年1月1日発行

有鄰らいぶらりい

壁の男』 貫井徳郎:著/文藝春秋:刊/1,500円+税

栃木県北東部に位置する「高羅町」で、子供のいたずら書きのような絵が民家の壁に描かれるようになり、SNSの呟きをきっかけに全国的な話題となって広がった。よく観察すると、それなりに意匠が凝らされた絵だったが、町の人々はなぜ、そのような絵を描かせることにしたのか?ノンフィクションライターの「私」は、現地取材を試みることにする。

町じゅうの絵を描いた男性は「伊苅」といい、50前後でごく普通の男だった。高羅出身の伊苅は、東京の生活を引き払ってUターンし、学習塾を開いて暮らしていた。美術教師だった母親の没後、家の壁に絵を描いた。不思議な縁が続いて、地方の田舎町に彼の絵が広がったのだ。

町の人々はなぜ絵を描かせたのか。どうして伊苅は絵を描き続けるのか。疑問を抱いた「私」は高羅町に通い続けるが、伊苅本人は語ってくれない。彼が東京で娘を亡くしたと耳にした「私」は、周辺取材を続ける。娘の笑里が小児がんになり、看病で伊苅は休職したのだが、闘病生活のあいだに妻と離婚することになったという――。

「私」の取材と並走するかたちで、田舎町に住むひとりの男の半生が明らかになっていく。腕ききのミステリー作家である著者が、新たな境地に達した傑作長編。

最後の秘境 東京藝大』 二宮敦人:著/新潮社:刊/1400円+税

「芸術界の東大」と言われる東京藝術大学は、国内屈指の難関校だ。たとえば絵画科の2015年度の志願倍率は17.9倍で、藝大全体でならすと7.5倍である。学生数は少なく、美術学部(美校)と音楽学部(音校)あわせて約2千人。指揮科の入学定員は1学年2人、建築科で15人という狭き門だ。

エンタメ小説を書いている作家の著者が、藝大に関心を持ったのは、妻が藝大生だから。著者が原稿を書いている横で、妻が木彫りの陸亀をつくり、甲羅にフェルトを貼ろうかどうしようかと悩んでいる。そんな妻の行状が面白いので、著者は藝大について調べることにした。

藝大に合格するには実力が必要なのはもちろんだが、才能だけでは難しいそうだ。トップレベルの実力を身につけるには、優秀な指導者に習う必要があり、多くの学生が2、3歳から音楽を始め、幼少期からの英才教育の延長線上に藝大があるという。

口の中が腫れると楽器が吹けなくなるため、親知らずを抜けずにいるホルン専攻の男子学生。伝統芸能をメインカルチャーにしたいと、渋谷のライブハウスで三味線を弾く邦楽科の女子学生。芸術を学ぶ学生たちの進路は? 個性派ぞろいの“秘境”を探検した、読み物として楽しめるノンフィクションである。

慈雨』 柚月裕子:著/集英社:刊/1,600円+税

警察官を42年間務めて退職した神場智則は、妻の香代子とともに四国巡礼の旅に出る。群馬県前橋市内の交番を初任地に、新潟との県境にある小村の駐在所勤務を務めたのち、刑事課に取り立てられた神場は、県警捜査一課強行犯係主任を最後に退職した。微罪から凶悪犯罪まで数多く扱った中でも、神場にとって忘れられない事件があった。1998年、6歳の女児が行方不明になり、遺体で発見された事件だ。当時36歳の男が逮捕され、一貫して無実を主張しながら懲役20年の判決を受けていた。巡礼の途中、群馬県内で小学1年生の女児が殺害された事件が起きたことを知った神場は、16年前の事件と似ていると直感し、動揺する。

人生の大半を刑事として生きた神場は、元来は気弱な性格で、いじめられている親友を助けられなかった少年時代の悔いも抱えていた。群馬県警の刑事と連絡をとり、女児殺害事件の捜査に関わる神場は、自らの人生と向き合うことになる――。

2016年の第69回日本推理作家協会賞に輝き、直木賞候補にもなった『孤狼の血』の著者による、重厚な長編ミステリー。神場夫婦の巡礼旅と並行して、女児殺害事件の捜査が進む。事件解明とともに明らかになる、もうひとつの真実とは?

また、桜の国で』 須賀しのぶ:著/祥伝社:刊/1,850円+税

また、桜の国で・表紙
『また、桜の国で』
祥伝社:刊

1938年、横浜を出港してマルセイユから欧州に上陸した棚倉慎は、ベルギー、ドイツを経由してポーランドのワルシャワに到着した。白系ロシア人の父を持つ慎は、父の国に憧れて外務書記生になり、10月、ポーランドの日本大使館に着任したのだ。

慎がポーランドという国を初めて知ったのは、18年前の夏、9歳のときだった。革命と内乱で親を失ったポーランド難民の子供が日本で保護されていて、子供の一人、カミルと仲良くなった。秘密を聞き、誰にも言わないと約束した記憶を胸に、カミルの祖国に来た慎は、やがて戦争に巻き込まれていく。

1939年9月、ドイツのポーランド侵攻が始まり、戦争が勃発した。ワルシャワは占領され、ポーランド人、ユダヤ人に対する迫害が激しくなる中、慎は〈国とは、国民とは、果たして何だろう〉と思う。ドイツと同盟を結ぶ日本の国民だが、ロシア人の風貌を持つ自分は、〈今、何者としてここに立っているのだろう〉。戦争で苦しむ人々を見て、一人の人間として慎がとった行動とは――。

『革命前夜』で2016年に第18回大藪春彦賞を受賞した著者の最新長編。第二次世界大戦下のポーランドを舞台に、平和な国を取り戻そうと懸命に生きる人々を描いた大作である。

(C・A)

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